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【SS追加済】ホワイト・イノセント  作者: 遊一(Crocotta)
 六.急展開なポストリュ―ド
30/48

遭遇

「ワン子、佳菜依はどうしたんだよ」

「…………」

 猫は答えず、ただひたすらに駆けていく。浩二の家とは反対方向の道だ。閑静な住宅街が遠くの方まで続いていて、同じような色合いの同じような形をした家がずらりと並んでいる。


(はぐれたら迷子になるなこれ)

 置いてけぼりにならないよう、猫の背中に視線を縫い付け後を追う。

(猫を追いかけて黙々と走る中学生男子って、傍から見てどうなんだろう……。まあ猫の姿は他の人に見えてないから良いけど……。いや、平日の日中に、中学生が一人でランニングしてるのもおかしいか……)

 考えながら、制服の袖で汗を拭う。季節は秋。涼しい風が吹いてくれてはいるけれど、走れば体温は上昇する。


(一体どこへ連れていく気なんだ?)

 猫は後ろを走る浩二を振り返ることなく、どんどんと前へ進んでいく。

 ふと、道の端に可愛らしいイラスト入りの看板が立てられているのが見えた。同じような景色が続いていたので、よく目立つ。

 白黒で描かれたパンダの横に、丸っこい自体で『ぱんだ公園・100m先です』と書いてある。


「……公園?」

(そういえば、学校の窓から見えた白い幽霊はその辺りに落ちて行った気が……)

 そこであることに気付く。

「え、あれ……?」

 もしかしてさっきの白い幽霊は……。

「え、えええええええ」

 浩二は猫を追い抜き、全力で駆け出した。あれが佳菜依だったとすると、猫が独りぼっちなのも、さっきから懸命に駆けているのも頷ける。


 浩二は勢いよく公園に飛び込んだ。

 草花や木々で囲まれた公園の中には、パンダを模った一人用シーソーが二つと、高さの違う赤い鉄棒が二つ、それからカラフルな色合いをした滑り台が一つだけ設置されていた。

 住宅街の中に配した公園にしては整った設備をしているように見えるのに、利用者は少ないらしい。

 平日の昼間にも関わらず、遊んでいる子供も世間話に花を咲かせるおばさま方も居ない。


 見回すと、探し人は直ぐに見つかった。

 赤茶の土の上、ちょうど公園の真ん中あたりに白いパーカ姿の少女が転がっている。赤いチェックのスカートに、ベージュのブーツ、そして手には傘型の白いステッキ。間違いなく佳菜絵だった。


「大丈夫か」

 体を揺さぶろうとするけれど、浩二の手は佳菜絵の体をすり抜けてしまって触れることが出来ない。

 もう一度声をかけると、佳菜依が僅かに体を動かし、息を漏らした。

「う……ん」

 ゆっくりとまぶたが開き、ぼんやりとした瞳が浩二を捉える。

「あれ……浩二だ」

「よく覚えてたな、名前」

 浩二は少し驚いた。

「まあね。素で私のこと見える人って少ないし」

 佳奈衣が「あはは」と笑いながら立ち上がる。


「立って大丈夫なのか?」

「うん、もう平気」

 そう言った佳菜依の顔は、あまり平気そうには見えなかった。以前見たときよりも白っぽく見える気がするし、そのうえ今にも消えてしまいそうな儚さがある。


「何があったんだよ」

 浩二が聞くと、佳菜依は困ったような表情を浮かべた。

「まぁ、ちょっとね」

 『ちょっと』で幽霊が落ちるとは思えない。けれど佳菜依はそれ以上何も言わない。

「それじゃあ、わたしは行くね」

 一方的にそう言って姿が消える。


「おい、待てよっ」

 呼んではみるものの、無理をしてまで姿を消したのだからそう簡単に戻って来る訳がない。

 浩二はがしがしと頭を掻いた。

「……あれ?」

 そういえば……と、後ろを振り返る。なにも居ない。

「ワン子は……?」

 途中、追い越してから一度も姿を見ていない。どこに行ったんだろう。

(気づかないうちに合流してたんならいいけど……。まあ、もし合流できてなかったとしても、そのうち自力で佳菜依に追いつく……よな?)

 探しに行くべきか考えていると、聞き覚えのある音色が耳に届いた。


 ちりん、


 ちりん、


 きっと、猫の首輪に付いている鈴の鳴る音だ。浩二は音が鳴る方へと向かった。


 ちりん、


 ちりん、


 定期的に音が聞こえるのに、姿が見えない。


 ちりん、


 ちりん、


「ワン子?」

 呼びかけても、返事はない。


 ちりん、


 ちりん、


 ちりん、


 ……ちりん。


 ひときわ大きく鈴の音が鳴ると、辺りの風景が一瞬のうちに暗闇に染まった。背筋に冷気が走る。


「えっ?!」

 今さっきまでは何も感じなかったのに、ごっそりと世界が切り替わったようだった。

 暗闇と一緒やってきたおぞましい気配が浩二を襲う。

(これはヤバい)

 直感的に思う。思うが、何も出来ない。

(俺、ちょっと幽霊が見えるだけの普通の中学生だし!)


 ずるずる、ずるずる、


 背後から、布を引きずったような音がする。少しずつ浩二の方へ近づいてくる。


 ずるずる、ずるずる、


(まだ近くに居るはずの佳菜依を呼ぼうか?いや、でも……)

 いまにも消えそうなほど弱っていた佳菜依の姿を思い出す。あんな様子の佳菜依を呼びだすのは気が引ける。


「うっ」

 強烈な悪寒とともに首が後ろに引かれ、よろめいた。

 ひんやりとした感触が喉元に伝わってくる。現実味のない真っ白な左腕が浩二の脇下から伸びていて、喉元をしっかりとつかんでいる。

 もう一方の手がなでるように背中を滑り、そのまま前へと移動して腰に巻きついた。


「とっても……美味しそう」

 女性の声がしたと同時に冷たい舌が浩二の首を這い、艶っぽい吐息が耳元にかかる。ともすると色っぽい展開と取れなくもないが、決してそのような魅惑的な展開などではない。

 俺はいま、命の危機に瀕している。


(喰われる……!)

 浩二は強く目を閉じた。しかし痛みはやって来ない。

「え?」

 浩二は驚いて声をあげた。喰われてはいないようだけど……と恐る恐る目を開けると、首がグッと勢いよく締まり、踏みしめていた地面の感触が失われた。ゾワゾワと気味の悪い感覚がつま先から這い上がってくる。

(……?)

 強烈な違和感に誘われて視線を下に向けると、先ほどまであったはずの地面が無い。足の下には真っ暗な闇が広がっている。


「お前を喰うのは……まだ、先……」

 怨霊はそう言って、浩二の体を拘束していた手をあっさりと離した。


「ぐっ」

 浩二は足場も支えも失い、底の見えない暗闇へ為す術もなく落ちていく。頭上では女の笑い声が高らかに響いている。

「暫くそこで……おとなしくして、いるんだね……」

 そう言ってさらに笑う。浩二は止まない笑い声をぼんやりと聞きながら、静かに意識を手放した。


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