4
(やばい……)
「そういえば俺、いつもステッキ持ってるだけでちゃんと唱えたことないんだった!!」
暴れだすステッキと格闘をしながら必死で考えてみるが、最初の一文字からもう思い出せない。そもそも当時の現国ですら赤点ギリギリだった俺が、あんな古めかしい文章を覚えていられるはずがない。
「そのまま持ってて」
聞き覚えのない声が聞こえると同時、肩へ小さな手が添えられた。
「掛けまくも畏かしこき 掛けまくも畏かしこき」
聞き覚えのある文章が、聞き覚えのない声で紡がれていく。
「……其の者 彼の者
魂 諸諸の渦事まがごと 罪 穢けがれ
有らむをば祓へ給ひ清め給へと白まをす事を
聞こし食めせと恐かしこみ恐かしこみも白まをす」
最後は俺でも覚えていた。ラストの言葉はこれだ。
「「死霊滅却!」」
その言葉を口にしたと同時、ステッキが強烈な光を放つ。
「ぐわぁああああああああああ」
男が叫び声をあげ、霧散する。
周囲の景色が元に戻り、冷気も消えた。
「うん、これで良し」
背中越しに、満足そうな声が聞こえてきた。声の主は、俺が無理やり連れてきた小学生だ。因みに、先程の詠唱もこの少女から発せられたものである。
「……余裕だな」
「え、そうでもないよ?霊力の強ーい人が来たから、安心しただけ。それまでは人並みに恐怖を感じてました」
へへ、と無邪気そうに笑う。
「まあ呪文が唱えられないのには驚いたけど」
「お前が唱えられたのにも驚いたけどな」
「あっ、それ禁止!」
「ん?」
「お前って言うの禁止ー」
ぱたぱたと腕を上下させながら言うので、仕方なく聞く。
「あー……。えーっと、じゃあ名前は?」
「加奈!前園加奈!」
「かな、ね……」
なんとなく独りごちる。
「そっちは?」
特に名乗るつもりはなかったが、聞かれたので、素直に答える。
「俺は、森本浩二。そっちの猫はワン子。よろしくな。で、さようなら」
「ええ?!」
立ち去ろうとするも、服の裾を掴まれて失敗した。
(怨霊は無事いなくなったんだし、こいつは早く家に帰るべきだと思う)




