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【SS追加済】ホワイト・イノセント  作者: 遊一(Crocotta)
 六.急展開なポストリュ―ド
33/48

決着のとき

 少し進むと周囲の暗闇は晴れて、見覚えのある風景が戻って来た。

「うっ、目が痛えー」

 浩二が立ち止まる。今まで光の入らない真っ暗闇の中に居たせいで、日の明かりが眩しいらしい。


「にゃあ」

 前を走っていた猫が、数メートル先で声をあげて静止する。

 てっきり浩二の目が慣れるまで待っているのかと思っていたけれど、そうじゃなかった。

 浩二が佳菜依を背負ったまま猫のいる場所まで移動すると、道の真ん中に見覚えのあるステッキがぽつんと落ちている。


「なんかすげーきれいにステッキが置いてある……」

 浩二がステッキを拾い上げる。ステッキは、道に対して不自然なほど真っ直ぐに置かれていた。

「もしかして、あいつが置いた……?」

(あいつ……?)

 それが誰を指しているのか聞くことはできなかった。佳菜依が口を開くよりも早く、暗闇が追いついてきてしまったから。


 一瞬で視界が黒に染まる。


 ずるずる、ずるずる、

 

 布を引きずるような音がする。


「ま、ステッキも見つかったことだし、さっそく怨霊退治といくか」

 場にそぐわない、明るい声が暗闇を裂くように響いた。

「なっ……駄目よ!ここまでで充分だから!」

 佳菜依は慌てて制止する。ステッキを奪おうとするけれど、手の届かない位置にかわされて奪い取ることが出来なかった。


「また『関係ない』って言うわけ?今まで自分とは関係ない怨霊を倒してきて、自分の番になったら助けを突っぱねるの、おかしいと思うんだけど」

「わたしは……」

「それに」

 浩二がたたみかけて言う。

「前に言ってただろ?自分ひとりじゃ強い技は出せないから、生身の人間の力を借りないと強い怨霊は退治できない、って」

「言ったけど……でも、今回の相手は今までとは格が――」


「だからこそ、じゃん」

 浩二は笑って言った。

「相手が強いからこそ、協力が必要だろ。しかも前から倒したかった相手なら、是が非でもやっつけたいに決まってる」

「にゃあっ」

 猫が、浩二に同意するように鳴いた。

「ま、嫌がった所でこの態勢じゃどうにもならないだろうけど」

 ステッキを手のひらで転がしながら言う。

「俺、お前が叫ぼうが殴りかかろうが、怨霊にステッキを刺しに行くし」


 佳菜依はそこで、浩二の背中が湿っていることに気づいた。よく見ると、顔にも冷や汗のようなものが見える。

(そっか、浩二も怖いんだ……)

 それなのに、佳菜依のために軽口を叩いてくれている。

「なんだか悔しい」

 佳菜依が言うと、浩二は満足そうに笑った。

「前回は色々と振り回されてばっかりだったし、俺はいまめちゃくちゃ楽しい」

「楽しまないでよ!」

「ははは。まあ追手も来たみたいだし、ここからはシリアス展開ってことで」

 浩二はステッキをしっかりとつかみ、目の前に構えた。その数メートル先に、怨霊が立っている。


「お前たち……許さない……」

 黒い長髪がぶわりと舞いあがり、どす黒い霊力の渦が辺りに飛び散った。

「死ね……」

 浩二が勢いよく地面を蹴り、前へと飛び出す。

 それと同時に怨霊が手を振りあげ、一気に下へおろした。霊力の塊が飛び出し、こちらへと向かってくる。

「死ね……死ね……」

 続けて二発、合計三発の黒い塊が浩二たちめがけて飛んでくる。

「こんなもんっ……」

 浩二はステッキを両手で握りしめ、大きく振りかぶった。そして塊がギリギリまで近づいてきた所で、思いっきり振り抜く。

「うおおおおおお」

 塊は見事に跳ね返って行った。三発のうち一発が運よく怨霊をかすめ、一瞬の隙ができる。


「よしっ!」

 浩二はその隙をついて、ステッキを力任せに押し込んだ。怨霊がそれを引き抜こうと両手でステッキをつかむ。

「この……」

 一瞬わずかにステッキが緩んだように見えたけれど、すぐにまた怨霊の腹部に深く押し込まれた。

 怨霊の顔に焦りが滲む。

「佳菜依、行くぞっ」

「うん」

 浩二の声に答え、佳菜依は大きく息を吸い込んだ。



 掛けまくも畏き 掛けまくも畏き


 其の者 彼の者


 魂 諸諸の禍事 罪 穢


 有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を


 聞こし食せと恐み恐みも白す……



「「死霊滅却!!」」



 浩二と佳菜依の力強い詠唱に応えるように、ステッキからはこれまで見たことのないほど眩い光が発せられた。あまりの光の量に思わず目を瞑る。

 

 …………。


 静寂の中、恐る恐るまぶたを押し上げると目の前には見知った街並みの風景が広がっていた。

「うそ……。倒せたの……?」

 信じられず、何度も何度も周囲を見回した。


「そうみたいだな」

 浩二が息を切らしながら答えた。肩が大きく上下している。

「そっか。倒せたんだ……」

 佳菜依は浩二の背から降り、多少ふらつきながらも、怨霊が居た辺りまで歩を進めた。そして地面を手のひらでなぞる。そこにはただ冷たい石の感触があるだけだった。


「居る訳ないよね……。分かってたのに……わたし、馬鹿だなあ……」

 涙が頬を伝う。


 助けられなくてごめんなさい。

 何も出来なくてごめんなさい。

 冷たい地面に向かって、心の中で謝り続ける。

 記憶の中の卓也に向かって、ただひたすら謝り続ける。


「門宮さん」

 幻聴が聞こえた。

「門宮さん」

 また、聞こえた。

「門宮さん」

 また……。

 三度目の声が聞こえ、佳菜依は信じられない思いで振り返った。

「卓、也……?」

「うん、久しぶりだね」


 視線の先には、出会ったころと何一つ変わらない、綺麗なほほ笑みを浮かべた卓也が立っていた。

「卓也……」

(うそ……)

 大量の涙が瞳から零れ落ちる。

 本物の卓也が目の前に居る。もう助からないと思っていたのに。


「なんで……?本当に……?」

 あまりの出来事に、言葉が上手く繋がらない。

 卓也はにっこりと笑った。

「幽霊だけど、本物だよ。ごめんね、混乱するといけないと思って今まで隠れてたんだ」

 猫が嬉しそうに駆け寄って行く。卓也は足もとにまとわりつく猫を大事そうに抱えあげた。


「隠れてたって言っても、ほんの少しの間なんだけど。森本君が来るまでは、ずっと気を失っていたから」

「浩二が……?」

「うん。気を失っていた僕を助けてくれたんだ」

 そう言って、卓也が浩二に顔を向ける。

「そうだ。森本君、君には事情を説明しなきゃいけないよね」

「え、あ、うん」

 そこまで傍観をしていた浩二が、名前を呼ばれ慌てて返事をする。


「でもその森本君って言うの、止めてもらえると嬉しいかも……なんかうちの先生思い出す」

 浩二が眉をひそめて言う。それに対し、卓也は「ふふ」と小さく笑った。

「分かった。じゃあ浩二君、ちょっとだけ話をきいてもらえるかな?」

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