#2 後宮魔女の調合
「わ、童! は、はやぐ医者を呼べええ……」
「待って! 妖魔の術による傷は普通の医術では治せないわ。」
「ん? だ、誰だお前は!」
倒れた宦官たちは、呻いていて八つ当たり気味に近くの童に当たり散らすけど。
現れた私がいきなり声をかけたから、驚いているわ。
二人とも顔を火傷して、目を開けない状態ね。
不謹慎だけど、隠しているとはいえ顔を見られないことは幸いというべきかしら。
まあ、とにかくどうしましょう。
さすがに妖魔の術、目にするのは初めてだわ。
これは――
「うっ……ううっ……」
「! あ、あなた……」
と、そんな私の背中を押すかのように。
傍らで童が、泣きじゃくり始めた。
さっきの子供だ。
「何してるの! 早く自分の部屋にお帰りなさい」
「うう……お願いします! どうか、そこの人たちを救ってください!」
!
はあ……まったく。
だから子供は嫌いなんだっつーの!
そんなに泣かれたって、泣かれたって……ねえ!
「しゃーがないわね……助けるしかないじゃないのよ!」
私は袖も捲り、治療に取り掛かる。
「そこの子! 井戸に行って水を汲んで。但し……」
私はその子に、耳打ちした。
やがて。
「まだか童! ……う、な、これは湿りし布巾!?」
宦官たちは驚いている。
私からの指示で、あの子は水に浸けてよく絞った布巾を宦官たちの口の中に当てたのだ。
「み、水を飲ませよと言っておろう童! これだから子供は」
「ひいっ! す、すみませ」
「いい加減にしなさい! あんたたちももう付いてないとはいえ男だっただろうが!」
「っ……!」
――まったく……私はそなたの育て方を間違えたのか、深愛?
あ……しまった!
また口の悪さが出てしまった!
すみませんお父様、お父様お母様の育て方は間違っておりません!
全ては、深愛の育ち方が問題です!
ですが……
「あんたたちに今水飲ませたら、血管が膨らんで息ができなくなんのよ! 生きたいんならちょっとぐらい我慢しなさい!」
「は、はい!!」
私は剣幕でもって、宦官二人を黙らせた。
まったく、これだから(元とはいえ)男は。
とはいえ、事は一刻を争いそうね。
こうなれば。
「妖術の性は火……五行相剋でいえば水の性が有効に見えるけど……ここは少し安全を優先して、五行相生のうち水の性を生み出す金の性の薬を!」
「な、何なのだ! は、早く!」
「あーもう、始めるから待ってよ!」
また宦官たちが焦らせて来る。
もー、人が腐心してるってのに!
しかし私は構わず、薬箱からいくらか瓶を取り出す。
いいわ……少し痛むけど、我慢してよ!
「……玉帝有勅、神硯四方! 金精生水精、水精克火精! 薬克妖、急急如律令!」
「ぐ……ぐわああ!」
「く……そこの子! 二人を押さえて!」
「は、はい!」
二人の顔に、変わる変わる金の性の薬を複数注ぐ。
急ぎだから、顔の上で直接の調合よ!
だけど……やっぱり子供の力では中々難しいみたいね。
二人の宦官の身体が、やっぱり簡単に動いてしまう――
「……ふんっ!」
「! 阿青!」
ん!
か、宦官のうち一人――阿青っていうらしいわ――がもう一人の宦官の身体を手探りで押さえつけ始めた!?
「我吽……くやしいがこの者の申す通りじゃ! ワシらは今はないとはいえ、ついていた身! そのワシらがこれしきの痛み、耐えられなくてどうする!」
「そ……そうであるな! うおお!」
う、うん……何か分からないけど。
その意気よ、宦官たち!
さあ、行くわよおお!
「うおおお!!」
私の治療を受ける宦官たちの声が、(近所迷惑にも)夜に木霊した――
◆◇
「いやはや、何ということか……よもや、そなたらが大火傷を負おうとは。」
「も、申し訳ございません陛下!!」
翌朝。
あの木霊するほど大きな声が、後宮の者たちを起こし。
宦官は、こうして寝床に運ばれたの。
それで、陛下も彼(?)らを見舞っているという訳。
「陛下。わたくしめはお陰で安眠を妨げられましたわ……どうかこの者たちに、裁きを!」
あら、麗零様が怒ってる。
まあ、今ご自分で言われたことばっかりがお怒りの原因じゃないんでしょうけど。
「ううむ、麗零妃よ。この者たちは今は病床に臥せりし身ぞ? そんな者たちを今罰するなど、私には」
「へ、陛下!」
陛下は妙にご機嫌なご様子ね。
結局、麗零様のこの御奏上は聞き入れられなかったわ。
「あ、ありがたきお言葉!」
「し、しかし! 私めらはもう大丈夫でございます。こう」
ギロっ。
へえ……言っちゃうのね?
「こ、これ我吽!」
「ん? こう……何だ?」
言いかけて二人の宦官のうち我吽の方は、慌てたもう一人の宦官・阿青に止められたわ。
ええ、いい子ね。
そうよ、昨日あなたたちの元を去る時言ったじゃない?
――人が来るから、私は行くわね。でも……あなたたち、私のことを誰かに話したらタダじゃおかないわよ?
――ひいい! し、承知しました……あ、あのせめて! い、命の恩人であるあなた様のお名前だけでもどうか!
――ん……そうね。後宮魔女、とでも名乗っておこうかしら?
危うく後宮魔女、って言いかけたからそれだけでも万死に値するけど。
まあそれは恐ろしい言い方よね。
いいのよ、あなたたちが無事ならそれで。
◆◇
「……深愛妃よ。」
「は、陛下! ご機嫌麗しく……」
「よいと言っておろう、私とそなたの仲ではないか。」
私――いえ、わたくし自身は廊下で、今しがたあの宦官二人を見舞われた陛下にお会いしたわ。
「いえしかし……わたくしは」
「ほほ、可愛いのう! しかし、誠にそう堅苦しくならんでもよい。いくらでも……良い夜を過ごそうぞ。」
「はっ。この深愛……身に余る幸せにございます。」
陛下はそう耳打ちしてくださり、嬉しげなご様子で帰られる。
ふう……あー、ドキドキしたあ!
けどよかった、うまく騙せたみたい。
昨日は私が部屋を離れている間に陛下が来てもいいように、幻覚を催す香を焚いていたから。
だから陛下は、私と一夜を共にしたと思っているの。
まあお陰で、自室に陛下が来られなかったことで正妃の麗零様はおかんむりだったみたいだけどね。
そう、これで私の――後宮魔女の噂は、完全に封じた。
はずだったのにいい……!
◆◇
「あの二人の宦官を救ったのは、後宮魔女とか言う御人だったみたいよ。」
「嘘!? ま、魔女が人を救ってくれたの?」
「魔女……媚薬とか作って下さるのかしら?」
「ええ、何い? まさかあんた陛下を」
「ち、違うわよ! 私のご主人たるお妃のためよ!」
……うそ。
気づけば、こんな井戸端会議がそこかしこで聞こえる。
うん、心当たりがあるとすれば――
◆◇
「お呼びでしょうか、深愛妃様。」
「ええ……よく来てくれましたわ。」
私は部屋に、こっそりと昨日の童を呼んだ。
そう、この子を忘れていたわ。
私が二人の宦官に口止めする中、いつの間にか消えていた子。
年端もいかない、男とも女ともつかないこの子。
「……まず、お茶とお菓子をどうぞ。」
「ありがとうございます……後宮魔女様。」
「……やっぱり、あなただったのね。」
可愛い顔して、中々やるわ。
ふう、やっぱりバレてたなんてね。
意外かもしれないけど、私はすぐに兜を脱いだわ。
世間話から始めて、流れでぽろりとこの子にこぼさせる策もあったけどもう全部無為に帰しちゃった。
「でも驚いた……あなたも宦官だったなんて。」
「はい……法去魔と申します。」
この子去魔は、恭しく頭を下げる。
この年端もいかない年じゃ、男にも女にも見えることは仕方ないけど。
宦官なら、尚更そうね。
「では去魔……お願いだけれど」
「ええ、お茶もお菓子も美味しいです! ……飲んで、食べてしまいましたので、その代わりにこのことは黙っておきます。」
「ん……察しがよくて助かるけれど、あなた只者じゃないわね。」
「ありがとうございます。」
去魔は私の言わんとしたことを先に汲み取ってくれた。
お菓子の食べかすを口周りにつけて微笑みながら。
この子供らしい所と大人びた察し、かなり差を感じるわ。
まあそこにちょっと萌える人はいる……かも。
「案外あっさりしてるのね、あなた。」
「ええ、でも。……僕は更に、深愛妃様に黙っていることの見返りを求めてもいいですか?」
「! え?」
ん! 更に見返り?
不覚にも、今は私が面食らってしまったわ。
お茶に手をつけてなくてよかった、吹き出す所だったもの。
「……何かしら?」
「僕に……あの薬の調合について教えてくれませんか?」
「! え……あの薬について?」
えっと、つまり?
「僕を……弟子にしてくれませんか? してくださらないならいいですが、お菓子のご恩を無為にしてでも後宮魔女のことバラしますよ?」
う……
頼み込みながら脅迫して来たわ!
あーもうしゃーがないわね!
「駄目……とは言わせない気でしょう?」
「……はい!」
私が折れたら、まったくこの子は。
またも変な所で子供らしく、笑顔を向けて来る。
何はともあれ。
私に弟子が……できましたとさ。
でも。
「では……去魔。まず師匠命令として、あの狐之妖妃が彷徨いている夜に外に出ることを禁じます!」
「はい、師匠! ……ええ!?」
む、弟子が早くも反抗期に入ってしまったわ。
当たり前じゃない、子供は夜遊びしちゃダメです!
◆◇
「噂の後宮魔女……わたくしには毒と薬どちらになるか……いえ、それともどちらにもならないかしら。ふふ……」
そうして、言わんこっちゃないことに。
狐之妖妃はその日の夜、また後宮に出るのだった。