白い幽霊・2
「ややこしいっつの!!」
浩二は息を切らしながら、非難の声をあげた。
すると浩二の手を引いて前を走っていた人物がフードを外し、きれいな黒髪がふわりと揺れる。
「見えてるの?!」
「悪いか!めちゃくちゃ頭冷えたし!!肝も冷えたし!!というか潰れるかと思っただろ!!」
浩二は恐怖と怒りとがないまぜになった状態で思いっきり叫んだ。
「懇親の力で姿を隠したのに、三十分も持たないなんて……」
佳菜依には浩二の叫びが全く聞こえていないようで、一人わなわなと震えながらそのようなことを言っていた。
よくわからないが、浩二に自分の姿が見えているという事実がショックなようだ。
学校の廊下ですでに見え始めていたワン子のことを考えると、実際の姿隠しは十分と持っていなかったと思うのだが、その辺りは言わないほうがよさそうだ。というか相変わらず人の話を無視するよな、こいつ。
「で、わたしの話を聞く気になったの」
ショックから立ち直ったらしい佳菜依が、すっと背筋を伸ばして胸を張り、左腰に手を当てながら自分勝手に言い放つ。
「ああ、聞くよ」
浩二がなんとなくもやもやとした気持ちを抱えながらも頷くと、佳菜依は満足げに微笑んだ。
「にゃあ」
頭上から猫の声が降ってくる。
「お前……まだそこにいたのかよ」
異様に軽いせいで、すっかり忘れていた。この猫が霊じゃなく生体だというのが一番のミステリーかもしれない。
「にゃあ」
「ワン子、おいで」
佳菜依が呼びながら手を差し出す。しかし猫の方は「にゃー」と一言返事をするだけで、全く動く様子がない。
「気に入ったみたい」
佳菜依はあっさりと諦めてそう言った。
「そうみたいだな……」
浩二はうなだれて答えた。やはり懐かれていたらしい。
餌付けはもちろん、特別なことは何もしていないのに俺のどこが気に入ったと言うのだろう。ため息をつく浩二の頭の上で猫が陽気な声をあげ、しっぽを左右に振っている。やっぱり少しくすぐったい。
「で、俺はどうすれば良いわけ?てかあの白いの今どこにいるんだよ」
「神社の外にいるんじゃない?本気になったら簡単に入ってこれるだろうけど、多少の時間稼ぎにはなると思うわ」
「ちょっと待て、じゃあ何でお前がここにいる」
思わず突っ込む。
霊であるはずの佳菜依が入れるのなら、あの白い奴だって普通に入って来られるんじゃないか?
「悪い気を持っていない霊なら入れるの。じゃなきゃ神使たちが入れなくなっちゃうでしょ」
「神使……」
(なんだっけ……確か境内によく置いてある狐とか犬とかの像の……神の代理?だっけ??)
いやいやいや、神の代理と霊が同じって……。
(そんなわけ……でも大まかに振り分ければすべて霊といえなくもない……てことは……)
「んん……」
(だめだ、こんがらがってきて頭痛くなってきたし、これ以上考えたら罰当たりそう)
浩二は頭を思い切り横に振り、頭の中に広がっていた思考をすべて振るい落とした。
「あー……まずはお前が何なのか知りたいんだけど……。何ていうか、ゴーストバスターみたいな感じなわけ?」
幽霊相手にゴーストバスターなのかって、もっとうまい言い方はなかったのかと自分で凹む。なんかこう、悪い霊を倒して回ってる組織みたいなのがあってその一員なのかとか、そういうことを聞きたかったんだけど……そういえば俺、国語の成績もいまいちだっけ……。
「ゴーストバスター?は、よくわからないけど。わたしはただの一般霊よ」
佳菜依が答える。
「ただの一般霊?」
ということは、個人的な理由で人助けなり霊退治なりをしているということだろうか。
でも、一般霊だとしたら、あの白い奴との違いは何だ?
「俺を追ってるのも、その辺りにいる“ただの一般霊”……だよな?」
「そうよ。未練が断ち切れなくて怨霊となってしまった、一般霊」
佳菜依はにっこりと笑みを湛えた。
見た目も雰囲気も、白い奴とは似ても似つかない。でも、浩二には霊のことなんてさっぱりだから、どうしても先に確認しておかないといけない。
「どっちも同じ一般霊ということは、つまり、お前も怨霊の可能性があるってことだよな……?」
浩二からすれば霊は霊。とくに今日初めて知った存在であればなおさら、その違いはわからない。善良な顔をした悪人がいるのと同じで、一見普通に見える怨霊がいるかもしれない。
「そうね」
佳菜依は浩二の失礼な質問に対して気に障った様子はなく、むしろ気持ちが良いくらいにっこりと笑った。
「にゃーっ!」
今までおとなしくしていた猫が急に声を荒げ、浩二の頭をガシガシと引っ掻きだす。 爪の手入れはしっかりとされているようだが、それでも痛い。
「いってえ!!」
思わず猫を振り落とそうとするも、猫はしっかりと頭にしがみついて離れてくれそうにない。
きっと、佳菜依を疑ったことに怒っているのだろう。
「にゃーーー!!」
猫の動きがさらに激しくなる。
「うわああああ」
この様子を端から見たら、一人で狂ったように騒いでいるとんでもなく頭のおかしな人物と映るに違いないのだけれど、浩二は猫を引き剥がすのに必死で、周りを気にしているどころではない。
浩二は自分の頭上に向かって一生懸命に謝罪した。
「疑って悪かった!頼むから引っ掻くなって!」
何度か謝ってみたところで猫の怒りは冷めず、依然として攻撃の手を緩めてくれなかった。佳菜依がその様子を見て腹を抱えている。
「あははははは、あはははははは!」
本日初めての大笑いだ。
しかし、こうやって笑えば可愛いのに、とか、本来はこんなに笑うやつなのかな、などと考える心の余裕は今の浩二になく、思ったことはたった一つ。
「笑ってないで助けろーーー!」
浩二は頭上の猫をつかみながら、佳菜依に向かって声を張り上げた。




