戦う力・2
賢介は蔵に入るとまず、入口と奥の二箇所に備え付けられた卓上ランプのスイッチを入れ、明かりを点けた。
蔵の中には巻物だけでも数十巻、そのほかにも神具や武具、掛け軸や花器などさまざまなものが保管されている。
天井近くまで伸びた保管棚はほぼ満杯。棚の大半には木箱がパズルのように詰め込まれていて、それ以外の隙間には巻物が幾重かに積み重なって収まっている。
「たしかこの辺りだったと思うんだけど……」
埃を避けるため、口元を袖で隠しながら巻物の表紙を検めていく。
定期的に風通しや掃除をしてはいるものの、物を移動させればそれなりの埃が生じてしまう。
「見つけたよ」
賢介が『死霊滅却の法』と書かれた黒い巻物を少女に向けてみせると、少女がそれをじっと見つめた。
「本物よね?まさかそれを使ってわたしを強制的に上に行かせるなんてことは……」
「ははは、やるならもっと早くやっているよ」
賢介が巻物を開きながら笑うと、少女は「それもそうよね」とすぐに納得して賢介と一緒に巻物を覗き込んだ。
「ほら、ここに怨霊を滅するための祝詞――祓詞があるだろう」
書かれている部分を指し示す。
少女がわずかに眉をひそめたが、賢介は巻物のほうを向いていてそのことに気がつかなかった。
「呪文と言ってしまってもいいけれど……どうかな、覚えられそうかい?」
問いかけるが、反応がない。不思議に思って少女へ顔を向けると、少女はすでに賢介を見上げていた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙が続き、やがて少女がゆっくりと首を傾ける。
「これ、なんて書いてあるの?」
言われて、はっとする。
読めない可能性があることまで考えが及んでいなかった。
祝詞――怨霊を退治するための呪文は古語で書かれている。成人した大人ならともかく、少女が読み解けないのは仕方がない。
「気が回らず申し訳ない。僕が読み上げるから、それを聞いていてくれるかい?」
少女が頷いたのを確認して、息を吸う。巻物の文章に指を添わせながら、聞き取りやすいようにゆっくりと読み上げる。
「……かけまくもかしこき かけまくもかしこき
そのもの かのもの
たましい もろもろのまがごと つみ けがれ
あらんをばはらえたまいきよめたまえともうすことを
きこしめせとかしこみかしこみももうす……
そのあとは、死霊滅却、で締めくくる」
「難しい言葉ばかりだけど、どういう意味なの?」
「大まかに訳すと……申し上げるのも恐れ多いですが、そこにいる者やあそこにいる者の魂、すべての災いや罪、穢れを払い、そして清めてください。これらをお聞きになってくださることを、恐れ多いとはばかりながらもお願い申し上げます。……というような感じだね」
「そう。随分へりくだった内容なのね」
少女が不思議そうに言い、賢介が思わず笑いをこぼす。
「神様に奏上するお言葉だからね」
「それって霊力さえあれば誰にでも使えるものなの?」
「実用レベルで使用できるようになるには訓練や鍛錬が必須とされてはいるけど、おそらく君は問題ないんじゃないかな。
僕たち生者は身体の奥深くから霊力を引っ張り出して祝詞を扱うけれど、君たち幽霊は霊力そのものだからね」
顎に手をやりながら賢介が答える。
「わかったわ。とにかく覚えてみる」