閑静な住宅街の一角にある、滑り台くらいしかない、小さい公園。
閑静な住宅街を歩いていると、小さな公園を見つけた。生垣に囲まれた、滑り台くらいしかない、小さな公園だ。公園は十字路の角地にあるため、2面は道路に、もう2面は住宅に囲まれている。見渡しもよく、子供を少し遊ばせたり、夜に座って晩酌したりするにはちょうど良い公園だ。公園内には鳩や三毛猫もいて、ほのぼのとしている。私はなんとなくこの公園に入って休憩することにした。
公園の入口すぐ右手には水飲み場があった。子供の水遊びに適している。水飲み場の少し奥には簡素な滑り台がある。赤い、2メートルくらいのシンプルな滑り台。ベンチは入口左手手前、左手奥、右手奥に散らばっている。このような狭い公園では一人でゆっくりしたい人が集まる傾向にあるため、ベンチを散らしているのだろう。右手奥のベンチは2つの住宅の影になっており涼しそうだ。
私は右手奥のベンチに座り、鳩や三毛猫を眺めた。この空間において、人間は私しかいない。
とにもかくにも、公園内には穏やかな時間が流れていた。
「公園は皆んなの物だと思っているでしょう。」
唐突に声がした。
「ここは、民間の、公園です。」
振り向くと私の横に、大柄で、筋肉質な、浅黒い男性が座っていた。
「ここの固定資産税は、全部、私が払っています。」
男性は非常にゆっくりと話した。
「あなた、私が嘘ついていると思っているでしょう。」
私は突如現れた男性に驚いて発言の内容まで考えが至っていない。
「普通、こういった公園は地方公共団体が経営しています。」
男性の声はかすれていて、しかし力強かった。
「もともとは、家が建っていたんですよ。私の家が。」
男性は立ち上がり、くるくると歩き回り始めた。
「差し押さえられて、家ごとクレーンで、持ってかれてしまって。だから公園とし
て解放することにしたんです。でもまた借金をしてしまって。ほら、ベンチの裏を
見てください。」
私は、かがんでベンチの下を覗き込んだ。ベンチの裏は薄暗く、じめじめしていた。目をこらすと、何やらシールが貼ってある。
「この公園の動産という動産は、すべて差し押さえられています。」
私はやっとの思いで口を開いた。
「……三毛猫もですか。」
少し間が空いた。
「……三毛猫を担保には、できませんでした。」
男性が担保にしなかったのか、金貸しが断ったのか、は聞かないことにした。
「ベンチ3つと滑り台と水飲み場に貼ってあるシールを線で結ぶと、結界ができ
ます。」
「……何のですか。」
男性は公園の中央を指さした。
「あすこに砂場があるでしょう。」
言われるまで気が付かなかったが、たしかに、小さな砂場があった。
「あすこの砂、全部遺灰です。」
砂場の砂はただただ灰色だった。風が吹き、砂がまずまず舞った。
「……砂鉄は含まれないのですか。」
しばしの沈黙の後、男性はかすれた声をさらにかすれさせてつぶやいた。
「……裁判所の執行官の体には、鉄分が含まれていません。」
「執行官の方は、毎日ほうれん草を食べているので、含まれてますよ。」
男性は口角を少し上げた。
「……一つ質問、いいですか。」
私は前々から感じていた疑問を口に出した。
「この土地自体は差し押さえられていないんですか。」
男性は天を仰いだ。
「私が、ここにいることで、地価が年に5%ずつ下がっています。」
私は心底、金貸しを気の毒に思った。あの男性を公園から引き離すことは至難の業だろう。
私は急いで家路についた。男性から、毎朝の太極拳に誘われたが、やんわりと断ってしまった。
もうあの道を通ることはない。