#36 離宮と裏宮
――わ、童! は、はやぐ医者を呼べええ……
――待って! 妖魔の術による傷は普通の医術では治せないわ。
――ん? だ、誰だお前は!
あ……いけないいけない!
私としたことが、こんな一刻を争う場で呆けちゃうなんて!
だけど……しゃーがないっちゃしゃーがないのよね。
「うう……熱い、熱い!」
「ひいい……死にたくない!」
この目の前の状況は、まさにさっき思い浮かべた状況――私が輿入れしたその夜に狐之妖妃が、阿青と我吽を襲い火傷を負わせた状況そのままだったんですもの!
「……ともあれ、かくなる上は! 他の衛兵さんたち、申し訳ないけど! この怪我した衛兵さんたちを抑えてくれないかしら、ちょっとだけ!」
「な……わ、分かった!」
だけど、それこそあの時と同じく考えてもしゃーがないこと!
ここは、四の五の言わずに。
「……玉帝有勅、神硯四方! 金精生水精、水精克火精! 薬克妖、急急如律令!」
「ぐ……ぐああ!」
「悪いけど耐えて……この薬に!」
ごめんなさい、本当にしゃーがないの!
だけど。
この薬学魔法を使わないとあなたたち、死んじゃうから!
「……はあ、はあ……」
「だ、大丈夫なのか!?」
「ええ、大丈夫です……これで」
と、私が介抱を終えたその時だったわ。
「ぐああ!」
「!? 離宮の中から……あの蜘蛛!」
うーん、やっぱり戦いは待ってくれないわね。
でも、しゃーがないわ!
私は離宮の中に、突入した!
◆◇
「師匠は大丈夫かな……ん!? あ、あれ?」
だけど、その頃。
私は毎度お馴染みというか、この時点では知らなかったのだけど。
後宮でお留守番していた去魔は、空に奇妙なものを見つけていたわ。
「ははは、今後宮魔女はいない……ならば、今が好機であるな!」
「な……そ、空に穴が空いて……な、何かが……」
そう、空に穴が空いて。
そこから覗くのは何やら、宮殿の中身みたいな景色!
「さあ、我が娘よ! 裏宮 妖女よ! 目の前にあるは美味そうな後宮ぞ……喰らうがよい!」
「な……り、裏宮 妖女!? り……離宮じゃなくて?」
そう、実は。
lígōngではなく、狐之妖妃が築いた裏の宮殿lǐgōng――裏宮だったの!
◆◇
「き、きゃあああ!」
「み、皆起きよ、逃げよ!」
そのまま、空に開けられた穴は広がりそこに吸い込むようにして。
地上の宮殿を破壊し、巻き上げて行くわ!
「く、まさか長我麻呂さんが大錦語を間違えた!?」
ええ、そうね。
まあ、猿も木から何とやらとは言うし。
……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ!
「まったく、師匠のお気遣いで留守番させられるといつも! 僕の方に妖魔が……来るんだよねえ♡」
……ちょっとちょっと、去魔!
駄目よ、変な気を起こしちゃ!
「まあ、師匠にはお知らせしないといけないが……しばらくここに到着するまでに、時間がかかっちゃうよね♡」
……まったく、言わんこっちゃない!
普通の子なら、怖がる所なのよ去魔?
「……蝶の使い魔。離宮の師匠にこのことを! 僕は……力及ばずだろうけど!」
そのまま、使い魔を放った去魔だけど。
まったく……本当にしゃーがないんだからこの子は!
◆◇
「ははは、どうした!? 後宮魔女がおらねば、それまでか!」
「くっ、このお!」
その頃。
逃げ惑うお妃方や宦官、宮女たちの退路を守るべく衛兵が立ちはだかるけど。
まあ、あんな空に開いた穴から覗く裏宮になんてまず反撃は無理でしょうね!
「くっ、どうすれば……」
「……玉帝有勅、神硯四方! 金精生水精、水精克火精! 薬克妖、急急如律令!」
「!? な……こ、後宮魔女殿!?」
だけど、その時。
私の装いをした去魔が裏宮へ――ひいてはその傍らにいる狐之妖妃へ、薬学魔法を見舞った!
「む、後宮魔女! 何故ここに……いや、もはやよい。ほう……なるほど! 私による火傷に効いた薬か、だが甘えるな! 私にも娘にも、左様なものは効かぬわ!」
「そう……なら、これはどう、かしら!? 玉帝有勅、神硯四方! 火精所司五行之火使妖魔燃! 急急如律令!」
「む!? わ、私に火を!?」
それは効かない、と思いきや。
去魔の苦し紛れの薬学魔法は、意外にも狐之妖妃を動揺させた!
「おのれえ……小娘があ!」
「こちらの台詞、よ!」
狐之妖妃は吼え。
去魔も、啖呵を切る!
◆◇
「な……長我麻呂さんの大錦語の発音は間違い!? 離宮ではなく、裏宮 !?」
その頃、私のいる離宮では。
去魔の使い魔がようやく到着して、その言伝に私は激しく動揺してる。
「く、一通り衛兵たちの王宮処置は完了したけど……このままじゃ野放しなあの蜘蛛が!」
とはいえ、それじゃしゃーがないと私は頭を切り替えたわ。
後は、あんなすばしっこい蜘蛛。
どう、捕らえれば……
「ああ、まるで雁字搦めだわこの感じ! ……ん?」
と、そこで。
私は、ひらめいた!
◆◇
「来たわね……蜘蛛ちゃん!」
そうして、私は。
何と、土蜘蛛の蜘蛛の巣を探し当てて。
わざわざ、そこに掛かってあげたわ!
本来ならここで、万事休すなんだけど。
「ええ、さあゆっくりいらっしゃいな蜘蛛ちゃん……私と一緒に、後宮へね!」
そこへ、沢山の蝶型使い魔が飛来したわ!
私はそこで、無数の蝶型使い魔を蜘蛛の巣に引っ付け。
その無数の羽ばたきにより、何と土蜘蛛そのものも空中で丸まった巣に雁字搦めになり。
蜘蛛の巣諸共私諸共、蜘蛛諸共空へ飛び出したわ!
「さあて、行かないと! 離宮ではなく、 裏宮 へ……弟子たちが待っている、そこへね!」
私自身も雁字搦めになりながらも、努めて気丈に振る舞い。
そのまま使い魔たちを促し、後宮へ急ぐわ!
◆◇
「ふふ……どうした後宮魔女! そんなものか!」
「く……」
その頃。
私が着かない間に、去魔は狐之妖妃の前で膝を突いてた!
「ふふふ……む!? ぐ……ううう!」
「ん、ん!? き、狐之妖妃が……」
だけど、突如。
狐之妖妃は、お腹を押さえて苦しみ出した!
え、まさかこれ……
「く……裏宮、妖女! 我が、娘よ……!」
我が娘の名前も、呼んでる。
やっぱり、難産って奴みたいね。
「これは……」
「……玉帝有勅、神硯四方! 金精生水精、水精克火精! 薬克妖、急急如律令!」
「!? ぐっ、これは!」
まあ、お苦しみの所ごめんあそばせ!
「し、師匠!」
「お待たせしたわね我が弟子……さあて!」
私はようやく着いて、巣に雁字搦めの蜘蛛を狐之妖妃に近い後宮の屋根の上に放ったわ!
「さあ……手こずらせてくれたけど! 狐之妖妃さん、私が来たからにはもう勝手はさせないわ!」
そうして私は高らかに、そう言う。
「ふん……減らぬ口を! 今に見ておれ」
――魔王開封、四凶所被流於四方……
「!? な……この詠唱は!?」
だけど、その時。
何か変な呪いが、聞こえて来たわ!
――水魔生木魔所司五行之木、魔薬使妖魔強、急急如律令!
「おお……我が娘よ、よくぞ!」
「な……む、娘!?」
じゃあ、これが……?
えっとり、裏宮妖女とやらの力だというの!?
そう私が、驚いていると。
「おお……土蜘蛛が!」
「な……蜘蛛が!?」
今の呪いのせいなのか。
土蜘蛛は身体が大きくなり、八肢も強靭となり。
そのまま絡まっていた自分の巣を破って、起き上がったわ!
――ご安心ください、母上……私は未だ生まれずとも! この魔薬妖術は、既に振るえますわ……
「そうか……頼もしいぞ!」
な!
ま、魔薬妖術ですって!?




