ウソツキたぬきは優しいたぬき
おっす、タヌキだ。
ただのタヌキじゃない、化け狸だ。いわゆる妖怪というやつだ。
昭和、平成、令和ときて昔の妖怪を信じている人はすごく減った。妖怪は「こういう妖怪がいる」と信じてくれないとどんどん弱って消えてしまう。
人をばかすタヌキを信じてる人なんてほぼいない。それでも、一人はいるんだ。それが神社の娘、タマちゃんだ。
娘、はちょっとあれか、もうおばあちゃんだもんな。生まれた時から知ってるけど。
タマちゃんの家の神社は小さくて結構あちこちボロボロだ。地元の人しかお参りしない。タマちゃんは昔から化け狸を信じていて、孫のたっくんにもよく言っていた。
「ほらたっくん、ポンポコだよ、化け狸のたぬ吉がきたよ」
「ほんとだ、ポンポコだ! おばあちゃん、たぬ吉来た!」
タマちゃんとたっくんは仲良しだ。たっくんと一緒に居る時のタマちゃんはいつもニコニコだ。存在を信じてもらうためにこうしてたまに姿を見せている……ご飯もくれるし……そのたびに、嬉しそうに笑っていた。ちなみに「たぬ吉」はタマちゃんが勝手にそう呼んでる。
それからどれくらいたったかな。たっくんを最近見なくなったなあと思っていた。
がしゃーん、と何かが壊れるような音がした。昼寝をしていたからびっくりして飛び起きて、音の方に行くと神社からだ。そっと木陰に隠れてみれば、なんかぎゃあぎゃあとうるさい男がタマちゃんに怒鳴っている。
「次来るときまでに土地権利書用意しとけクソババア!」
障子を蹴りつけて戸ごと倒してしまい、タマちゃんは縮こまって怯えている。助けないと!
「もういいじゃん、行くよ泰造」
「その名前で呼ぶんじゃねえよ! このクソダセエ名前もそういやババアが考えたんだった、ムカツク! 土地だけ残してさっさと死ね!」
な、なんて奴! タマちゃんになんてことを! 車で遠ざかる姿を思いっきり威嚇した。狸だから、毛を逆立てるくらいしかできないけど。
タマちゃんにケガはないだろうかと神社に戻れば。
タマちゃんは、泣いていた。その姿にずきんと胸が痛くなる。赤ちゃんの時から知ってるタマちゃん。化け狸をたった一人信じ続けてくれていたタマちゃん。
そういえば最近タマちゃんが笑ってる姿、見てないな。笑ってほしい。
そうだ、たっくんに化けよう。最近見てないから、来てないんだ。寂しいのかもしれない。妖力が弱くて、たぶん一回しか化けられない。それに、ここは神社だ。神社で化けるのは……。
いや、いいんだ。後回しにできない。今、タマちゃんを元気づけないと。
「おばあちゃん!」
元気に声をかけるとタマちゃんは目玉が落ちるんじゃないかと思うくらい真ん丸にした。
「……え?」
よし、びっくりしてる、成功だ。
あれ、たっくんって名前なんて言うんだろう? いいか、たっくんで。
「おばあちゃん、たっくん遊びに来たポン!」
んん? ちょっと言葉が変かな? 仕方ない、タマちゃんがポンポコ言うからだ。妖怪はそう信じられたらそういう風になってしまう。
タマちゃんはぱちぱちと瞬きをして、小さく笑った。
「あらあら、まあ。もしかしてたぬ吉なの?」
「へ!? ななな、なに言ってるポン! たっくんだポン!」
「ふふ、たっくんねえ。ついさっき本人……いや、いいわ。そうね、そうよね。ありがとうたっくん、会いに来てくれて嬉しいわ」
泣きながら笑うタマちゃん。よかった、たっくんと信じたみたいだ。
「おばあちゃん、元気だして。たっくんはおばあちゃんの事大好きだポン」
そう言うと、タマちゃんは笑いながら、目からは大粒の涙があふれてくる。
ど、どうしよう!? 泣いちゃった、笑ってほしいのに。何も変な事言ってないのに!
「そう……ありがとう、たぬ、たっくん。その言葉だけで、じゅうぶんよ」
おろおろしてたけど、タマちゃんが優しく頭を撫でてくれた。溢れる涙をそっと拭いてあげる。
あ、まずい、変化が解けそう。やっぱり化けられるのはほんの少しの時間だ。
「おばあちゃん、たっくんまた来るポン、約束だポン」
「そうね、また来てね。気を付けてお帰り」
「ポン!」
走って走って、鳥居の前まで来た時。鳥居の下にカミサマが見えた。この神社の主だ。ああ、やっぱり来た。
「化け狸、神社の中で人をばかしましたね」
「……はい」
神社の中はカミサマが居る神聖な場所。妖怪も幽霊も悪さをしてはいけない、それは大切な約束事だ。
カミサマは怒っている様子はない。ここのカミサマだし、さっきのタマちゃんたちを見ていたからわかっているんだ。
カミサマはカミサマで安易に人を助けてはいけないという約束事がある。すぐに助けてしまったら、人は神頼みだけして生きることを頑張らなくなってしまうから。だから、自分は何もできなかったことに少し心を痛めているのかもしれない。
「約束は約束。あなたに罰を与えます」
「はい」
「あなたはこの先、嘘しか言えません。その嘘で人を幸せにしてみせなさい。百人幸せにするまでこの神社からは出られませんよ」
百人。しかも嘘しかつけない。とても難しい。でも、それでもいい。罰がくだるとわかってやったのだから。
「うけまたわりました」
「……うけ『たまわり』ました、です。まあいいでしょう。……頑張りなさい、優しい狸」
カミサマは、タマちゃんを思わせる優しい顔で笑って消えた。
百人かあ。何年かかるかな。
若い夫婦が神社でお参りをし、歩き出す。妻は夫を不思議そうに見上げた。
「ねえ、そろそろ教えてよ。どうして安産祈願にこの神社? 有名な所たくさんあるのに」
「ここね、ちょっと面白いおみくじがあるんだ。その名もたぬきみくじ」
「たぬき?」
「狸って人をばかすだろ? だからさ、そのおみくじってとんでもない嘘しか書いてないんだって。インスタでバズってたんだ」
見れば確かにおみくじ売り場は人だかりができている。30分並んでようやく買えた。妻がおみくじを見て首を傾げる。
「え、たぬ吉?」
「そ。大吉とか吉とか凶とかなくて、『たぬ吉』だけなんだ。何て書いてある?」
「えっと、子宝に恵まれます、100人? ふ、ふふっ なにこれ? 100人も産めるわけないじゃない」
妻は小さく肩を震わせて楽しそうに笑う。夫も微笑みながらおみくじを覗き込んだ。
「100人も産めるくらい丈夫な体でいられるって事じゃない? そんなお母さんから生まれる子供は、きっとものすごく元気だよ、大丈夫」
夫の言葉に妻はわずかに驚いた顔をし、柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう。3回も流産してきたから、今回も、もしかしたら、って思っちゃって不安だった。だからこの神社に連れてきてくれたんだ」
「まあね。不安な気持ちは悪循環になるよ。これくらい痛快な方が安心するだろ?きっといろいろご利益あるよ。ここ、親族同士でもめ事が多かったらしいんだけど、地元の商工会の人が一丸となってトラブル解決したらしいよ」
「凄いね、地元の人から大切にされてるんだ。じゃあ、私も大切にしないと」
妻は微笑み、おみくじを財布にしまった。二人はゆっくりと神社を後にする。
その様子を陰からこっそり見ていたタヌキはせっせとおみくじ作りを続ける。予想以上に人が来るようになってしまって、作っても作っても足りない。とっくに目標の100人は過ぎているのだが、やめるにやめられなくなってしまった。
「たっくん、おみくじできた~?」
「もう出来てるけど、ちょっと待ってほしいポン!」
END
おまけ。
「カミサマ、腕が痛いポン。これは新たな罰なのかポン……」
「腱鞘炎です」