六、人が消える鏡
女は、でっぷりと蓄えた脂肪を揺らし、今日の収益の計算を終えた。
「ロージーといい、クロエといい、とんだ誤算だよ」
思わず独り言が出る。
鏡の中に消えてしまったなんて馬鹿馬鹿しい。
しかし結局二人とも、行方がつかめず、あきらめるしかなかった。
(ロージーは高く売れる算段がついていたのに)
女は、美しい物を売りつけることに長けた悪党だ。
盗んだアクセサリーだろうが、騙し取った美術品だろうが、脅して働かせている踊り子だろうが、高く売れる相手に売る。
あの日、盗品を保管しているテントに忍び込んだ者がいると聞き、真っ先にロージーだろうとあたりをつけた。
しかし、手下と駆けつけてみると、そこには手鏡が一つ落ちているだけだった。
「一体どこへ消えちまったんだか」
酒をグラスに注ぎ、ぐっとあおる。
そして、皆が不吉だと恐れる、不気味な鏡を睨みつけた。
手下に命じて、女のテントまで運ばせておいたのだ。
なんの配慮か布がかけられていたが、舌打ちをして一気に引き剥がす。
見事な蛇の彫刻が施された、骨董としても価値の高い鏡。
二匹の蛇の瞳には、宝石が埋め込まれていて、光を反射して妖しく光る。
商人の馬車を襲撃した時に手に入れた品で、手放すのも惜しいと思っていた。
しかし、クロエが観客の目の前で消えた事で、『人が消える鏡』の噂が広まった。
曰く付きの品というのはコレクターも多い。
不気味な噂がつきまとえば、それはそれで価値が上がる。
(どうせだったら、ロージーの手鏡も一緒に売りつけるのもいいかもね)
なにも現物である必要はない。
女は自分の手鏡を取り出した。
これが消えた踊り子の手鏡だと、そういえばそれ信じる者がそれを買っていく。
いくつでも偽物を売りつけられる。
かなりの儲けが出るだろう。
(そろそろ、盗みを担当するチームも、人数を増やしてもいいかもしれない。ミミあたりは要領もいいし、手始めに観客相手にスリの練習でもさせるか)
くっくっと笑いが込み上げてくる。
ふと魔がさしたのだろう。
何の気なしに手鏡を覗いた時に、その鏡越しに、背後の蛇を纏った鏡を見てしまった。
——そして、その鏡面から、黒い蛇が這い出てくるのを見た。
違う。
蛇ではない。
二本の腕だ。
声をあげる隙もなかった。
二本の細い腕は、二匹の蛇が身を寄せ合うように、絡まりながら、女の首に巻きついた。
その巨体を締め上げながら、鏡の方に引きずっていく。
(やめ…やめろ……助けて…)
二本の腕は、まるで幼くか弱い踊り子のように、細く華奢なだった。
にもかかわらず、女が力いっぱいもがいても、どういうわけか、腕は解けなかった。
そしてそのまま、鏡の中に消えていった。
後に残ったのは、荒れた様子のテントと、蛇の彫刻された鏡だけだった。
人が消える合わせ鏡——了——
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次章からは、「悪役令嬢」のお話です。
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