三、水鏡が知る真実
初めにお姉様を見つけたのは庭師だった。
早朝、薔薇の朝摘みに訪れ、池に浮かんでいるお姉様を発見したのだ。
それからの騒動に、私はすっかり蚊帳の外に置かれた。
お父様やルーカス義兄様には
「部屋でリリーと休んでいなさい」と言われるだけだった。
メイドたちは皆「おいたわしいことで…」とガラス細工のように私を扱う。
何が起こったのか、誰がどこまで知っているのか、聞き出すのは大変だった。
ローズマリーお姉様は、深夜に庭園の散歩に出かけ、池を覗き込み、足を滑らせたのだろうとのことだった。
池の冷たさに身体がショックを受け、あっという間に亡くなられたのだろうというのが、お医者様の見立てだそうだ。
(でも……)
心につかえるものがあり、私は喪服のまま、リリーを誘って庭園に出ることにした。
池のほとりに座り込み、しばらく水面をみつめる。
こんなことになっても、ダリアお姉様は部屋に閉じこもっている。
ある考えが、浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。
リリーは隣に座って、何も話しかけないでいてくれた。
静かに水をたたえた池は、まるで鏡のようだった。
「リリー、みんな本当に、お姉様が事故で亡くなったと思っているかしら」
水鏡に映った偽者の自分に、池に引きずり込まれたのかもしれない。
——ベェェェン……
背後からあの楽器の音がして、私は勢いよく振り返った。
「あなた……まだいらっしゃったの」
昨日、屋敷に招いた吟遊詩人の男だった。
手に楽器を抱えている。
「申し訳ございません。お暇する機を逸しまして」
この騒動だ。急に招かれた客人のことなど、皆忘れてしまっていたのだろう。
吟遊詩人は、そのままこちらに近づき、膝をついた。
「この度はお悔やみ申し上げます」
「お気遣いありがとうございます」
風が頬を撫でる。
異質なはずの彼の存在が、昨夜から波立っている心を、どういうわけか落ち着かせてくれる。
「そうだわ、ローズマリーお姉様が、『ダリアお姉様の鏡を見せる』なんて適当なことを申し上げたのでしたね」
「一晩起きておりましたが、きっとお忘れになっているのだとばかり……まさかこのようなことになろうとは……」
そう言って、彼は黙った。
私は「ご出身はどちらですの」と、思わず訊ねた。
吟遊詩人の答えは曖昧だった。
「遠い遠い所です。帰れないほど、遠い場所です」
「そんなに長い間、お二人だけで旅をなさっているのですか?」
吟遊詩人は、いえいえ、と手を振った。
「連れができたのは、つい最近です。たまたま縁があって、踊り子だった子を引き取ることになりまして」
「まあ、そうでしたの?」
吟遊詩人は、苦笑いをしながら
「連絡もせず宿に帰らなかったので、ヘソを曲げているかもしれませんね」
と言った。
「あら、ではすぐにいかなくてはなりませんね」
リリーが何も言わず、じっと私を見つめてきた。
彼女が言いたいことはわかる。
全ては行動するかどうか。
リリーだけが私の味方だ。
「ねえ、あの……ローズマリーお姉様のことだけれど」
ええ、と男は頷く。
「少し…聞いて頂きたい話がございますの」
池の水面が、ポチャンと音を立てた。
「私……ローズマリーお姉様は殺されたと思っていますの」
波紋の広がる水鏡を横目に、私は一息に言った。
「殺したのは、私たちのお姉様、当主ダリア=チェスターです」