* * *
佳菜依が幽霊になって、卓也と出会って、別れて。怨霊に復讐することを決めて、尾柄木神社に忍び込んで。それから少し経ったころ。
ちりん。
不意に、聞きなれない音が鳴った。
「……鈴?」
涼しげに響いたのは灰色の猫、ワン子に付いた鈴の音だった。
「風が吹いても鳴ったことがなかったのに……」
佳菜依は不思議に思い、首をかしげた。
「にゃあ」
猫が鳴き声を上げ、突然駆け出す。
「ま、待ってよ」
佳菜依が慌てて追いかける。
「にゃー」
猫は言う事を聞かず、どんどんと先へ駆けて行った。そうして暫く進んで、唐突に立ち止まる。
止まった先には十歳くらいの小さな少女がいて、その近くには黒いランドセルを背負った八歳くらいの少年が立っていた。
「あれって……」
心臓がどくんと脈打った。
あれは、怨霊?
少年からはあからさまに嫌なオーラが流れ出ていて、なんだか気持ちが悪い。
怨霊。わたしが探しているもの。
だけどあれは、探しているものじゃない。あれは……違う、怨霊。
「わたしには関係ないよ……」
佳菜依は首を横に振りながらつぶやいた。猫は黙って佳菜依の顔を見上げている。
「関係ない……」
そう、関係ない。だから、だから早く探しものを見つけに行かないと。
時間が、ないのだから。
それなのに、そのはずなのに、なぜかその場を去ることが出来ない。
目の前の少女と卓也の顔が重なって見えた。
全然どこも似ていないのに。
――『卓也っ!!』――
蘇る、あの日の記憶。
伸ばしても、伸ばしても決して届かなかった卓也の手。最後に浮かべたきれいな笑顔。
次いで思い出すのは自分の愚かさ。無力な自分。
「何で……」
気が付くと佳菜依は前に飛び出していた。
佳菜依は少女と少年の間に、立っていた。
「わたしは、何がしたいの……?」
少女に彼の姿を重ね合わせて。
少年にあの日の怨霊を重ね合わせて。
「わたしは一体何がしたいの?」
問い掛けても答えは出ない。わたし自身の問題だから。
「わからない」
わからない。自分の思考が、動作が、全く理解できなかった。
白いステッキを前に突き出す。
呪文を唱える。
「わたしは……」
あの時この力があれば。
怨霊を倒す方法を知っていれば。
「わたしは、彼を助けられたの……?」
とうに過ぎ去った過去の日を、いくら問いただそうとも答えは出ない。
結局は、終わったことで。
自分が無力で無知だったから今ここにこうしている訳で。
結局は、戯言にしか過ぎない。狂言じみた夢物語。すべてはこうあれば良いと言うただの妄想。
「ちがう……」
違うんだ。
……わたしは、
わたしは。
「卓也じゃなくて…………」
わたしだった。
あの少女はわたし。
きっと、少女に重ねていたのは自分自身。
弱くて、逃げることしか出来なかった小さなわたし。
怨霊を前に何も出来ずに立ちすくんでいた無力なわたし。
あの日の自分が、目の前にいた。
だからわたしは、自分を助けた。
今のわたしは、あの日のわたしを救いたかった。
救おうとした。
けれど、結局は救えない。
わたしは未だ、救われない。
「わたしは、何がしたいの?」
佳菜依はもう一度つぶやいた。
だけど誰も答えるはずのないその問いは、風に流れてどこか遠くへ消えてしまった。