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長いですが、サイドストーリーの扱いです。
【注意】かわいい浩二は出てきません。第一部~三部のイメージを崩したくないかたはお戻りください。
アルバイトを終え、小さなアパートに帰る。
単調な繰り返し。
ただ、なんとなく生きる。それでも世界はまわってる。
俺の日常はその程度でしかない。
「お先に失礼しまーす」
身につけていた青いストライプのエプロンを所定位置に戻し、カウンターの中に居る黒縁メガネの男へ声をかける。えーっと、彼の名前は何だっただろう。取りあえず田中で良いか。
「おーおつかれ。ワン公の餌は?」
暇そうに雑誌を読んでいた田中(仮)が、振り返る。客が居ない時はいつもこんな様子で、堂々と店内の商品を読みあさっている。
「まだ大丈夫。てかワン公じゃねえし。大体、餌買うならここじゃなくてスーパーでお徳用買う」
「コンビニ馬鹿にすんなよ」
「してねーよ」
生産性のない会話をこなし、自動ドアをくぐる。右下の方を見下ろすと、灰色の猫が行儀よく座って待っていた。
「お待たせ」
声をかけると「にゃあ」と短い返事が返ってくる。猫はアルバイトが終わる頃を見計らって、いつも迎えに来てくれる。甲斐甲斐しいことこの上ない。
歩き出す猫のスピードに合わせ、俺もゆっくりと進む。
「今日はどこかに寄るのか?」
「にゃあ」
「公園?」
「にゃー」
「そうか」
前ほどの活発さはなくなってしまったが、最近の趣味は散歩のようで、帰り道には色々な所へ行きたがるようになった。夕日を見ることもあれば、夜景のこともある。この間は、桜の綺麗な穴場スポットに案内をしてくれた。
桜といえば、幼い時に母親とよく見に行っていた気がする。場所は覚えていないけれど、「この木には妖精が居るのよ」とか何とか言って、花が咲いていない時期だろうと少しも構わず、それこそ冬のさなかだって訪れていた記憶がある。
「妖精ね」
なんとなく声に出してしまい、ハッとする。
俺にはそういった類を見る力はない。
あの時だって――誰かもう一人居ただろうと言われればそんな気もしてくる程度のもので、きっと誰もいなかった。母親の言葉が記憶に強く残っているから、誰かが居たような気がしているだけだ。
あの場所には、母親と自分しか居なかった。
そう。誰も……居なかった…………。
(誰も……?)
思い出そうとすれば思考にもやがかかる。記憶に間違いはないはずなのに、喉に小骨が引っかかったみたいにすっきりしない。




