ともしび
「う……」
浩二は横たわった状態で意識を取り戻し、そっと目を開いた。周囲はひたすら暗闇で覆われている。
試しに腕を持ち上げて顔の前で動かしてみるが、なんの判別もつかない。ただ濃い闇が広がっているだけだ。
(俺の目がおかしいわけじゃないよな……?)
身体を起こして辺りを見回してみても、何も見つけられない。目に痛みや違和感はないので、失明しているわけではないと思う。
「素直に大人しくしているのも腹立つし、歩き回ってみるか……そもそも喰われるのが分かってて黙って待つのはおかしいだろ」
浩二はひとりごち、適当に歩くことにした。
「ワン子ー?」
怨霊に出会う前、鈴の音が聞こえてきたことを思い出して、呼んでみる。
「にゃあ」
びっくりするぐらい簡単に返事が返ってきた。
「えっ!ワン子?!」
「にゃあ」
また返事が聞こえる。
名前を呼んでは鳴き声が返ってきてとを繰り返しながら、浩二は猫の声がする方へ進んで行った。
暫くすると、暗闇ばかりの空間に変化が訪れる。
(光が……!)
浩二は前方に見える柔らかな光に向かって駆け出した。もしかしたら出口かもしれない。
「ん?なんだあれ、なんかの紐……?」
白い光の中心に、水色っぽい紐のようなものが見える。浩二は足の速度を緩め、ゆっくりと近づいた。
「って、人!?」
よく見ると光の中に人の姿があった。正確には、光る紐を付けた、光る人間が横たわっている。
その人は、浩二よりも年下の少年に見えた。
(幽霊……)
少年の幽霊は、横たわったままピクリとも動かない。
まじまじと見ていると、足もとの方から聞き覚えのある声が飛んできた。
「にゃあ」
うっすらと照らされた光の中に、灰色の猫の姿がある。
「ワン子、お前心配したんだからな!」
浩二は猫を顔の前まで持ち上げた。猫は何でもないことのようにのんきな鳴き声をあげ、自分の腕をぺろぺろと舐めている。
「あれ、鈴が光ってないか……?」
猫の首元の鈴が、白い光をまとっている。浩二は猫を横向きに抱え直し、右手で鈴に触れた。
すると光が鈴から離れ、なぜか浩二の指に留まってしまう。
「え、何これ?!」
慌てて手を激しく振るも、光はくっついたまま。息を吹きかけてもはたいても、光は変わらず浩二の指にまとわりついていた。
「にゃあっ」
声とともに猫が飛び降り、浩二のズボンのすそを前方に引っ張る。引かれたことにより、浩二は勢いよく前へ倒れこんだ。
「ワン子、お前またっ」
叫びながら、顔を守るため手を突き出す。
「って、うわああああ」
倒れこもうとした先には幽霊の少年が横たわっていた。避けようにも避けられない。浩二は手にくっついた白い光ごと、少年に向かって倒れこんだ。
直後、聞き覚えのない声が響く。
「わああっ」
声は、横たわっていた少年のもの。
「はー。びっくりした」
少年が胸に手を当てながらのんびりとした口調でつぶやく。驚いたのは最初の一瞬で、そのあとすぐに落ち着きを取り戻したらしい。
少年は浩二と目が合うと「初めまして」とほほ笑みかけてきた。
「初めまして……」
浩二は手や顔を幽霊に貫通させたまま、とりあえずそれだけ答える。
「僕は白里卓也。君の名前は?」
卓也と名乗った少年は、浩二が身体を突き抜けていることなんて全く気にも留めないで、にっこりと笑った。それは誰もがつい目を奪われてしまうような、とても綺麗な笑みだった。