望まない再会・2
「……貴方の妹とわたし、そんなに似ているの?」
「……」
賢介は答えず、袖口を握る佳菜依の手に触れて服から放させた。それからゆっくりと口を開く。
「本当はね、僕が君の代わりに君の追う怨霊を退治しに行っても良かったと思うし、実際それが一番の近道だったと思っているんだ」
佳菜依は黙って賢介を見つめる。
「でもそうしなかったのは、それでは君が納得できないと思ったから。怨霊を退治しても君が報われないのなら、君が上にいけないのなら、意味がない。だから不確実で遠回りな方法とわかっていながら、君に祝詞と術具を与えたんだ」
賢介はそう言い、足を一歩後方へ踏み出した。賢介の体がふわりと浮く。
(説明に、なってない)
一番聞きたかったことが聞けていない。きれいに抜け落ちている。
(最後の最後まで教えてくれないなんて、ずるい)
もう一度袖口を掴もうとして手を伸ばすけれど、伸ばした手はあっさりと彼の体をすり抜けて何も掴むことが出来なかった。
「ここに残ればきっと、僕が怨霊を退治してしまう。だから、僕は先に行くよ」
賢介が悲しそうな笑みを浮かべる。
「またね」
賢介が別れの言葉を口にする。あの日佳菜依が残した言葉とは違い、今度は『さようなら』ではなかった。
賢介の体が光りだす。体を薄く透けさせながら、ゆっくりと空へ上がっていく。
佳菜依はその様子を見守ることしかできなかった。
涙を抑えるのに必死で、言葉を返せない。
そんな佳菜依に対し、賢介がやわらかな表情を向ける。
「本当は最後に君の笑顔が見たかったけれど、難しそうだ」
賢介の顔はとてもきれいだった。それは間違いなくさよならの顔だった。
何か言わなければと思うのにできず、笑顔もうまく作れない。何も応えてあげられない。
「わたし……」
賢介と初めて会った日、わたしは彼と二度と会わないつもりでさよならをした。
でもそれは嫌いだったからじゃない。会いたくなかったからじゃない。あの日のことは綺麗な思い出として持ち歩き、ずっと大切にするつもりだった。こんな終わりは、決して望んではいなかった。
目の前に映る賢介の姿が滲む。
彼はさらににっこりとほほ笑んだ。
「佳菜依、上で待っているよ」
そう言ったと同時、賢介は空に吸い込まれるようにして消えた。
目の前にはあの日と同じ色の、月の照りわたる空が広がっている。けれどそこに居たはずの人はもう居ない。どんなに手を伸ばしても届くことのない光の先へ消えてしまった。
「……佳菜依……って」
佳菜依は呆然と立ち尽くす。
「わたし……貴方に名前、教えてないよ……?」
――君が、妹に似ていたから――
思い出すのは、過ぎし日の縁側。
「里子に出された妹がいるんだ」
彼は唐突にそう言った。
「……そう」
突然の身の上話にどう答えたらいいのかわからず、佳菜依は端的に答える。
「妹がここを出てからは写真でしか顔を見ていなくてね。もう一度妹に会いたい、会いに行きたい……と、手紙を見るたび何度も何度も思っていたんだ」
月を見上げる寂しげな横顔に思いがけず視線を奪われる。
「……ずっと会っていないの?」
佳菜依が聞くと、彼は静かに頷いた。
「僕が五歳で妹が三歳の時に別れたきり、一度も会わせてもらえなかった。だから妹は僕のことを覚えていないと思う」
「……そうなの?」
「おそらくね。里親の人は悪い人ではなかったけれど、妹のことを自分たちの本当の子供として育てたいと考えていたらしくて、妹には僕のことを一切伝えていないようだった」
とても悲しそうな言葉と表情から、妹への想いが痛いほど伝わってくる。
「そう」
かける言葉が見つからない。何を言っても白々しく聞こえそうで、佳菜依はただ頷くことしかできなかった。
無言でおはぎを頬張り、しばらくは気まずい沈黙が続く。
気が付けば佳菜依はじっと見つめられていて、目が合うと、彼はどこか真剣そうな面持ちで話を切り出した。
「……ところで君は……」
「……何」
「お兄さんはいるの?」
「……お兄さん」
意外な質問に、思わず繰り返す。
「うん。……いや、いいんだ。……それよりもさ」
彼は視線を一瞬泳がせた。
「幽霊も何かを食べたりするんだね」
彼は、尾柄木賢介は何かをごまかすように、朗らかに笑って言った。
あの日、彼がどんなつもりで兄弟の話を口にしたのかはわからない。彼が居なくなったいま、その真意は誰にもわからない。
――佳菜依、上で待っているよ――
声が、木霊する。
彼はわたしの心に傷を残して消えて行った。
わたしはまたひとつ、大切なものを取りこぼしてしまった。
どうしたら良かったのかは、やっぱり分からなかった。




