五、鏡に映る本当の姿
「あたしたちは、盗賊の一味なんだ」
あたしは諦めて、彼に話す事にした。
「実際に盗みをするのは別チームの奴ら。舞台チームの役割は、盗品の闇取引。あたしたち踊り子は、盗品を身につけ、踊り、歌い、演奏する。それを見た金持ちが、ボスのマダム・バタフライに話をつけ買い取る。
つまり、あたしたちの舞台そのものが、盗品カタログみたいなものなんだ」
昨日、クロエが身につけていたアクセサリーも、全て盗品だ。いつも舞台が終わるとすぐに外させられ、指輪一つくすねることすらできない。
そんなことしようものなら、恐ろしいマダムに何をされるか。
「あたしたち踊り子はみんなこの仕事を嫌がっているよ。でも、一味を抜けようと思っても簡単には抜けられない」
内情を知っている者をマダムはそうそう手放さない。
「だからあたしは、いつか金持ちの愛人になって、たっぷりお金を積んでもらって、こんなとこ、抜け出してやるって、ずっとそう思ってて……」
(だけど、ロージーは待てなかった)
「あの子はさ、クロエに言ったんだって。一緒に逃げようって」
一週間前、ロージーが消える前日のことだ。
ロージーは泣きながら、クロエに一緒に逃げようと持ちかけたらしい。
何か路銀になりそうなものを持ち出して、二人で一緒に逃げようと。
二人は深夜に待ち合わせていた。
ロージーは手鏡で光を反射させ、クロエに合図を送る手筈になっていた。
(だけど、クロエは怖気付いた)
マダム・バタフライの手下は大勢いる。
誰がどこで見ているかわからない。
クロエは直前になって、逃げ出すのを躊躇った。
結局、待ち合わせ場所に行かなかった。
そして次の日、ロージーが手鏡を残して消えたことを知る。
そこからクロエは苦しむ事になる。
ロージーは一人で逃げたのだ。
今頃、どこかの街にたどり着いたに違いない。
本当にそうだろうか。
逃げたのではなく、捕まったのだったら?
彼女がいたのは、盗品を保管しているテントだ。
金になる物を漁り、マダム・バタフライの部下に見つかったのだったら?
彼女はそのまま消されてしまう。
あの手鏡は、一緒に逃げようとしていた者への牽制に、わざと見つかるように置かれたのではないか。
逃げようとしたら、どうなるか。
自分がモタモタしていたせいで、見つかってしまったのだろうか。
もし無事に逃げ出せたとしても、マダムが追手を差し向けていたら?
それとも。
もしかしたら、本当に、鏡に吸い込まれてしまったのかもしれない。
一週間、悩み苦しみ、そして心を決めたのだ。
自分も一味を抜けると。
そして一度は裏切ってしまったロージーを探すのだと。
「あんたにチケットを渡して一座に戻ったところで、クロエからこの話を打ち明けられたんだ。正直関わりたくなかったけど『あんたに迷惑はかけないから』ってクロエに言われてさ。かなり思い詰めていたから、手伝ったんだ」
盗品を身につけたまま逃げ出したクロエ。
うまくいけば、それを売ってさらに遠くへと逃げられる筈だ。
彼女は鏡の中に消えてしまった。
そういう事にすれば、追手もかからないし、手引きしたのが誰か、犯人探しも行われない。
「あんたに迷惑はかけないから」
クロエはそう言った。
でも、違う。そうじゃないんだ。
「本当はさ」
(金持ちの愛人になれなくってもよかった)
「一緒に逃げようって言って欲しかった」
あたしは、しゃがみ込んで、膝を抱える。
「誰かに、連れ出して欲しかった。一緒に逃げて欲しかった」
あの気弱なロージーが、意を決してクロエと共に逃げようとした。
その二人の絆が、あたしは羨ましい。
「これからどうされるのですか」
吟遊詩人は優しく訊ねる。
(こいつ、優しい顔で、残酷なことを聞く……)
「わからない……わからないよ」
公演後、みんなが混乱している中、あたしは二人が残していった手鏡を拾った。
そして、あの不吉な鏡の前に立って、手鏡と向かい合わせになった。
——合わせ鏡をしたら、鏡の中に引きずり込まれる。
合わせ鏡を覗き込むと、中には鳶色の髪の貧相な少女が並んでいた。
あたしの前にも、あたしの後ろにも、鏡に映ったあたししかいない。
これまでも、これからも、あたしはずっと一人ぼっちなんだ。
結局、鏡に引きずり込まれることはなかった。
吟遊詩人は、鏡は異世界への扉だと言った。
だけど、その扉は、あたしには開けられなかった。
(あたしは、ここ以外のどこにも行けないんだ)
手鏡を放り投げると、ガシャン、と割れる音がした。
あたしの期待が、砕ける音だった。