終曲 Lieto fine
・ ・ ・
卓也は、佳菜依と出会った時の話と、自分が怨霊にとらわれた時の話を簡単に説明してくれた。
そのあと、佳菜依が卓也を理由にして怨霊退治を始めたことを話すと、卓也は少しだけ驚いたようだった。
「で。現在に至る、と」
浩二が言う。
「そうだね」
卓也が頷いた。そして手首に付けたミサンガに視線を落とす。
「門宮さんがくれたミサンガ、まだ霊力が消えていないんだ」
卓也曰く、失くすのがもったいなくて、ちぎった後に直ぐ結び直しをしたらしい。一度引きちぎったせいで長さに余裕がなくなったらしく、ミサンガは手首にぴったりとくっ付いていた。
(怨霊にいつ喰われるかわかんない状態で結び直すとか、すげー精神力というかなんというか……)
「たぶん、このミサンガの霊力が邪魔をして、怨霊はどうしても僕の魂を食べることが出来なかったんだと思う。それで今回は門宮さんを襲いにいったんじゃないかな……」
そう言って卓也は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「気にしないで。わたし、また卓也に会えて嬉しいもの」
佳菜依が勢いよく言う。さらに続けて「でも、卓也の命を守ることが出来なくてごめんなさい」と謝ると、卓也は首を横に振り、門宮さんは悪くないよとほほ笑んだ。
少しの間を置き、卓也は浩二にも声をかける。
「浩二君、今回は色々とありがとう。君のおかげで二人とも消滅せずにすんだよ」
「いや、俺は何も……」
(大したことしてないし……)
「そんなことない。浩二が居なかったら、あの怨霊は倒せていなかったわ」
佳菜依が浩二の言葉を否定した。それから屈託のない笑みで「ありがとう」と言われ、浩二は反応に困ってしまう。
「ま、そういうわけだから」
突然、佳菜依が含みのある笑顔を浮かべる。そしてなぜか浩二の手に、お馴染みの白いステッキを握らせた。
「これを進呈します」
「……は?」
意味が解らない。
「わたし、卓也と再会したおかげでまた上への道が見えるようになったの。だから」
(“だから”の使い方、おかしいだろ!)
言葉の迷走っぷりは変わらずのようだ。毎回よくわからない使い方をされる接続詞が可哀そうでならない。
「そうだね、君が持っているのが良いと思うよ」
卓也も佳菜依に同意する。
「お前らマイペースなところ、そっくりだな……」
浩二はがっくりと肩を落とした。
「俺にこの凶器をどうしろっていうんだよ」
「持ってて。浩二、怨霊に好かれそうだし」
(怨霊に好かれやすいとか嫌な特技だな……)
「森本君なら上手く使えると思う。きっと役に立つよ」
役に立つ……のか?
「いやこれ、普通に持ってたら役に立つどころか銃刀法違反で捕まりそうなんだけど」
卓也がにこやかに笑う。
「そうだ、僕からもお願いがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
「早速俺の話は聞いてもらえてないけどな!」
「実はワン子のことなんだけど」
叫んだところで意味もなく、さらに無視されて話が進んでいく。
(あったよ、こんなことが!一年ちょっと前に!!)
「ワン子がどうしたんだよ……」
抗議しても無駄だと悟り、しかたなく答える。
「僕はもう飼えないから、代わりに飼ってもらいたいんだ。君になら安心して任せられるから」
にっこりと美しい笑みを浩二に向ける。
(この笑顔は反則だろ……!)
邪気のない顔で微笑まれると、なんとなく嫌とは言えない気分にさせられる。
(猫自体もワン子も嫌いじゃないし別に良いんだけどさ……)
「……いいけど」
答えると、ふたりとも嬉しそうに笑った。
「ほんとう?ありがとう」
「ありがとう!」
佳菜依も便乗してお礼を言ってくる。ステッキを受け取ることに対して「いいけど」と言ったつもりはないのだが、どうやら勝手に了承したことになっているらしい。
こうなったらもう諦めるしかないことを、浩二はとてもよく知っている。
(とりあえず家までは何とかして持ち帰るしかないとして、そのあとはクローゼットにでも放りこんでおこう……)
「にゃあ」
猫が面白そうに鳴き声をあげる。そして卓也の腕を離れ、ひょいと浩二の頭に飛び移った。
「ワン子も喜んでるみたいだね」
「そうみたいだな……」
相変わらずびっくりするほど軽い。しかしそんなに俺の頭が気に入ったのだろうか。
(視界、思いっきり塞いでるし……)
真正面から飛び乗られたので、お腹で前が全く見えない。これでは格好悪すぎるうえに息もしづらい。早く頭から引き剥がしたいのに、頭から離そうとすると嫌がり、一向に離れてくれない。
「少しだけ、分かったかも」
唐突に、佳菜依がぽつりとつぶやいた。
「どうしたの?」
卓也が聞く。
「さよならの顔の理由が、分かったの」
「なんだそりゃ」
浩二が猫を横にどかしながら会話に入る。猫をいくら引っ張っても離れてくれないので、横に押してみたら上手いこと回転して後ろに回ってくれた。ようやく視界がクリアになった。
「なんかね、いますごく落ち着いた気持ちなの。だから、みんなそうだったのかなって。さよならの前は、みんなこんな気持ちになるのかなって」
「ふぅん?」
答えになってない答えに、なんとなくの相槌を返す。卓也には通じたのか、優しい笑みで佳菜依を見つめていた。
佳菜依がふと上を見上げる。
「名残惜しいけど、もうそろそろ行かなくちゃ」
「……そっか」
(もう二度と会うことがないと思うと、急に寂しく感じるな)
「にゃあ」
猫も尻尾をだらんとさげ、少し寂しそうにしている。
「お前、お別れしなくていいのか?」
猫に声をかける。すると猫は地面に降り立ち、二人の足もとまで近寄っていった。佳菜依と卓也が交互にその頭をなでる。
「元気でね」
「ばいばい」
それから佳菜依と卓也は頷き合い、すっ、と上へ飛び上がった。
(そう言えば)
優しい光に包まれた二人と、それを見守る猫の姿を見ながら思う。
「ワン子の鈴についてた光、何だったんだろうな……」
声に漏れていたらしく、浩二の問いに卓也が答えた。
「たぶん、僕の魂の欠片だと思う」
「魂の?」
「うん、怨霊に飲み込まれる直前に切り離れたところまでは何となく覚えてるんだ」
(ということは、魂の一部はずっと佳菜依のそばに居たんだな……)
もしかしたら、卓也の佳菜依に対する想いがそうさせたのかもしれない。
卓也の想いは鈴に宿り、佳菜依の想いはミサンガに宿った。そしてお互いの想いがお互いを助け合い、二人は再会することが出来た。
(そうだったら良いな)
一人は少女を守るため、怨霊の犠牲になった。しかし少女の傍に居たいという想いがその魂を分け、小さな欠片が彼女の元に留まった。
一人は少年を守れなかったことを悔やみ、怨霊を退治することを誓った。もう助けられはしないと思いながらも、少年に対する想いから歩みを止めなかった。
少年は、魂を奪われることなく怨霊の内側で眠り続けた。ミサンガに宿った少女の霊力が、少年を守り抜いた。
少女は、心を挫かれそうになりながらも少年を助けるため旅を続けた。少年の魂が宿った鈴が、怨霊が近付くと音で危険を教えてくれた。
そして、二人は再会する。
生きて出会う事は無かったけれど、それでも二人は再会出来た。奇跡的な確率で。
(きっとそうだ)
佳菜依も、卓也も笑っている。これは文句なしのハッピーエンドだろう。
「浩二、ありがとう」
「浩二君、ありがとう」
二人が優しく笑う。浩二も二人に笑い返す。
二人とはもう二度と会うことが出来ない。
それはとても寂しいけれど。でも、それでも自然と笑顔がこぼれてくる。
なんたって、これはハッピーエンドなんだから。
「これからはずっと一緒にいろよ!」
手を振って叫んだ。
来世も、そのまた来世も。
何度も、何度でも巡り合って、ずっとずっと一緒に幸せな未来を歩んでくれたら良い。
浩二は二人が消えて行った空を見上げながら、そんなことを思った。
「よし、行くか!」
「にゃあ!」
浩二は不格好なステッキを肩に担ぎ、猫と一緒に駆け出した。
THE MIRACLE HAPPENS INEVITABLY
奇跡は起こる。信じる者がいる限り。
ホワイト・イノセント 第三部
不揃いなワルツ
急展開なポストリュ―ド
完
ホワイト・イノセント
完
ラストまでお読みくださり、ありがとうございました……!!
SSもよろしければご覧下さいませ。