#33 再訪した野馬台の遣錦使
「ううむ……此度も! 後宮魔女天晴れ、見事に妖しき者の騒ぎを鎮めたり!」
「ははあ!」
玉座の間で。
陛下は、また皆の前で私を褒めて下さった。
うーん、まあそれ自体は嫌な気分ではないのだけど。
「(まったく後宮魔女……また手柄を横取りして! 今に見てらっしゃい……)」
……あらあら。
まあしゃーがないと言えばしゃーがないけど、麗零様に置かれてはかなりお冠のご様子。
うん、これはちょっと嫌ね。
「ええ、私も後宮魔女に救われました。」
「!? び、毘那妃殿……」
だけどそんな麗零様の心を知ってか知らずか、毘那妃はそう陛下に言う。
「毘那妃よ……そなたもか?」
「……はい。」
言いながら、陛下から少し訝られたことを察した毘那妃は。
そのまま、口を重くしてしまったわ。
◆◇
「さあ、どうなさるのかしら後宮魔女?」
「ええ、そうね……」
時は、妖樹との戦いの直後に遡るわ。
気絶している毘那妃を両脇から抱えてがっちり拘束した状態で、保明妃とミンマー妃がこちらに歩いて来られた。
「よもやとは思うけど……私の時と同様、この妖樹公主様も助けるつもりではないでしょうね?」
保明妃は私に、そう言って来た。
「ええ。……そのよもやです。」
「……はあ、後宮魔女さん。」
保明妃は大きくため息を吐いた。
「……まあ、私もその恩恵に与りこうして生きながらえている訳だからあまり言えた義理ではないかもしれないけれど。……甘いのよ、あなた!」
「!? 保明妃殿! 玉帝有勅、神硯四方!」
保明妃は言うが早いか、手をコネコネして何やら触手のようなものを生成して来たから。
私はもしもの時のためにしておいた備えつけの薬瓶を、保明妃に向けた!
「……なあに? あなた、向ける相手を間違えているわ! 向けるべきは一度は見逃した不可殺妃ではなく……この妖樹公主でしょう!?」
保明妃はそれを見て、眉を顰めている。
「ええ、そうね……でも! 私があなたを見逃した理由をお忘れではありませんよね? 私はあなたがもう力を使えない――いえ、使わないと踏んだからこそ見逃したのです!」
そう、そんな風に睨まれたところで私も引く気はないから。
保明妃、あなたがまだその妖魔の力を誰にであろうと振るう限り。
私も薬学魔法を、行使せざるを得なくなります!
「ふん……まったく、どこまでもお人よしねあなたは!」
私が引くまいとする姿勢を崩さずにいると。
幸いにも、保明妃の方から手を引いてくれたわ。
「ええ、お人よしで結構です! さあ……その人を渡して、あなたたちは早くお戻りください!」
「ええ、そうするわ……」
「私も、その毘那妃も見逃すなんて……あなた、本当にお人よしね。」
保明妃とミンマー妃は、そのまま姿を消そうとするけど。
「……今よ、私の弟子!」
「はい師匠! 玉帝有勅、神硯四方! 土精所司五志之思、夢幻之香使人眠! 急急如律令!」
「な!? ね、眠気が……」
「くっ……こ、後宮魔女! まさか、騙し討ちを……!?」
ええ、ごめんなさい保明妃もミンマー妃も。
今回のことがあって、一度は妖魔の力を受けたあなた方をもう野放しにはしない方がいいと思いまして。
それで、こうさせてもらいました。
「悪く思わないでください……改めてごめんなさいね。私、そんなにお人よしにはなれなかったわ……」
「く……ええ、そうね……ちょっとあなたを見くびりすぎた私の、自業自得かしら……」
パタリ、パタリ。
おやすみなさい。
そうして保明妃とミンマー妃も倒れた。
「……師匠。」
「ええ……さあ行くわよ去魔ちゃん! どこまでできるか分からないけど、この人たちの身体から今度こそ本当に妖魔の力を抜いてしまいましょう!」
「は、はい!」
私と去魔は、そうして。
作業に、とりかかったわ。
◆◇
「申し訳ございませぬ、陛下……この毘那、まだ体調が優れずまた記憶もおぼつかず。つい陛下のお首を傾げさせてしまいまして」
「いやいや、よいよい! そうであるな……此度の集まりは、これでお開きとしようではないか!」
「……はっ、陛下!」
そうして、今。
毘那妃の言葉に、陛下は集いを解散させる。
◆◇
「はあ、疲れましたね……あの樹の根元にいた人たちも治療して。」
「ええ、そうね……」
その頃、私の自室では。
壁越しに去魔と私は、いつもと同じく話をしていた。
そう、今去魔の弁にもあった通り私は妖樹の根元を守っていた樹の毒に当てられた人たちも治療し。
更にあの三国妃にも治療を――それも夢幻之香による、自分が妖魔だった頃の一連の記憶を夢と思い込む暗示もおまけとしてつけて――施したからもうヘトヘトよ。
「……抵抗性。」
「え?」
「薬は使い過ぎると効かなくなる人もいる。身体が慣れてしまう場合も多いの。薬剤抵抗性っていうんだけど。」
「それって……あの妖樹のことですか?」
だけどそこで、私はそんなことをふと呟いた。
「ええ、あの妖樹。私の薬を克服し続けてた……ってことは恐らく。」
「お、恐らく……?」
私が勿体つけて言うものだから、去魔ったら。
ごめんなさい、すっかり緊張感と共に聞いちゃっているわ。
「恐らく妖魔たちの元――正確には、そう目される――狐之妖妃も薬への抵抗性をつけたのかもしれない。となると……もしその性質が他の妖魔にも引き継がれているとしたら……」
「な!? そ、そんなそれじゃあ!」
私の言葉に去魔は。
すっかり、動揺して二の句が継げなくなっている。
ふふ、可愛いけど。
「ええ……これは、かなり厄介なことになりそうね。」
私は去魔が皆まで言う前にそう言ったわ。
そう。
これは、今まで以上に苦しい戦いになることを覚悟しなければ――
「後宮魔女様ー、いらっしゃいますか?」
「!? え?」
と、その時。
部屋の外から阿青の声が聞こえ。
私は思わず、面食らってしまったわ!
え、ええまさか!?
わ、私が後宮魔女だってバレた?
◆◇
「まったく、脅かさないでよね……陛下の命で私――後宮魔女宛の手紙を後宮中に置きながら適当に呼びかけていたなんて!」
その日の夜。
そう、阿青が呼びかけていたのはそういうことだそうよ。
まったくまったく、ほんと紛らわしいわ!
まあ……本人がいない前でぶつくさ言ってもしゃーがないかなあ。
私は当然、後宮魔女の装いとして布による面隠しを付けて。
阿青の手紙に書かれている所に、去魔と共に向かった。
その内容は。
「野馬台――日本からやって来た遣錦使の阿江長我麻呂殿。……あれ? 確か、一度野馬台に帰ったはずじゃ」
「それが……船難破して、結局戻されちゃったそうですよ。」
「あらら……それはそれは。」
そう、長我麻呂殿に関すること。
高い教養の持ち主で、陛下からも気に入られていたけどその為もあって中々帰国を許されず。
ようやく帰国したのが、あの康禄斬の乱の少し前……だったんだけど。
今去魔が言った通りの状況になったみたい。合掌。
でも、だとしたらそのためかしら。
最近は特に塞いでばかりで、床に臥せることが多いんだとか。
そう、大好きで大得意な汎詩(漢詩)も嗜めなくなっちゃう程に。
「だとしたら心の病かしら、はたまた妖魔……?」
「い、いや師匠!」
私がふと、そう言うと。
去魔は、冗談はやめてくれとばかりの顔をしているわ。
「まあそうね、異国の人が来た即ち妖魔……って言うのは考えすぎかしらね。」
私ったら、ついついそんな頭になっていたみたい。
そんなこと考えてもしゃーがないって言うのにねえ。
……と、その時だったわ。
「!? し、師匠! 危ない!」
「えっ? ……キャッ!」
私は去魔に体当たりされ、廊下から庭に飛び出した!
そうしたら。
「な!? ゆ、床が……と、溶けて……?」
私が驚いたことに。
私たちのいた場所の床が、泡立つようにしてみるみる溶けていったわ!
これって……
「て、天井です! 天井にずっと大きな蜘蛛が張り付いていて……あっ、逃げた!」
去魔がどうやら、私より先に気づいてくれたらしく。
私が天井を見ると、確かに蜘蛛の腹みたいなのが見えたけどそそくさ逃げて行くところだったわ。
「くっ……追わないと!」
◆◇
「さあ狐之妖妃殿……私があなたに、恩を返さねば……」
一方。
床に臥せりながらもその長我麻呂は、外を睨んでいた――




