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「んん?何か変なフィルターがかかってる」
「フィルター??」
思わず聞き返す。
「うん。目に、わたしみたいな異物を捉えないように、わざとフィルターがかけられてるみたい。これを外すのはかなり厄介かも」
「じゃあ今は何で見えてるんだ?」
「一時的に、フィルターを無力化してるの。長くは持たないと思う」
「俺、何もしてないぞ」
「んーと。無効化してるのは、多分そこの猫さんね」
加奈が俺の顔から手を離し、猫の前にしゃがむ。
「ワン子さん、助けてくれてありがとう」
「にゃあ」
ワン子が答える。ゆるゆると尻尾を振って、嬉しそうだ。
「加奈は何でそんなに詳しいんだ?」
「へへ、こう見えても二十歳だからね、色々勉強してるよ」
「見え透いた嘘をつくんじゃない」
「嘘じゃないもん!見た目は十一歳だけど、その後九年生活してるもん。学校もちゃんと通ってるし!」
(真面目だな……)
「だから、二十歳!浩二よりも色々詳しいよ。その目を治せそうな場所も知ってる」
「近くにあるのか?」
「うん。でもね、浩二」
加奈がまた俺の目を覗き込みに来る。距離が近い。
「浩二はその目、治したい?」
濁りのない瞳が、じっと見つめてくる。
「このままなら、今まで通り何も無い日々に戻ることが出来る。世界に溶け込める」
平穏な日々。普通の世界。
「さっきみたいなことがあっても、無視するような生活か……」
「見えないだけだよ。無視じゃない」
そうだ。見えないだけだ。
何も気付かず、何も見ず。
知らなければ無視にはならない。
(……本当に?)
俺はこいつらのことを知っている。
この世には怨霊が居ることも、本来はそれが見えるはずだということも知ってしまった。
それでも本当に無視じゃないと言えるのだろうか。電話に出たくないからと言って携帯の電源を切るのと同じじゃないか?
見えないし聞こえないからそれで良い?
電話がかかってくるかもしれないことを解っていて電源を切ったのに "電話が鳴ったのに気付かなかった" から、それで良いのか?それは明らかに故意の遮断ではないか。
道行く人を見る。
少女が襲われても見向きもしない人々。俺はそこに溶け込める……?
(いや……)
俺は、見えるはずのものに蓋をしたくない。目を背けたくない。
退治する力があるなら尚更だ。
「俺は、見る」
はっきりと声に出す。
「いいの?」
加奈が、俺の目を覗き込んだまま問う。
「ああ」
もう、単純で単調な世界とはおさらばだ。
「……わかった。じゃあ、連れていく」




