霊力のしくみ
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「……まあ、お前らは簡単に神社の境内に入ってこれてるわけだし、取りあえずは信用するけど……って笑うなそこ!」
浩二がぜいぜいと荒い息を吐く。
佳菜依は左腕で猫を正面に抱え、浩二の真新しい傷を見つめながら右手で口元を抑えていた。ワン子を引き剥がしてくれたのは有難いが、ニマニマ笑いが少し腹立たしい。
もしもこいつらが悪者だった場合、境内はしばらく安全という説自体が怪しくなってくるんだけれど……まあひたすらに厄介ではあるものの危険なやつらには見えないし、変に疑ってまた頭や額を引っ掻かれるのは嫌なので、そのことについてはもう何も言うまいと決めた。
「というか今は非常時なんだよな?わりと緊急事態なんだよな?」
段々嘘みたいに思えてきたが、確か俺は白いのに追われていたはずなのだ。
もはや随分と遠くに飛ばされかけていたその記憶を引っ張り出し、会話の軌道修正を試みる。
「ごめんごめん、じゃあ前置きに入ろう」
また脇道にそれるかと思いきや、随分とあっさり返事が返ってきた。
……前置き、あるのかよ。
浩二は突っ込みたい気持ちを堪えて、佳菜依の話に聞き入る態勢を整えた。しっかりと佳菜依の方へ体を向け、じっと見つめて言葉を待つ。
ここで「さっきは前置きなくいきなり本題に入ったくせに」とでも言おうものなら、二度と詳しい説明をしてくれないかもしれないからだ。
佳菜依はゆっくりと息を吸い込んだ。
「まずわたしは門宮佳菜依、そこらをうろついてるただの浮遊霊。でも、この子は違う。霊感が強い、普通の猫なの」
……びっくりした。
想像を越えた前置きだった。確かにこれは前置きだ。
浩二がぽかんと口を開けた正面で、佳菜依はさらに話を続けた。
「それでこっちはほぼ核心に近いんだけど、浩二はさっきの白い幽霊に取り憑かれてる。霊体が長い間地上にいると、未練あるなしに関わらず怨霊化するんだけど、あれもその類ね」
すがすがしい笑顔で言う。浩二はあきれて言葉が出なかった。
なぜなら、これは確実に今するべき話ではないからだ。とっくのとうに言うタイミングが過ぎ去った内容である。できることなら学校の廊下で聞きたかった。なぜ、なぜ今なんだ。
「というわけだから、がんばって!」
唐突に、ぱしん、と肩を叩かれる。
「何を?!」
急に話の流れが変わって驚く浩二に、佳菜依が白いステッキを押し付ける。
「もちろん、怨霊退治」
浩二は満面の笑みを向けられた。
一体何が「もちろん」なのか。その辺りの解説をすっ飛ばして結果に飛ぶなんてとんだ怪異だった。
本題どころかそれにたどり着くための道筋も見当たらない。ようやく前置きが聞けたと思ったら(半分以上はもうすでに知っている内容だったけれど)、今度は聞くべき本編がないときた。俺はいつの間にタイムマシンに乗ってしまったのだろうかと本気で悩みたくなってくる。それとも俺だけ時が止まっていたのだろうか。いやいやそんなことあるはずがない。
「何がどうなってそうなるんだ?」
ややあって浩二はそう言った。
「だってほら、わたし幽霊でしょ?霊って言うぐらいだから当然霊力はある……っていうか霊力の固まりなわけなんだけど」
……そうなのか?
意味がわからず、眉をひそめる。
当たり前のことのように話をされても、幽霊が存在したこと自体に驚いている浩二が知っているはずはない。それともまさか俺が常識知らずなだけで、本来なら当然知っているべき知識なのだろうか。いや、そんなことない。絶対にそうではないはずだ……。
「霊の力で霊力……って言いたいのか?霊が見えたりするから霊力って言うのの間違いだろ?」
「そんなの後から適当に当てはめただけよ」
佳菜依は先ほどと同じく、知っていて当然のことのように言い切った。
「霊力って言うのは、精神の力なの。そしてわたしたち幽霊、要するに魂は精神とか気力の塊でしょ。だから、一緒じゃない」
佳菜依がほら見ろと言わんばかりに胸を張る。
だから、と言われても困ってしまうが、確かに魂は精神そのものだと言うようなことをどこかで聞いた気はする。でも本当にそうなのかと言われるとわからない。わからないが、幽霊本人が断言しているのだから本当なのだろう。たぶん。
「で、体……要するに器がないからいくら霊力をためようとしても零れていっちゃって、小さな技くらいなら出せないこともないんだけど、大きな技は出せないの。
要するに霊力という水をいっぱい持っているけど、バケツもコップもないから手で掬うしかない。いくら水が大量にあっても自分の手のひら以上には掬えない。っていうことね。
まあ、とにかく幽霊なら誰でも霊力が使えるけれど、その辺りが不利になっちゃうわけ」
突然色々な情報が入ってきてまた頭が痛くなってきた。さっきは鈍い痛みだったけれど、今度は真横からズガンと一発殴られたような気分だ。
むしろ、腹が減って困っているときにはいくら懇願しても食い物が出ることはなく、腹が満たされたと感じたとたん目の前に山盛り食料を詰まれた気分とでも言うべきか。
「そういうことこそ前置きに入れとけよ!」
(さっきのは半分くらい自己紹介で終わってたし……)
「難しいことは分かんねーけど、幽霊が小さい技しか使えないっていうなら、相手も同じだろ?」
「だって、相手は怨霊だし」
あまりにもあっさりとした口調に浩二は思わず脱力してしまう。
「いや……その一言で返されても……」
佳菜依がやれやれといわんばかりの表情を向けてくる。
……俺が、悪いのか?
「怨霊の場合、強い怨念の力が繋ぎとなって、巨大な霊力をいとも簡単に繰り出してくるのよ」
「へえ……」
ちょっと話をするだけで大変な疲労感が襲ってくる。
いや、もしかすると、いままでのよくわからない行動や発言は素でも嫌がらせでもなく、本人的にはからかっているつもりだったりするのだろうか?……どっちにしても嬉しくないな。
「なぁ、それで……これは一体なんなわけ?」
浩二は先ほど押し付けられた白いステッキを持ち上げた。がんばってと言われた直後に強引に持たされたが、一体なんなのか。
「それ?貰ったの。すてきでしょ」
佳菜依が「ふふ」と声を上げて笑う。なんだか嬉しそうだ。
「そうじゃなくて……」
ステッキの来歴が知りたいんじゃない。俺が聞きたいのはこれを持たされた理由とその使い道だ。
「俺は、これを使って、どうしろと?」
ゆっくりと問う。
「ああ、それはね……」
佳菜依がこれからの動きについてようやく説明を始めてくれた。
ああ……、やっと。やっと本題に入れたようだよ、ワトソン君。
浩二は深くて長いため息を漏らした。ここまで来るのに膨大な時を費やした気がする。
……タイムマシン、乗ったかもしれない。しかも一回や二回ではなく、何回も。
「ああ、早く家に帰りてえ……」
浩二は思わずぼやいて、「ちょっと、聞いてるの?!」と、人の話をことごとく無視してきた少女に怒られてしまった。
やっと佳菜依らしさが見えてきました。機嫌がころころ変わるところも含め、この自由な感じが彼女の良いところだと思います。
これから先、もっともっと魅力的なキャラクターになっていきますので楽しみにしていてください。