#1 後宮魔女の輿入れ
深愛
後宮に入って来た妃。
15歳
恋愛には興味がなく、西洋魔術と東洋妖術を組み合わせた薬学魔法を極めることしか頭にない。
麗零妃
悪役正妃。
19歳
嫉妬深く誇り高い。
皇帝
大錦帝国の現帝。
30歳
法去魔
後宮に仕える幼い宦官。
10歳
深愛と心を通わせ弟子となる。
阿青
我吽
二人の宦官。
深愛(正確にはその正体を知らないため後宮魔女)を命の恩人として慕う。
超金剛
最有力宦官。
康禄斬
麗零(よりも年上だが)の養子である武将。
45歳
かつては北に権勢を誇っていた遊牧民・多契貴族と西方交易民ソグダイの混血として生まれる。
「皇帝陛下、わたくし深愛めが只今参りました。陛下に置かれましては、ご機嫌麗しく」
「うむ、よいよい! 堅苦しさは無用である。ここは今日よりそなたらの後宮じゃ、もう少し堂々としておればよいのだぞ?」
私……いや、わたくしが皇帝陛下に恭しく頭を下げると。
皇帝陛下はわたくしを見てにこりとしてくださった。
わたくし深愛は、今日この大錦国を治める皇帝陛下の側室となった。
◆◇
「ふう……」
「だ、大丈夫ですか深愛妃様?」
「ん……ご心配をおかけしたわね、私は大丈夫よ。」
廊下を歩いていてため息を吐いたわたくしに、侍女が声をかけてくれた。
あら、わたくしとしたことが。
いけませんわね、ここは側室とはいえ妃としての自覚を持たなければ。
と、その時。
「あらあら、ご機嫌麗しく! 本日新たに入られた側室の方ね……」
「! これは麗零妃様、ご機嫌麗しく。」
後ろから幾人もの侍女を引き連れてわたくしに声をかけてくださったのは、陛下の正妃にしてこの後宮を牛耳……いえ治められている麗零様。
その笑みは鬼女……おっほん、天女のごとしよ。
「まあ今は輿入れされたばかりですし、ゆっくりお休みなさい。そのうち、ここの規則を教えて差し上げますわ……」
「それはそれは……ありがとうございます麗零妃様。」
わたくしはゆっくりと、頭を下げる。
わたくしの後ろの侍女たちも頭を下げているけれど、その顔が微妙に引きつりしことは見逃さなかったわ。
まったく、そんな態度ここでとってどうなさるの?
何やら麗零妃様に含まれるところがあるみたいだけれども、何も知らないわたくしでもさすがに分かるわ。
ここの規則とやらの一つが、あの麗零妃様――正妃様に逆らわないことだということぐらいは。
だからあなたたちもそんな態度お止めなさい。
◆◇
「……分かりましたわね、あなたたち?」
「は、はい!」
「も、申し訳ございません!」
わたくしは、自分に割り当てられた部屋の前でその侍女たちに説教をして差し上げたわ。
まあ、あなたたちの斜め前にいたわたくしがさっきのことに気づいたほどですもの。
あの正妃様ないしはその侍女たちも、気づいていると思いますよ?
「……まあ、いいわ。わたくしは今日はもう寝ます。あなた方は下がってよいわ。」
「は、はい深愛妃様!」
侍女たちはそんな旨のわたくしの説教に、すっかり縮み上がってしまっているけれど。
まあこれもあなたたちのためを思ってのことだから、仕方ないのよ?
わたくしはそうして、侍女たちを追い払った後で部屋に入る。
そうしてわたくし、いえ私は寝床に飛び込む!
「……あー! づがれだ……」
やっと、素に戻れる……
まったく、だからこんな所来たくなかったのよ!
私は結婚どころか恋愛そのものに興味がないの!
とはいえ、うちが代々側室を排出……もとい、輩出してるってなればそりゃしゃーがない、しゃーないわ!
「でも、この後は……そう言えばおばさまから、初めの夜こそ肝心て言われたけど……」
そう、これから陛下が来られる可能性がある!
あるのよ、あるけど!
「……ちょっとなら、時間あるわよね……」
◆◇
「はあ、こんな月も出ていない夜に見回りなど……下女にやらせれば良かろうに!」
その夜、廊下を歩くは。
提灯を持つ、宦官二人ね。
「まあそう言うな。ここは我ら二人が務めれば全て丸く収まるぞ!」
もう一人の宦官が、片方を宥めているわ。
ふふ、ちょっと遊んでみましょう!
「ん? な、何じゃこれは……ぎ、ぎゃああ! ひ、人魂ああ!」
ふとその宦官二人の周りを、何か動き回る光がいくつか飛び回る。
「な、何じゃこいつらは……ど、どこへ行くのじゃ?」
「み、見ろ……だ、誰かいるぞ!」
その光がその場を離脱して向かった先に。
何やら、布で顔を隠した女が――
「ぎゃあああ! ま、魔女だああ!」
宦官たちは、一目散に逃げ出す。
その布で顔を隠した魔女――私、深愛は微笑む。
ふふふ、驚いてる。
私が手にしているのは、薬箱。
その中の火属性の薬を使って蛍のように発光するようにした蛾を放ったのよ。
これぞ、薬学魔法。
私の初恋は、殿方ではなくこの薬学魔法。
そう、私は西洋魔術と東洋妖術を組み合わせたこの薬学魔法を極めることしか頭にないの。
◆◇
「きゃああ! だ、旦那様旦那様あ!」
「ん……? 何だ、まさか……深愛がまたやったのか!?」
ふと思い起こしたのは、私自身の幼少期。
「みてくださいおとうさま! ほら、この蜥蜴に五行のうち木の薬を使いましたら宙を舞えるようになりました。更に火の薬を使えば風と組み合わさることによって」
「な……う、うむすごいな深愛……ではなく!」
お父様は、私に笑顔を向けてくれたけど。
すぐに少し顔を顰めて、ため息を吐く。
「深愛……私は、誠に心配でならんぞ! 陛下の御許へ参るまでは好きにやらせるつもりでいたのは事実であるが……これでは参らせることもできぬかもしれぬからな!」
◆◇
お父様、余計なお世話です!
深愛はこれまでもこれからも、ちゃんと(表向きには)いい側室を演じ続けますが。
それだけでは身がもたないので、ちょっと深夜にこっそりとこうして息抜きしているんです!
でも(表向きには)いい側室を演じ続けますよ、表向きにはね!
とはいえ、すでにちょっと戯れが過ぎてしまったようではありますが。
私だと分からないようにしたとはいえ、姿を見せてしまったのはやり過ぎだったかもしれません。
申し訳ございません、お父様。
「うわああ、ここにも魔女があ!」
ひっ、バレた!?
いや、ちょっと待ちなさい。
私は今、ここにいる。
ここにも?
私が二人いるわけないし、誰よここにもいる魔女って!
私は屋根へと飛び移り。
くるぶしが少し見える程度に裾を持ち上げて素早く駆け出した。
――こら、深愛! そんなはしたない真似をして、皇帝陛下のお妃にはなりたくないらしいな?
こんな時に、また幼少期同じことをやった時のお父様の顔が声が走馬灯のように浮かぶ。
ええお父様、深愛はお妃になどなりたくありません!
けど何かあの人たちにあったなら見捨てないような人にはなりたいのです、お許しください!
◆◇
「お、お前は……だ、誰じゃ?」
「お前……? ふん、男下がりの宦官如きが! わたくしに左様な口をよく聞けたものねえ!」
「ひ、ひいい!」
! あれは。
私が屋根の上から見下ろすと、そこには。
何やら九つの尾を広げている、私と同じように顔を隠した女と。
さっきの宦官たちが、向かい合っていた。
「わたくしは狐之妖妃……あなたたちには、こうして差し上げましょう!」
「ひい! ……あ、熱い!」
「うわああ、か、顔がああ!」
な!
あの九尾を広げた女――狐之妖妃。
火玉を放って、宦官の顔を撃った!
まずい、早く手当しないと!
と、その時。
「……あら? そこに誰がいるの!?」
!
私が見ているのが、バレた?
私は咄嗟に屋根上で身を屈めて、そっとまた覗く。
けれど、狐之妖妃は上を向いていない。
私はその視線の先を、追った。
するとそこには。
「ひっ! ぼ、僕何も見てません!」
茂みから飛び出して来た、怯え切った子供が。
「ふん……まあいいでしょう。こんな宦官共風情も童も大した手応えはありませんわ、ならばもう用無しね……」
狐之妖妃はつまらなそうに呟き。
はたと、姿を消す。