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【SS追加済】ホワイト・イノセント  作者: 遊一(Crocotta)
 二.人員欠如なプレリュード
13/48

落ちる

「卓也っ!!」


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。一体何が起こっているのだろう。

 わからない。

 何も、わからない。


「門宮……さん」

 深い暗闇の中、絞り出すような声で卓也がわたしの名前を呼ぶ。真昼のはずなのに周囲は驚くほど静かで、付近一帯が暗い闇に包まれていた。

 その暗闇の中心に卓也が捕らわれている。


「卓也!!」

 すぐにでも卓也のもとに駆け寄りたいのに、それができない。着物姿の女性が進路を塞ぎ、ひどく痛んだ黒い長髪をなびかせながら自身のおぞましい声を響かせる。

「邪魔は……させないよ……」

 その女性は、誰が見ても怨霊だと一瞬で分かるほど、ひどく禍々しい気配を放っていた。



 この怨霊は今までどれだけの人を取り込んできたのだろう。

 とてつもなく邪悪で強大なオーラが辺りに満ち溢れ、生ぬるい空気がわたしの頬に当たるたびに体中の毛が逆立ち、びりびりとした痛みが全身へ駆け抜ける。それだけで、力の差は明白だった。


「ふざけないで!!早く卓也を解放しないと許さないからっ」

 恐怖をこらえ、わたしは必死に叫んだ。

「ふ……ははは……」

 着物の袖を口元へとやり、怨霊が嗤う。

「お前は……おかしなことを言う……。立つのも精一杯なくせに……」

 怨霊はそう言って、あとはただニヤニヤと笑みを浮かべているだけだった。何か攻撃をしてくる素振りすらなく、どうやらこちらの様子をみて楽しんでいるようだ。


 実際、相手の言っていることは正しかった。

 すでに足はがくがくで、立っているのが精一杯な状態。相手を出し抜く策も何もない。なにをどうしたら良いのか全くわからない。

(でも)

 怨霊から視線を外し、卓也を見つめる。わたしが少しでも気を抜けば、卓也が危険だという事実だけは唯一はっきりとしていた。


 ここで諦めたら卓也は確実にいなくなってしまう。わたしの目の前から消えてしまう。

 それだけは、それだけは絶対に嫌だった。


(守らなきゃ……)

 震える二本の足に、ぐっと力を入れる。

(わたしが負けたら、卓也が消えてしまう)


 数日前に渡したミサンガの効果は絶大だった。卓也の左手に結ばれたミサンガが、怨霊に飲み込まれるのを阻止し、かろうじて卓也をここに引きとめていた。

(だけどそれもわたし次第ってことよね……)


 少しでも御利益があればと祈りながらミサンガに織り込んだ髪の毛。その織り込んだ髪の毛が、今もわたし自身の力と繋がっている。見えない糸が卓也の左手と私の体に繋がって、それがわたしの体全体に巻き付いているような、そんな奇妙な感覚がしていた。

 この繋がりを断ってはいけない。

 直感的にそう感じた。この繋がりがあるから、卓也は闇に引きずられずに済んでいる。


 暗闇から押し寄せる残酷なほど強い力が、卓也とわたしを切り離そうと必死にまとわりついてくる。

 痛みと疲労で今にも体が引きちぎられそう。でも、わたしは倒れるわけにはいかない。わたしが卓也のたった一つの命綱なのだから。


 わたしは崩れ落ちそうになる体と闘いながら、卓也を見据えた。

「待ってて、絶対に助けるから」

「門宮さん……?」

 卓也は訝しげにわたしを見つめている。

(お願い、信じて)

 心の中で祈りながら、懸命に自分を偽った。震えを堪え、力強い視線を保ち、卓也を見返す。大丈夫、まだまだ戦える。わたしは大丈夫。


 不意に卓也が視線を外した。

 ミサンガを見つめ、それから佳菜依に顔を向ける。

 それは見えない何かをたどるように、ゆっくりとした動作だった。最終的に佳菜依の瞳を見つめたその顔は、この場には不釣り合いな穏やかさで、佳菜依を焦らせる。


(何を……しようとしているの……?)


 その答えに気付いたときには、もう遅かった。遅すぎた。

 わたしは駆け出す。いかないで。お願い、いかないで。


 卓也はにっこりと微笑んだ。

 きれいな笑みでわたしに微笑んだ。


「僕のために……ごめんね」

 そしてミサンガを引きちぎる。

「ありがとう」

 そう言った彼の顔はとてもきれいで。


「卓也っ!!!」

 手を伸ばす。けれど、届かない。


 彼は、卓也はきれいな笑みを湛えたまま、深い深い闇の中へと落ちていった。

「ふはははははは……」

 怨霊が嗤いながら闇とともに消えていく。


「卓也……」

 伸ばした手の先にはコンクリートの地面が広がっているだけで。

 空はむかつくぐらいの快晴で。

「なんで……」

 そこにいつもの笑顔は存在しなくて。

 優しい声も、きれいな顔も、白い肌も何にもなくて。

 全てが、消えた。

 闇に飲まれて消えてしまった。



「にゃあ」


 足元で猫が鳴いた。

 わたしに残ったのは、小さな猫。

 名前しか知らない、小さな猫。


 ちりん、と小さく鈴が鳴る。


 猫はガリガリと地面を掻いて、そして一声大きく鳴いた。

 わたしもつられて大きく泣いた。


 空は快晴。

 わたしと猫は空を見上げてないていた。











THE PAST FOLLOW PRESENT

過去は未来へ、未来は過去へ。そして全ては今へと繋がる。


ホワイト・イノセント 第一部

自由気侭なカプリチオ

人員欠如なプレリュード

(第二部へ続く)

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