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#3 当てられた者たち

「うーん、この廊下は傷んでるわね……去魔ちゃん、防腐剤を」

「はい、師匠!」

「うん、このお妃様には……この媚薬ね。」

「はい、師匠!」


 とある後宮の夜。

 何だかんだあって私は、弟子である幼少の宦官・去魔に指示を出している。


 夜間外出禁止令を一度は出したけれど、結局は私の目が届く範囲ならということで許可を出したわ。


「でも師匠、よいのですか? 他のお妃に媚薬なんて、これじゃ敵に塩を送るようなものじゃ」

「いいのよ。むしろ幻惑の香を焚く頻度が下がるのは、香代が浮いていいわ。」


 去魔はいらん心配をしてくれてるけど。

 ほんといいから、色恋沙汰は。


 でもそう思ったも束の間。


 ◆◇


「きゃああ! 男よお!」


 ある夜。

 後宮中に悲鳴が、響き渡ったわ。


 前に阿青と我吽が叫んだ時と同じく、後宮の眠りはそれにより覚まされた。


 ◆◇


「ふうむ……なるほど、な。」

「はい、皇帝陛下もご安眠を邪魔されたとのことでその者は不届き千万でございます!」


 皇帝の前で。

 高位の宦官が平身低頭しつつ告げたのは、昨夜のこと。


 どうも、後宮に兵の一人が忍び込んだ所を下女に見つかったらしいの。


 でもその兵が、何か変なことを言ってるみたいで。


 ――お願いだ、最後は宮刑に処されてもいいから……せめて、せめて一回だけ! あと一回だけさせてくれえ!


 あと一回する?

 何を?


 もしかして……


「ううむ……その兵が後宮に忍び込んだというのは、これが初めてではないのだな?」

「はっ! 何度目かに下女に見咎められたとのことなのです。ただ……下女や、()()()()()が襲われたとの報せはまだ」

「うむ……左様か。」


 宦官は言葉を選びながら言う。

 その他の方とはつまり、私を含めたお妃のこと。


 まあ彼女たちに手を出したとなったら、それこそ宮刑じゃすまないだろうけど。


「しかし申し訳ございませぬ。その者が何故後宮に忍び込んだのか、依然吐かぬままでして……」

「……その者の処遇は、後に決めるとしよう。今は、後宮の周りの守りを固めよ! 門扉周りのみならず、外壁の至る所に番兵を配置するのだ!」

「は、ははあ!」


 陛下は宦官に命令を出されたわ。


 ◆◇


「まったく、こうも宮中が慌ただしいと。わたくしたち妃も息が詰まる思いですわねえ……」

「ええ、まったくおっしゃる通り!」

「陛下もきっと同じですわ、ですから正妃様。そのお心を癒して差し上げられるのはあなた様だけかと。」

「あらまあ……そうですわね! おほほほ!」

「(はあ……女の園ってのはどこも似たようなもんね……)」


 後宮の庭園では。

 正妃麗零様主宰のもと、茶会(女子会)が行われているけど。


 私はこういうの苦手ねえ。


 こういう、腹の探り合いみたいなのは。


「……時に、深愛妃殿。あなた最近、陛下から気に入られているようね。」


 ブッ!

 ああ、いつか去魔といた時と同じくやっぱりお茶は飲むもんじゃないわ。


 飲んでいたら、危うく吹き出す所だった。


 まあ私に茶――じゃなくて水が向けられることも、確かにしゃーがないことかもしれないけど。


 びっくりするじゃないの。


「さ、左様なことはありませんわ……ホホホ!」

「あらあらご謙遜を。最近陛下はわたくしの元に来てくださらないものですから……あなたの所に行かれているのではないの?」


 う……やっぱり、それ聞きたいかしら?


 とはいえ正直に答える訳にはいかないし。

 それに私、正確には相手してないもの。


 そう、陛下には幻惑の香を焚いて幻をお見せしているだけ。


 だから陛下が私の元にお通いなことは事実でも、安心してほしいのだけど。


「そ、それは……」

「どうなのかしら、深愛妃殿?」


 んなこと言って、この正妃様に通じるとは思えないからまだ黙っていたら。


 はあ……迫る迫る。

 しゃーがないわ、こうなれば。


「そ、そういえば! 下女たちが噂していましたわ、後宮魔女について。媚薬も作れるとのことでしたから、この中のどなたかがそれを使われて陛下をお誘いしていらっしゃるのでは……?」

「……あら、そうなの皆さん?」


 よし、矛先逸らし成功!

 皆、目逸らしてるわ。


 ええ、最近他のお妃の元に陛下が通われてることも事実ですもんね!


 そうよ他のお妃様方、後宮魔女――私の媚薬使われてるんでしょ?


 とはいえそれが具体的に誰か明かしたら、薮蛇だから言わないけどね。


「い、いえとんでもございませんわ麗零様!」

「わ、わたくしたちはそんな!」

「さ、左様でございます麗零様! あなた様のお足元にも及びません私たちが!」

「あらあら、そんなことはないと思いますが……まあ、あなた方がそんな風におっしゃるならそうなのでしょう!」


 他のお妃方はまた胡麻を擂って切り抜けたわ。

 まあそうね、それがここで生きていくには必要なことだし。


 私は安心して、茶を口に運べるわ。


「……けれど、この前後宮に忍び込んだあの兵。本当に、どのお妃にも手を出していらっしゃらないのかしらねえ。」


 ブ……ごっくん!


 危ないわねえ、本当に吹き出す所だったじゃないの!


「ぶっ!」

「ごほっ!」

「げほっ!」


 って、皆吹き出してるじゃない! 

 駄目よ駄目よ、そういう隙も見せちゃ!


「あら……まさか皆様図星であって?」


 まあこの正妃様も正妃様ね、わざわざそんなこと聞くなんて。


「と、とんでもございません!」

「ええ、わたくしたちはそんな!」

「そ、そうですよわたくしたちは!」


 いやいやあんたたち、そんな必死に否定しすぎるとむしろ疑い強めるわよ?


「でも、件の兵はこう言ったそうよ? ……あと一回、させてくれって。それはつまり……一回はさせた方がいらっしゃるんじゃなくて?」


 はあ、正妃様またあなたはそんなこと言って!

 もうこれじゃ、女子会じゃなくて尋問だわ!


「れ、麗零様」

「ああ、わたくしとしたことが……少々戯れが過ぎましたわ、忘れてちょうだい。」

「は、はい!!」


 麗零様は、矛を収めたわ。

 ふう、やれやれ。


 これは……本当にしゃーがないわね。

 ちょっと、調べてみますか。


 ◆◇


「はあ、はあ……くそ、興奮が治らん!」

「こんばんは、罪人さん。」

「!? だ、誰だお前は!」

「しっ、夜に大きな声を出しちゃ駄目ですよ。」


 その晩、私は。

 牢に去魔を差し向けて、あの兵を問い質させようとしているわ。


「後宮仕え宦官、去魔と申します。」

「お前は、子供で、宦官……? お前のような子供が、宦官とは」

「ええ、罪人の河西(へー・シー)さん。聞かせていただけませんか、あなたが後宮に忍び込んだその訳を。」


 去魔は罪人河西をまっすぐ見て尋ねたわ。

 だけど。


「私の訳を……? ふん、お前のような童に何故話さねばならんのだ。」


 予想通りの反応ね。


「ううん、予想通りですね……では仕方ありません。」

「ブッ!? な、何だこれは!」


 去魔はならばと、瓶を開けて河に中身をかけるわ。

 すると。


「さあ河さん、お話してくれますね?」

「あ、ああ……実は」


 そう、さっきの中身はお馴染みの魔法薬。

 吐き薬って奴ね。


 ◆◇


「おかしいわねあの兵……交代した後に寝床に戻らないなんて。」


 一方、私後宮魔女――深愛も。


 もしかしたら増やされた見張りの中に河みたいな者がいないかと見てたら、案の定おかしいのがいたわ。


 今その者は、屋根伝いに歩いている。

 私もこっそり、後を追ってるけど。


 やはり向かう場所は、後宮みたい。


「ん、屋根から窓を開けて! ……これは、また叫び声が響き渡りそうね。」


 その者は何と、後宮の一室に入り込んだ。

 あれは誰の部屋か知らないけど、少なくとも下女の部屋じゃなさそう。


 何はともあれ、また悲鳴が上がるわ――

 と、思ったのに。


「……あら? 静かなままね、まさか……」


 まったく叫び声は上がらない。

 え、まさか。


 あの兵は無理矢理押し入ったんじゃなくて、引き入れられたってこと?


 あの部屋の主に?

 まさか……


「……千里の眼薬、力を貸して。玉帝有勅、神硯四方……木精(シルフ)司五塵之色、視千里、急急如律令!」


 私は眼薬を差し、屋根の上から窓を覗く。

 すると。


「おお……あんたが、噂の。」

「よく来たわね……可愛い坊や……」


 鼻息も荒くその兵が眺めているのは。

 恐ろしげな、着物纏う蛇女だった――

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