穏やかな日々
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「これ、卓也に作ってみたの」
ある日、わたしは白と水色の糸を使って編んだ一本の紐を差し出しながら言った。
それを卓也が受け取り、嬉しそうに顔を綻ばせる。いつも変わらない、思わず見とれてしまうようなきれいな笑みに、心が温かく満たされる。
「ミサンガだよね?門宮さんが作ってくれたの?」
「うん」
わたしは頷いた。
きれいな斜め模様が作れずに何度かやり直したりもしたけれど、最終的にはとても上手にできたと思う。卓也はミサンガを持ち上げてひっくり返したりながら、きらきらとした目で眺めている。
それがとても嬉しくて、わたしはこっそりと胸を張る。喜んでくれたみたいでよかった。
「ありがとう、すごく嬉しい」
感謝を伝える言葉のあと、すっ、とわたしに向かって伸ばされた左腕の意味を図りかねて、目を瞬かせる。
すると卓也が優しく微笑んで「よければ着けてくれる?」と小首を傾けた。
卓也からミサンガを受け取り、手首に結ぶ。
わたしが結んでいる間、卓也がその様子をまじまじと見つめているのには気付いていたけれど、結び終わったあともなぜか注がれたままの視線に困惑する。
さらに、顎に右手を当てて「うーん」とつぶやいたりするものだから、不安になる。
もしかして何か変なところがあったかなと考え始めたところで、卓也がふっと顔をあげた。
「切らなきゃいけないのがもったいないね」
投げかけられた予想外の言葉に、思わず笑ってしまう。
「切らなきゃいけないじゃなくて、“切れる”の。あくまで自然に切れないと意味がないんだから」
「そうなんだけど、最後は切れちゃうんだなって思うとなんだか物悲しくて」
せっかく作ってもらったのに、と眉根を下げる。
「まあ、そんな簡単には切れないと思うから大丈夫」
ミサンガにはわたしの髪の毛を何本か織り込んだ。霊力がこもっているから、無理やり引きちぎらない限りは半永久的に持つんじゃないかと思う。
そのことを卓也に伝える。すると卓也は不思議そうに首をかしげた。
「じゃあこれは願いの叶わないミサンガ?」
願いの叶わないミサンガ。言葉にしたときの無力感がすごい。
「ミサンガはお守りの一種だから、霊力との相性やなじみがとてもよくてね、それで選んだの。どうしても守りの効果を付けたくて……」
そこで恥ずかしくなり、目線を逸らす。
「卓也はよく災難に遭うから」
初めて出会った時の自動車事故もそうだけど、卓也は普段から不運に見舞われることが多い。
昨日は川に落っこちたし、一昨日に至っては知らない人の浮気騒動に巻き込まれていた。しかも第三者としてではなく当事者として。
見ず知らずの人から浮気相手として指名されるのは、なかなかに難易度が高いと思う。
だから、そういった災難が降り掛かってきませんようにという想いをたくさん込めた。
「そうなんだよね、気を付けないと」
卓也は全く危機感を感じていない声で答えてから、結んだばかりのミサンガにそっと右手を添えた。
壊れ物を扱うかのような丁寧なしぐさに、胸がぎゅっとなる。
「でもこのお守りがあるから、今日からは大丈夫」
卓也が満面の笑みを浮かべる。弾けるような笑顔を前に、わたしの鼓動が大きくなった。
(わたし、まだここに居たい……)
幽霊である以上、ずっと地上に留まることはできない。人の一生よりも圧倒的に早くタイムリミットがやってくる。
それでも、少しでも長くこの穏やかで幸せな日々が続いてほしいと切に思った。
しかしその願いは叶わない。
ある日突然、世界は暗転する。




