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『なにこれ……怖いのがいっぱい……』
幼い俺がしゃがみ込む。
『浩二には、たくさんの悪いものが見えているのね……。私に聞こえるささやきは聞こえない。けど、私にも見えない微弱な存在まで見える』
母が静かに言葉を発する。
『浩二。貴方は醜いものを見なくて良い。ただ笑っていれば良い』
『おかあさん……?』
『浩二のことは、私が護る』
そう言って、腕と足を桜の木から無理やり引きちぎる。
ブチブチと嫌な音がする。
『浩二、目を閉じたままでいてね』
腕と足のない母は、地面を這いながら浩二の元に近づいていく。両腕と両脚からは、大量の血が滲んでいた。
(かあさん……!!)
顔をしかめ、声を必死に抑えながら、ようやく浩二の元にたどり着いた母は、しっかりと浩二を抱きしめた。
肩から先は数十センチしか残っていないため、正確には抱きしめたとは言えない。だけど、母は間違いなく幼い俺を抱きしめていたし、幼い俺は間違いなく母に抱きしめられていた。
母は、幼い俺を抱きしめながら言う。
『大丈夫。もう怖くない』
そしてもう一度口を開いて言葉を紡ぐ。強い意志とともに。
『浩二のことは、私が護る』
周囲に温かな光が満ちた。母の姿が段々と薄れていく。
『おかあさん……おかあさん……』
幼い浩二はただただ泣いていた。母の言いつけを守り、目を閉じたまま、泣いていた。
『おかあさん、行かないで……』
感触で分かったのだろう。母が完全に消えたころ、幼い俺が絞り出すような声で零した。
しかし、もう母は居ない。
『おかあさん……』
幼い俺は泣いていた。いつまでもいつまでも泣いていた。
周囲にうろついていた悪霊たちは急に幼い俺への興味を失くした様子で、バラバラと去っていく。
幼い俺は気を失うまで泣き続け、ほどなくして父に発見された。
暫くは視力を失っていたが、一週間ほどすると通常通り物が見えるようになった。そのため、視力は精神的ストレスによる一時的な失明として処理をされた。
しかし、その時失っていたものが二つある。桜の木の前で起こった出来事の一部始終の記憶と、霊を見る能力。俺は完全にその二つを喪失していた。
(この目は母が護ってくれた証……)




