月夜の邂逅
「幽霊も何かを食べたりするんだね」
夜半の月が照らす柔らかい光の中、尾柄木賢介は先ほど現れた幽霊少女と共に縁側へ腰を下ろしていた。
二人の間には皿があり、その上にはおはぎが乗っている。
「味はしてるのかい?いや、嫌味とかじゃなくてさ」
健介は顎に手をやり、疑問を口にする。
賢介は、尾柄木家および尾柄木神社の次期当主(宮司)になる予定の男である。
その立場上、幽霊のことは可能な限り詳しく知りたいと常に考えているし、そうでなくても、幽霊に関することには純粋に興味があった。
幽霊と食事を一緒にする機会など、たとえ霊感があったとしても普通は持ち得ない。
その辺をふらついている幽霊を捕まえてきて食事を与えることは不可能ではないが、突然捕まえられ食事の感想を問われる幽霊が気の毒なことこの上ないので、できることならこの場で疑問を解決しておきたい。
「……多分、記憶で味をみてるんだと思う」
しばらくして、少女が言った。さきほどまで食べていたはずのおはぎは既になく、早くも次のおはぎに手を伸ばしている。
「記憶?」
「そう。以前食べたことがあるならその味の記憶。食べたことがない物は……わからないけど」
「へえ……。ではその理論で行くと、不味いおはぎしか食べたことのない幽霊は、どんなにおいしいおはぎを出しても不味い味しかしないということになるね」
なるほどと頷きながら言う。一見奇妙な話にも聞こえるが、舌の実体がない者が食事をすると考えれば、たしかにその理屈がしっくり来そうだった。
「まあ、そういうことよね」
二個目のおはぎも食べ終えたようで、少女は新たなおはぎをほおばっている。
「でも食べた物はどこへいくんだろう」
「さあ……。消滅するのか、溶けて体の一部となるのか……いずれにしてもわたしの知る所じゃないわ。
ただ、食べる行為は体に負担がかかるみたいで、食べ過ぎると調子が悪くなってしまうの。……ということで、ごちそうさま」
少女が指先で口元をなぞり、それから手拭きで手を拭う。
「そうか、軽くおさめなきゃいけないんだね」
賢介は空っぽになったお皿を見ながらにこやかな笑みを浮かべる。
(三個も食べれば普通の人でも充分すぎるくらいだと思うんだけど)
賢介は笑顔ながらにそんなことを思っていた。
月を見ながらつまもうと用意した夜食は、あっという間になくなっていた。
(まあ、それはいいんだけど)
元々、四つもあったおはぎは賢介には多すぎた。一つか二つくれと言ったのに、給仕係が張り切ってたくさん作りすぎてしまったのだ。
(台所にまだ山のようにあるんだよね……あれは何日分のつもりなんだろう)
台所の片隅で何段にも積み重なったおはぎの様子を思い出し、賢介は心の中で苦笑した。
(でも、おかげでこの子の豪快な食べっぷりが見られたし)
少女は座ったまま、じっと空を見上げている。そこに月の淡い光が降り注ぎ、まだあどけなさの残った少女の顔を幻想的に映し出す。
こうして見ていると、彼女が遠く儚い存在であるということがよく分かる。
今にも光の中に溶けて消えてしまいそうなその光景は、悲しいほどに美しい。
「美味しかったのなら、よかった」
賢介は目の前の幻想的な世界を壊さないよう、静かにささやいた。




