#18 裏切りの狼祖之子孫
「進め進めえ! 皆、我に遅れるなあ!」
「ははあ!」
時は、夜が明ける少し前に遡るわ。
禄斬は厥丹や銅鑼の部隊を率いて、合流地点から近くの幾つかの郡に攻撃を仕掛けた。
「あれは遊牧民たちか! く、何故今我らを襲う!?」
「あ、あれを見ろ! あれは……康禄斬では!?」
その夜襲に戸惑う郡の衛兵たちだけど。
それぞれに臨戦体勢を取り、矢を放ち刃を取る。
「み、都に伝令を! 一大事だ、謀反だ! 謀反だ!」
衛兵たちの騒ぎは、しかし収まらず。
そのまま伝令が送り込まれ、今に至るわ。
◆◇
「い、いかがなさいますか陛下!」
「うむ……」
超金剛様がオロオロされる中。
陛下は、半信半疑で必死に思案されている。
「……都にいる禄斬の妻とその長男を処刑せよ! 謀反とは信じたくなかったが……」
「はっ、陛下! 更に進言申し上げてもよろしいでしょうか?」
「! 宰相か……分かった、述べよ。」
「はっ!」
そこで宰相の国悌殿が、手を上げたわ。
「恐れながら……我が陽一族の軍が、今襲撃中の郡近くにちょうどおります! 然れば、軍を動かすことお許しいただければ」
「うむ……承知した! そなたの言の通りにせよ!」
「ははあ! ありがたき幸せ!」
国悌殿の進言を陛下は、渡りに舟とばかりに受け入れたわ。
まあ……普通に考えればおかしなことなんだけど。
そんな都合よく、迎撃するための軍が謀反起こされた郡近くに控えているものかしら?
「(残念だけど禄斬ちゃん……あなたはどうやら人柱となる方に転んだようね! もっとわたくしたちの肥やしにする手もあったのだけれど……残念だわ。)」
なるほど……これは。
私はこれも当時よく知らなかったことだけど。
麗零様や国悌殿たちによる未必の故意……とでもいうべき所業だったのね。
ざっくり言うと、麗零様が今考えられた通り。
彼女たちは禄斬を今後も宮中の利独占に利用できるようなら利用して、反乱を起こすようなら討ち取って功を上げるのに利用しようとしていたって訳。
まあ、そうでもなければあんなこと――自分より年上のおっさんを養子にして赤ちゃんごっこするような真似をする訳ないわよね。
◆◇
「そんな……まさか。」
「はい、僕もさっき小耳に挟んだ程度だったんですが。禄斬殿……いえ、禄斬が反乱を」
「うーん」
私は自室で。
窓越しに去魔からの報告を受けていたわ。
私はその報告で、ようやく禄斬の反乱を知ったの。
「……その前日にあの狼たちが後宮に現れたのは、ただの偶然かしら。」
「し、師匠! ……はい、確かに不思議ですね……」
まあ、偶然じゃないでしょうね。
とはいえ、ここで考えるだけじゃ答えは出ないわ!
「しゃーがないわね……使い魔を放つわ! それであっちの状態を窺おうじゃない!」
「あ、あっちの状態ですか……?」
「ええ……北の反乱の地の状態よ! もしかしたらあの禄斬に、妖魔が絡んでいる可能性もあるからね!」
「は、はい!」
「(そうね……もしかしたら。これまでの戦い以上の戦場いえ、惨状の現場に足を運ばなくちゃいけないかもしれないわね……)」
私は、手を打つことにしたわ。
そう、場合によっては私も戦いには参加しなきゃしゃーがないかもしれない。
剣や槍や矢が擦れ合う、血みどろの戦場へと――
◆◇
「禄斬様! 各兵、奮戦しております!」
「よしよし……さあ、天下は近いぞ! このまま」
「も、申し上げます!」
「! な、何事じゃ!」
「ぎ、逆賊陽国悌が送り込んで来ました軍が、迫っております!」
「!? な、何!?」
更に、少し時が経った頃。
北の郡に自分たちの力を見せつけつつあった禄斬の軍だったけど。
突如として、そんな彼らを動揺させる報せが飛び込んで来たわ。
そう。
「皆……逆賊、康禄斬を討てええ!」
「はっ!!」
国悌殿の差し向けられた軍が、ようやく到着したの。
「ふっ……ははは! 何を狼狽えることがあるのか、ここで彼奴の軍を滅ぼせば、我が戦功となるというもの!」
「はっ……ははあ!」
でも、禄斬は。
国悌殿の軍と聞いて、余計に燃えたみたい。
◆◇
「ど、どうですか師匠……」
「ええ……国悌殿の軍と禄斬の軍が、ぶつかり合っているわ。」
それらの情報は。
私が薬学魔法をかけた虫による使い魔を放ち。
その虫が見聞きした情報を見た私は、戦場の状況を把握するわ。
「それでどうですか、禄斬は妖魔の力を使っていますか?」
「いいえ、特にそんなものは見受けられないわね……」
そうね、去魔。
それが一番、私たちの把握したい情報ね。
私は今一度注意深く、戦場を見つめるけど。
「はああ! 逆賊禄斬に踊らされし賊軍共めが、天誅であるぞ!」
「賊軍は貴様らぞ、逆賊国悌に踊らされし者共があ!」
そこにあるのは、妖魔のよの字もない戦場よ。
そう、まさに。
剣や槍や矢が擦れ合う、血みどろの戦場ね。
……うっ!
「し、師匠!」
ああ、ごめんなさい去魔。
情け無いわ……私、色恋沙汰も特に駄目だけど。
こういう血みどろの場もやっぱり無理なのよ……
「当たり前です……僕も駄目ですから。あまりに苦しいようでしたら、僕が代わりますから」
何言ってるの去魔。
私が駄目なことを、あなたに肩代わりさせられる訳がないでしょう?
「また子供扱いですか……そんなこと言ってられなくなるかも知れませんよ?」
……まあ、そうね。
そうならないことを、祈るわ。
そうよ、神様仏様。
どうか禄斬が、妖魔の力なんて使いませんように――
◆◇
「さあ狐之妖妃よ……我が子のためこの力、今宵も使わせてもらうぞ!」
そんな中、これまたまだ私は知らなかったけど。
狼祖母が、密かに後宮で動き出そうとしていたわ。
◆◇
「……ふん、もはや我慢できぬ! 養母上や陛下からの寵愛を受けるべきは私ぞ、だのに! もはや業腹である……なれば!」
だけど、そんな私の願いも虚しく。
「この、賊軍共!」
「ぐああ!」
「!? な、何事か!?」
「と、突如……何やら狼が、我らを、ぐああ!」
突如として、あの狼たちが現れて。
たちまち国悌殿の軍を、次々と手にかけて行く。
「……くっ、恐れていたことが起きたわ!」
「し、師匠?」
私は思わず、そう言っていた。
やはりと言うべきか、禄斬は妖魔の力を使って来た。
しかも、これは。
「……やっぱり、前の後宮を襲撃した狼たちは偶然じゃなかったわ! あれは恐らく、妖魔の力も使って謀反を起こそうとしてた禄斬を私――後宮魔女に邪魔させないようにするため! だとしたら……」
私の頭は、凄まじい速さで考えをまとめて行くわ。
あの狼たちは、また後宮にも現れる!
これ以上、邪魔を増やさないように。
そして、これはこの時の私も知らなかったから考えることはできないけれど、今にして思えば合点が行くこともあるわ。
それは初めて狼たちが後宮を襲ったあの時、狼祖母が言っていたこと。
――我が息子のためを思えば
そう、その息子とは誰かって話だけど。
それが禄斬だとしたら、狼祖母の正体は――
「……母上、我が為に狼祖母阿使那となり私を導いてくださいましたこと。今一度感謝いたします!」
再び、戦場では。
禄斬が息巻いてる。
そう、この狼たちはあの狼祖母――禄斬の生母である多契貴族の娘阿使那氏の魂の分身たち!
狼たちが魂の属性を持っていたのは、そういうことだったの。
とはいえ、この時の私はそこまではまだ知らない。
「……さあて、どうしたものかしら。」
私は限られた情報の中、頭を抱えていた――
◆◇
そうして、夜。
宮中では。
「正妃よ……遅くまで起きていて大丈夫か?」
「ご心配ありがとうございます陛下、しかし……この正妃は大丈夫ですわ。そもそも、兵の皆が死にもの狂いで戦っております時にわたくしがのうのうと寝ているなどできませんわ。」
「おお……さすがは我が正妃ぞ。」
玉座の間では陛下と麗零様が、語らっているけど。
うーん、半ば自分で仕組んでおいて抜け抜けと!
まったく……でも、その時だったわ。
「い、一大事でございます! に、にわかに宮中に狼の群れが湧きましたぞ!」
「な……何い!」
超金剛様が、青ざめられているわ。
そう、私の見立て通り。
「さあて……また出て来たわね!」
「ど、どうしましょう!」
私は後宮魔女の装いをして、去魔と共に屋根に出ているけど。
「きゃああ!」
「な、何なのかしらこれは!」
現れた狼たちに、妃たちも宮女たちもただ逃げ惑うばかり。
「……去魔ちゃん、あなたは後宮で妖魔の相手を! 私は……戦場に行って禄斬の対処を!」
「あ、はい……えええ!?」
私はその時、決断を下したわ。
そう、ここでの私の見立てでは妖魔の本体は禄斬だったの。
尤も、この見立ては結果的に間違っていたけどね。
「さあ……狼たちよ!」
後宮に潜む狼祖母こそ、その本体だったのだから――




