憤怒と聖女
教皇案内の下、訓練所に向かう。煉瓦造りで歴史の教科書で見た最初の文明の少し後くらいの建造物が並んでいる。訓練所は教会よりも少し大きく、この国で一番大きい。といっても教会の権力ありきなのだが。忌々しい。古来、神々が君臨した時にできた宗教。胡散臭い。
念話が入る。
『先程のものを見て確信しました。貴方、私たちと戦ったときに本気を出してなかったでしょう』
『戦士として失礼とでも言うか?それに本気を出していなかったのは互いにの間違いだろう。俺はそちらの覚悟と同じ覚悟で挑んだが』
『確かにそうですね。殺さずに無力化しようとしていたことは事実です』
『武器も新しいものを用意してもらった。最悪の事態が起ころうとも危機を脱せることはわかってもらえたか?』
その背に背負う槍は三又に分かれ、切り裂き、突きともに可能な強力な品。その色は黒と紫で彩られているが、決して禍々しくなく、高貴な印象を与える。
同じく背負う弓は紅色。シンプルな弓の中央、矢をつがえる部分に棘のようなものが付いている。接近されたとしても打撃武器として使えるように頑丈に作ってある。
そしてもう一つ、異様なのが大剣。まず鞘が禍々しい。中身の剣も、形はまだ普通と言えるのだが、赤黒い色と黒出構成されたデザインは邪剣と呼ぶべき禍々しさを放っている。
そして現在のステータスは平均9800を超え、スキルは元来の【操作】の派生【無機物操作】をメインで使っている。これが無能相だったとは思えない程に便利だ。
変わらずあまり使えない【声帯変化】。常時発動している【思考加速】と【並列思考】、【完全記憶】。悪魔の能力である【覚醒】。これに関しては派生スキルは全く変わっていない。
ゴーレムの能力は【硬化】。硬くなる。もう一つの【石兵創造】は【無機物操作】に統合された。オーガの能力の【鬼気】。予め決めておいた動作を高速でする【韋駄天】。
戦いの中で身に着けた直感というスキルの進化版の【復讐者の勘】。この直感系のスキルは持ち手によって千差万別に変化する。復讐者の勘の場合は悪意や負の感情に反応しやすい。
そしていつもお世話になっている【憤怒ノ魔眼】。派生技能は【憤怒、威圧、感情蓄積、炎熱魔法、炎熱耐性、炎熱操作、雷電魔法、雷電耐性、雷電操作、呪術、呪詛耐性】と豊富だ。
『通常の片手剣は?』
『あれは儀礼用だ。実戦では重くて硬い武器でないと不安だ』
レバートの頭を無駄に硬い人形、と言ってもこどものオモチャではなく、意思なき兵としての人形や、様々な骨から作られたスケルトン、ホムンクルスの兵隊がよぎる。
武器を壊され、必死に【無機物操作】を使って武器を生み出し続けて殲滅した記憶。トラウマランキングでも二位になっている。一位?陛下との実戦に決まっている。楽しかったが、つらかった。
『何か触れてはいけなさそうですね。・・・・んんっ、ところで、彼方には知り合いが?知り合いと敵対するのは・・・・その、覚悟を疑う訳ではないのですが』
『問題ない。着くぞ』
極めて平静に答える。問題ない。寧ろ今は人間を忌み嫌っている。教会勢力は無くなればいい。そう思っているのは紛れもない本心だ。
訓練所に悠々と降り立つ。視線を集め、ちらほらとこちらの正体に気付いた声が聞こえてくる。情報収集にはコミュニケーションをとる必要性があるのだが、そう言えば友達いない。
とは言え陛下に約束した以上、情報は持ち帰らないといけない。教会勢力に頼るのはかなり釈然としないのだが、中立的な聖女や騎士どもに聞くか。
「教皇殿。ここに足を運ばれるとは大変珍しいですが、そちらの者は消えた勇者・・・・?」
「ちょっと野暮用でな」
「貴方に責任感というものは・・・・ッ、何か変わりましたか。自己鍛練?この数日間でここまで?明らかにおかしい。いや、神々から与えられし真の力が目覚めた?」
「まぁそんな所だ」
この女やけにぼそぼそと独り言喋るな。正直言って近寄りがたい。教会勢力とか関係無しにあまり知り合いにいてほしくないな。
「そういうことであればまぁ。先ずは一手手合わせし、実力を見せて下さい」
「脳筋か。死んでも責任取らねぇぞ」
「昔、拳でなんでも解決した聖女もいたらしいですよ」
「一回聖女っつう言葉をお得意の粘土版の辞書で調べろ」
「二十年前に紙という偉大な発明があったので時代遅れですよ」
「そのゴミくず同然の紙切れ持っててもカッコよくないぞ」
「あなたこそその片眼鏡、全く似合ってないですよ」
級友も見つめるなか、軽口、皮肉の類にしては重すぎる殺気が場を支配する。だが戦場にて戦う聖女に取ってこの程度の殺気で圧される訳にはいかない。するりと受け流す。
開戦。聖女が距離をとり、人の形を模した紙を投げる。二十年前に発明されたばかりとあって、造りが雑だ。だがそんなものは関係無い。問題は紙に込められた魔力。対応として槍で空中に浮かぶ紙を切り裂くという絶技を見せる。
聖女の周りから十本もの黒い手が現れ、一気に襲いかかる。それを踏み込みによる前方への爆進で回避する。その勢いで槍の間合いに入り、突く。【鬼気】で底上げし、【韋駄天】を使った六連。その全てを展開した呪符による結界で防ぐ。
また間合いが開く。仕方なく【無機物操作】で壁を作り、弓で応戦する。とはいえ、流石に涼白のような飛んでくるものに当てるという変態の所業は出来ない。目には目を、呪いには呪い。呪炎と壁で呪符を防ぎながら矢を放つ。
「呪いを使うのに聖女とは、笑えるな」
「使命をほったらかした勇者に言われたくありません」
「お生憎様、貴様らの戦争奴隷にも兵器にもなる予定はなくてな。とっとと死ね」
「酷い言葉遣いですね。穏やかな人物だと聞いていたのですが」
「そんな奴は死んだ。今の俺は地獄から来た死にぞこないの復讐者だッ!」
大剣をもって突貫する。呪符は避ける当たらなければ喰らわない。だが黒い手とのコンビネーションで意地でも呪符を当ててくる。それを呪詛耐性が防ぎ、憤怒ノ魔眼が飲み込む。
「その禍々しい力は・・・・」
「ああああああああ!死ねええええええええええ!」
縦向きに大振りの一撃を放つ。禍々しい赤雷と呪炎が剣の周りに纏わりつき、そのデザインをより一層邪悪なものにしている。致死の一撃。ここで聖女は葬り去る。そんな気迫がにじみ出ている。その一撃を聖女は耐えきる。結界、盾、杖。その全てを構えて受けきる。
「チッ」
「クハッ、まさかここまで、呪いに慣れ親しんでいるとは。貴方の実力は認めッ・・・、まだ続けますか」
「認めてほしくもない。誰が好き好んで貴様らの崇めたてる神の走狗などになるか。寝言は永眠して言え」
「まだ死ぬわけにはいきません。少々のケガは覚悟してもらいますよ」
警戒のレベルを引き上げた聖女は強かった。呪いの強さを上げ、飲み込むのに時間がかかり、動きが鈍ることが一つ。そしてその呪いや呪弾に物理攻撃力を持たせ、自身の持つ杖で攻撃することで、手数、威力ともに上がっている。
こちらも【憤怒】の効果と【無機物操作】による地面からの棘で対応する。だが相手は殺してはいけないという条件に縛られているので殺す気で動いているこちらの方が優勢。目潰し噛みつき卑怯上等。何としてでもここで殺す。及ばずとも数週間は戦場復帰不可にしてやる。
その時、悪寒が走る。悪意ではないが故に【復讐者の勘】では気づきにくい攻撃。魔王の【宵闇ノ魔眼】とは対極に位置するもの。宵闇が全てを飲み込む無慈悲なる破壊の権化であるのなら、それは全てを受け入れる慈愛と創造の化身。【陽光ノ魔眼】の浄化。
浄化は悪意ではなく悪意から解き放とうという慈愛の意思。負の感情ではなく正の感情。必死に【憤怒ノ魔眼】に宿る呪いが対抗する。ぶつかり合う呪詛と光。尋常ではない焦燥感と虚脱感に苛まれながら抗い続ける。
「【真狂化】ァ【感情蓄積・解放】」
【覚醒】スキルには段階がある。一番下から限界突破、覇王、狂化、覚醒、真狂化。狂化系は知能が低下を代償として全能力を著しく引き上げる。特に真狂化は会話が出来なくなる代わりに物凄く強くなる切り札。こんなところで使っていいものではない。だがその理性を振り切ってでも使う理由。浄化の異常さ。このままであれば【憤怒ノ魔眼】そのものが消され、作り変えられかねない浄化。
「まるでケダモノですね。理性を捨てた、もしくは呪いに支配されている、いえ、呪いを心の拠り所に生きている?」
無言。会話機能を失っている今、無言の殺戮兵器と変わらない。ケダモノのような動きをする分よりいっそう性質が悪い。【声帯変化】を使い、雷の如き叫び声を上げ、強化された力で浄化をはねのける。
「解・・・除ッ」
「理性を取り戻した、魔眼をもってしても制しきれない。これは一体?」
知能が低下するのであまり長い時間は使えない。落ち着きを取り戻し、再び向き合う。
「どうしてここまで?」
「本気で言っているのかッ!」
「何か事情が?私で良ければ何か相談にでも」
「ッ、もういい。教皇、例の件は貴様の独断か?」
「私と、し、神託者様だ。せ、せ、聖女殿は関係ない」
教皇は怯えきり、自分の股下に温かさを感じながらそれでも必死に答える。答えなければ殺される。その状況が必死さを、気力を何とか引き出した。
思案する。【復讐者の勘】が告げている。聖女も教皇も嘘はついていないと。そして出てきたもう一人の介入者。神託者という聞いたことのない役職の人物。今は情報が優先だが、同時に神託者という者も調べる必要が出てきた。それに神託という言葉と教皇が様付けしていたことから教会のトップレベルの人物だということが分かる。
「神託者に関係?まだこちらに来て日が浅く、その上無能と呼ばれていた者と?一体何が」