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帰還

一応最終話。もしかしたら暇なときにアフターストーリーを書くかもしれませんが。

この話は番外編ですので、本編はまだ続いています。2022 5/7現在

そちらもよろしく。

「……生命を喰らえ。夜の帳にて覆え。【宵闇】」


 闇の霧が月の神の身体を覆った。


 流れる沈黙……。


 感涙はある。歓喜はある。されど、これは第一歩に過ぎず、第一歩にしては失うものが多すぎた。


 星の見えぬ夜空が寂しげに佇む。曇天が鈍く、重い。雨の香り、湿度の匂いが鼻腔に広がり、陰鬱を増長させる。


 ポツッ


 雨音……ではない。雨音にしては音が軽い。地表から然程離れていない位置から落ちた水の音だ。


 ポツッ、……ポツッ


 とある世界では、涙が溢れないように上を向くという。が、上を向こうとも溢れるものは溢れる。ヤーレアが、空を見上げて泣いていた。


 レバートが思わず手を伸ばす。が、その手は届くことなく地に落ちる。疲労で全身に力が入らない。それもある。しかしなにより、どう声をかけていいものか分からない。


 最も九十九と付き合いが長いのは、もちろんヤーレアだ。彼の辛さなど、誰にも計り知れない。いや、早々に分かるべきでも、分かったフリをするべきでもない。


 その場の空気を良し悪し関わらず破壊することに定評のある【狂犬】は、こんなときばかり、空気を読んで退散していた。メルヘリアは聖女の役職を辞任し、告解を聞ける立場でもない。


 誰も寄り添えないまま、涙の音だけが響く時間が永久に続くかのように思われた。


「……勝鬨を上げよッ!」


 静寂打ち破る鶴の一声。それは陰の気を打ち払い、強制的に陽の気を顕現させる。


 ────オオオォォォォ!


 ヤーレアは悔しさを発露させながら、鍛炉と凉白はやけくそに。カイザーは清々しく、レバートは己の怒りを込めて、叫んだ。


 その声は王国中に響き、王国民に恐怖を震撼させる。神々の敗北、あり得ぬ結末、それを酷薄に突き付けられる。


「さて、凱旋と行きたいところだが、あとは頼んだぞ、ヤーレア」

「……貴様、何を」


 これではまるで、悠久の離別のようではないか。無情な物語の終わりのようではないか。困惑が皆の頭の中を占める。


 その瞬間、王の姿が変わる。そして肌に感じる、悪寒。本能が掻き立てる敵意。殺意が身体の奥底から沸々と涌き出てくる。



「……え…?」



 ジギルをよく知ったレバートたちでさえ臨戦態勢をとるほどに、その姿は、気配は、紛れもなく月の神アルセナそのものだった。


「なに、たまには王自ら偵察任務も悪くはないと思ってな」


 声紋は間違いなくアルセナの声だ。だが、アルセナの冷酷無比な声ではない。音には機械では計測できない、ジギルの声にある温かみが宿っている。


 直ぐにジギルはアルセナの身体から自分の身体に戻り、手を振って毛機会を解かせる。



 偵察任務、つまりは神界へ単身乗り込むということだ。


 それは余りに無謀だ。もし正体が割れようものなら、孤立無援で神々の全てを相手取ることになる。流石のジギルでも、その数の暴力には勝てない。


「なに、心配は無用だ。それとも、我が力を信じられぬか?」

「貴様でも……ッ!?」


 反論しようとしたヤーレアに、力の鼓動がぶつけられる。それはまるで神々と同質、いや、まごうことなくそれ以上の力だ。


 どこにそのような余力を残していたのか。ジギルとて限界を迎えていた。だというのに、今の彼は十全の彼を軽々と超える。


「単純な話、神に成った。アルセナの身体を解析してな。正確に言うと、半神や亜神とでも言うべき存在だが」


 神に成ったなどと簡単に言うジギルだが、当然、そのような一言で片付けられる話ではない。そもそも、神は他の生物とは身体の設計図からして異なる。


 遺伝子が遺伝子ではない。身体が物質で出来ていない部分が存在し、毎秒、遺伝子情報が変化している。生物としてはあり得ない。科学的に考えれば生命として破綻している。


 矛盾に矛盾を重ねたような存在。それこそが神。そんな神を神たらしめるのは信仰だ。信仰による情報と感情によってもたらされるエネルギーや、記録による情報エネルギー。


 詩的に言うなら意思の力、という奴だ。神々が情報と感情が蓄積されるシステム、ステータスを用いて、躍起になって集めているものだ。


 原生の神のせめてもの抵抗で、神々は直接世界中から信仰のエネルギーを収拾できないため、ステータスという苦肉の策を利用している。


「フッ。神は何かと不便ゆえな。完全ではなく、半分は魔族混じりだ。ハイブリット、とでも言うべきか」


 神と他生物の融合など、前代未聞。ジギルの恐ろしいところは、それを種として成り立たせているところだ。


 ライガー、というライオンと虎を掛け合わせた動物がいる。が、彼らは違う種同士を掛け合わせているため、繁殖が出来ない。種としては不完全だ。だがそれとは異なり、ジギルはしようと思えば繁殖も出来る。


「先行研究をしておいて助かったな」

「……先行研究?」

「あぁ」


 キンッ パシッ


 軽い金属音。レバートに飛んできたのは不定形の鍵。常に鍵の身が変容している。これに対応する錠前も同じく。ピッキングのしようがない。強引に破られでもしない限り、最強の防犯システムだ。


「これを預けよう。失ったケンタウロス種の穴埋めをと思い、新生命を開発しておいた。オーク、猪人の魔族よりの亜種、といったところか」

『ちょっ、キミ、何やってるのカナ!?生命の創造?それじゃあ、それじゃあ、神々と同じじゃナイか。生態系の調整の苦労をちょっとは考えてヨ!』


 ゲレンの実に最もかつ悲痛なその言葉を、ジギルは手で制する。


「オークはケンタウロスの穴埋め。ケンタウロス不在で乱れた生態系が上手く循環するように設定しておいた」


 ジギルも馬鹿ではない。生態系に対する配慮を考えていた。食べる食料の種類や量はケンタウロスと変わらない。


 性質としては、屈強な肉体に高い再生力とスタミナ、五感を有する種族だ。コボルトとオーガを足して二で割ってスタミナを加えたようなものだろうか。


 ケンタウロスのような高機動力こそないが、厳しく辛い環境下でも生き抜くことが可能なだけの強かさがある。金があっても人員が足りない、これからの魔族を支えるのに十分な性能を持っている。


「向後の憂いは出来るだけ絶った。部下へのなるべくの仕事の継承はしてある。貴様の望んだ魔王の座、くれてやる。だから、あとは頼んだ」


 つらつらとジギルの口から語られ、紡がれていく言葉の羅列が何も意味の無い音の連続のようで、レバートたちには酷く非現実的な事象のように感じられた。


 しかしながら全ては紛れもない真実。死の別れは覚悟していた。しかし、生存したというのに突然の別れを告げられることは、ある種、死別を()げられるよりももっと辛いものがある。


 非現実がただ時間を浪費し、飲み込めぬまま話が進んでいく。が、その流れに抗わんとする者が一人。


「却下だ。そんなもの、くれていらん!」


 嵐の王はゲレンの肩を借りながらも、叫んだ。


 あれだけ望んだ玉座を、手に入れようとした魔王の席を、蹴り飛ばした。その権力さえあれば、その名誉さえあれば、よりよく民を導ける。そんな誘惑を吹き飛ばした。


 どれ程望んでいても、他人から譲られた席など要らない。敷かれたレールの上をただ従順に走るだけなど言語道断、もっての他。


 そんなものは眼中になく、偉業とは、自らの手で成し遂げてこその偉業なのだ。その矜持がある。下らぬ矜持と言えばそれまで。だが、その矜持を貫き通してきたからこそ、ヤーレアには人望がある。


 ヤーレアの矜持を否定するということはすなわち、彼を支持する数千、数万の民と、彼自身の人生の全てを否定することに他ならない。


 何より、現実的な話、ヤーレアには然程寿命が残っていない。此度の闘いにおいて道理を押さえ込み、無茶に無茶を通した代償はツケには出来ず、清算せねばならない。


「……正気か?またとないチャンスだぞ!オレとしては、貴様に断られれば全ての計画がご破算なのだが」

「無論、正気だ。……だが、魔族が指導者を失うのは確かに下策だな」


 ジロリ。獰猛な眼がレバートを捉える。戦乱終われどもその双眸は猛虎のそれであり、言い表せぬ圧がレバートに襲い掛かる。


「貴様、魔王になる気はあるか?」

「「はぁ!?」」


 ジギルとレバートの声が重なる。奇想天外、前代未聞。政治経験の無いぽっと出の、20やそこらの若輩者を魔王の座に据えるなど、正気の沙汰ではない。


 やはり、正気を失っていたかとジギルが却下しようとする。レバートとしても話の流れが全く読めない。それでも、それでも……。


「やります!」

「うむ。()き目だ。それでこそよな!」


 気づけば即答していた。ヤーレアは満足気に頷く。珍事の連続に戸惑うジギル。生まれて初めて、驚愕のあまり固まる。最後の最後にここまで自分の計略が乱されるとは、思いもしなかった。


「クハハハハ、何だその顔は!その顔を見れただけでも、断った甲斐があるというものよな!嵐の王、知略にて魔王に勝利す。記しておこう」

「勝利ではなかろう!こやつが有能であることは認めるが、本当に政務が務まるとでも思っておるのか!」


 政務の遂行能力の有無の前に勝利を真っ先に否定する辺り、ジギルもヤーレアに一本取られたことを、相当悔しく思っているようだ。


 魔王の縁者ということ。更には嵐の王からの推薦。忍耐力、頭脳、戦闘力。確かに、レバートは条件的に、魔王にするに申し分ない人物だ。


「不足分は吾が補うとしよう。問題はなかろう」

「貴様は……それでよいのか?」

「はて、何のことだ?」

「惚けるな、戯けッ!九十九の奴に託すと言われたのだろう」


 ジギルが今しているように、ヤーレアは九十九からも後は頼んだと託されている。過去、九十九はヤーレアと戦い、敗れ、ヤーレアこそが魔王の器と、彼を魔王の座につかせようとした。


 そして、九十九は体系上はジギルの下に所属しながらも、未だヤーレアを魔王に押し上げんと考えていた。つまり託すとは、魔王になってくれという願いに他ならない。


「もう一度問う。貴様はそれでよいのか!惚けた返答は許さぬぞ」

「……」


 ジギルとヤーレアが睨みあう。両者一歩も譲らぬ、鬼気迫る気迫。ジギルはヤーレアの寿命のことなど知らない。ヤーレアも自分の魂の状態については隠し通すつもりだ。


 何秒経っただろうか。唐突にヤーレアが目を反らし、睨み合いの終わりを告げる。疲れをほぐすように目頭を揉む。そしてもう一度ジギルに向かい直り、口の端を吊り上げた。


「故人の気持ち云々でものを言うなら、貴様の言わんとするように、好くはないのだろうな。……だが、吾が感情でものを言うなら、これで好い」


 天を指さし、断言した。あくまで自分の勝手な感情論に、感傷に過ぎないと認めながらも、確固とした意志で言い切った。そこには迷いも未練もない。


「それに、王の座が欲するなら、自らの手で奪ってこそ!次の魔王はレバートだ。だが、その次は、な」


 次などというものは自分には存在しないと理解しながらも、意味深な発言で言外に匂わせる。


 ジギル相手に自分の失態を、無様な様を晒したくはないという、淡い、せめてもの抵抗だ。


「そうか。ならば何も言うまい。レバート!……成し遂げられるか?」


 戦後負債の処理、国防、改革。やるべきことは多すぎるほどに存在する。業務はきっと、一筋縄ではいかないだろう。


 激務に次ぐ激務がレバートを歓待すること待ったなし。故に覚悟を問うたジギルに向け、レバートは胸を張って頷いた。


「ならばよし。では命……いや、同格の魔王に向けてこの言葉は相応しくないな」


 上皇云々と、ややこしい権力話をすればジギルの方が格上なのかもしれないが、それにしても、魔王に対して命令という言葉は不遜だ。


 いや、不敬不遜で話が済めばいいが。下手を打てば傀儡政権かと疑われかねない。人目がないとは言えども、注意すべきだ。


「では、戦友として、朋友として託すとしよう。頼めるか?」


 友などと、身に余る光栄。


「……はい」



※※※※※※



「行く前の贈り物と行くか。レバート、ゲレン。力を貸せ」

「ボクら二人ってことは、何か法則にでも干渉するってとこだネ。いいヨ。先輩として後輩に力を貸してあげようじゃナイか」

「当たっておるが、ええい!なんだその態度は!やけに先輩風を吹かせおって。鬱陶しいわ戯け!」

「いいじゃんいいジャン。……神に後輩が生まれるなんて中々ないんだからサ」


 体格差や見た目年齢からすれば、間違いなくゲレンの方が後輩なのだが、肉体を持たず、その姿が人々の信仰によって固定される神にとっては関係のない話だ。


 肩を組んで、まるで酔っ払いのように絡む。その仕草こそ茶目っ気があるが、心の内には何とも言えない感傷と哀愁が漂っている。それを誤魔化すためにも、無理にテンションを挙げてジギルに伸し掛かる。


「まぁよい。始めるぞ。……神々が必死に創り上げた秘儀を破壊してやるとしよう」


 それはステータスの仕組みを壊すもの。神によるエネルギー蒐集装置にエラーを起こし、一部機能を封印する。


 本来ならば、機能を全面的に、完膚なきまでに破壊したいところだが、なにせ88の神々によって製造された機構、そう簡単に潰せはしない。


「足がつかないようにやってネ。ボクはまだやることが山ほどあるからサ、こんなとこでバレてむざむざ殺されるわけにはいかないんだヨ」


 ゲレンは中立という名目で、自由に動き回ることを神々に見逃されている。引きこもっていては生態系の管理など、とてもではないが出来ない。


 生態系の管理をしていた神は他にいたのだが、すでに他界している。されとて、神々にやらせれば何をしでかすか分からない。故に、ゲレンが蝙蝠になるしかないのである。


 そのため、魔族側に与した時点で神々からすれば不必要な我楽多(ガラクタ)。戦闘に秀でていないゲレンは、未来覗で粘ったとしても生存の芽はなく、抹殺されることだろう。


「フッ。オレを誰と心得る。任せておけ」

「だといいんだけどネ」


 ―――其は呪。祝福の姿を真似た記録装置。即ち、家畜の首輪。


 ―――破られよ、放たれよ。


 短い呪文。それに見合わない緻密にして精巧、されど巨大な術式。ひも解くのに何年かかるのだろうか。


 数百、数千?そんな凉白たちの感想は次の瞬間、打ち破られることになる。出現したのはジギル達の創り上げた術式を更にスケールアップさせたかのような謎の魔法。


 これこそがステータスの正体。全世界の知的生命体の監視という不可能を何故か(・・・)成し遂げている謎の魔法。そのシステムはもはや、創り出したはずの神々でさえもが首を傾げるほどに未知数にして怪奇。


 無論、これをただ壊せばいいという訳ではない。壊したところで無意味だ。無効化したければ、適切に改変しなければならない。


 レバートの額に脂汗が浮かぶ。ゲレンは偽装と改変の同時進行というあまりの難業に、脳がオーバーヒート寸前。唯一飄々としているジギルですら、さほど余裕があるという訳ではない。


「凉白、鍛炉、行くぞ」

「ん?なんだよ、流石に疲れてるんだけどー。休みくれー」


 カイザーから声がかかる。粛々と従い、弓を手に取る凉白とは違い、鍛炉はあまり乗り気ではない。


 鍛炉も、未だなお苦行に挑んでいるレバートたちに申し訳ないという気持ちはあるものの、疲労はどうしても誤魔化しきれない。戦場では切り替えが重要なのだが、本来は生産職である鍛炉にはまだ無理だ。


「邪魔者の掃除だ」


 カイザーが鍛炉の耳元で漏らした言葉。途端に、空気が変わった。緩んでいた弦がピンッと張られる。そんな感覚と共に鍛炉が起き上がる。


「ったく、ろくな武器もねぇんだが……バックアップは任せろ。神々には効果が薄かったからな。呪符と罠設置効果のクナイくらいなら残ってんよ」


 和服の袖下から出るは出るは暗器に仕込み。本人曰く、ロクな武器がないと言っていたが、カイザーの見立てでは、どれもこれも一級品。


 トンッ。鍛炉が地面を踏む。札がカイザーと凉白の周辺を舞う。矢除けの護符、遠距離攻撃を反らし、主の身代わりとなる札だ。


「まぁ、気休めくらいにはなんだろ。体力も上げとくが、こっちはドーピングだからな。長くは持たないし、後で激痛来るから覚悟しとけ!」

「心配は無用です。残党処理ごとき、直ぐに終わらせますから」


 ひゅっ。銀を纏った矢が駆けた。軌道上に、吹雪が煙幕を張る。カイザーが極寒の嵐をもろともせずに、吹雪の中へ突入した。いつの間にやら、外套の色は白に変わっている。


 敵は王国の神殿騎士。しかし、神々や神託者という求心力あるカリスマが存在しない今、彼らにとっては雑兵に毛が生えたようなもの。殺害など、赤子の手をひねるような児戯に等しい。


 ダガ―が吹雪の中煌めく。それと同時に。訳も分からず首が飛んだ。悲鳴すら上げる暇なく、ロクに痛みと死を認識できないままに死んだ。


 仲間の死に気付いた者の胸には大きな風穴が空き、心臓が抹消され、あるものは纏わりついた呪符にて呪い殺された。


「何ですか、鍛炉。まだ戦えるじゃないですか」

「今のはオレじゃねぇよ。クッソ、オレやババアの作品より出来がいいじゃねぇか!」

「仮にも本職の、最高峰の人間ですからね、舐めないで下さい」


 そう言って凉白の隣に降り立ったのは、襤褸布と仮面を被った謎の女、しかし背格好、髪色、声色、何より話の内容がまるっきり……。


「メルへリアじゃないですかッ。貴女、仮にも元聖……むが、ムガッ、何するんですか!」


 メルへリアが凉白の口を塞ぐ。


「しーッ。……神殺しなんてとんでもないことやっているのだから、今更殺人の一人や二人、構いませんよ」

「そういう問題ですかこれ!」

「いいですか、今の私は謎の美少女仮面呪術師X……」

「いや、要素盛り過ぎでしょう」


 メルへリアとしては、時間がなく、かなり適当に考えた結果のネーミング。酷い名前になってしまった。


 そもそも、メルへリアという名前は本来の親につけられた方の名前。大衆に知られていない以上、偽名など使う必要はないのだが、変な焦りと錯乱の末、口を突いて出た。


 後に、この名前を鍛炉からいじり倒され、彼女の人生史上最大の黒歴史になるのだが、それは別のお話。



 ―――そして数分後、


「殲滅完了」



※※※※※※



 殲滅完了、カイザーがそう宣言したと同刻、やり遂げた達成感で満たされた表情をしたレバート、ジギル、ゲレン。はっきり言うと、ステータス、及びエネルギー集積装置の完全破壊は不可能だった。


 それでも、一部機能を運用停止にまで追い込んだだけ、成果はあった。満足気に頷くジギルの瞳に、哀愁の影が差す。夜の帳に覆われた宵闇の空にに手を伸ばし、何かを掴もうとする動作をし、力なく腕を下す。


「別れを悲しむなら、行かねば好い。違うか?」

「煽ってやる気を引き出そうという魂胆なら、そんな気遣いは要らぬ」

「……ッ」


 ジギルの身体が倒れる。慌ててレバートが抱きかかえる。肉体の中から出てきたように、そこにはアルセナ……の姿を模したジギルが立っていた。


「先の魔法の行使中に考えたのだが、どうも今のオレは強すぎる。亜神から肉体を引きはがす、大幅な弱体化だが、このくらいでよい」


 オレが再びこの大地に降り立つ時、この肉体を持ってこさせるようにしろ。そう言い残してジギルは消えていった。


 唐突だった。突然だった。一瞬だった。淡白だった。あまりな別れに涙も出ず、彼らはただ、呆然としていた。



※※※※※※



 そして、魔族領に、魔王城に帰ってきた。たった二人の違いなのに、いや、メルへリアが加わった分、人数にすれば一人の違いなのに、何故か、ジギルや九十九のいない魔王城は酷く寒々しく、広々として空虚なものに見える。


 それだけ、彼らが大きい存在だったということだ。彼らの喪失で心にぽっかりと、空いた大きな空白は、そう簡単には埋められそうにない。


 しかしながら、時の流れ、星々の運行は無情にも一定のペースで流れ行き、残念ながら待ってはくれない。問題は山積みだ。が、直近一番の問題は……。


「私の処遇。裏切者ですからね、私。そもそも人間が魔族の街に溶け込める訳もなく……」


 レバートも元人間なのだが、メルへリアとの大きな違いは、完全に種族を変更していることだ。ならメルへリアも魔族になればいいと言う者もいるかもしれないがあの儀式はジギル以外にはできない。


 捕虜として扱ってもいいが、聖女は魔族にとっての怨敵。民意的に、処刑は免れないだろう。元は敵同士とはいえ、ともに神々と戦った仲だ。


 更に、レバートは彼女の経歴を知ってしまった。そして共感、同情してしまった。無論、再びメルへリアが敵となる日が来れば、一切の容赦なくその命脈を止められるが、必要性がないのに殺す気にはなれない。


「戸籍は吾の方で偽造しよう。魔力は高い故、魔紋に似せた刺青をし、髪を染めれば悪魔に偽装できるだろうて」


 と、ヤーレアの言。あまりの雑さに、それでいいのか、本当に大丈夫なのかと、一同に疑問が湧く。


「そも、教会のトップたる聖女が忌み嫌う魔族に変装するなど、誰も思わん」

「確かに……依然尾わたしからすれば正気を疑うような行動ですね」

「働き口は……レバートが魔王になるから、いくらでも工面できるか。俺としては是非とも、呪術師には暗殺部隊に加わって欲しい」


 仲間になると知り、早速カイザーが引き抜きを始める。強かだと、レバートたちは眩しいものを見たような気分になる。


 特殊部隊では最年長としての心構え。感情と共に生きる復讐者ではなく、暗殺者として訓練を受けたからこその切り替え。その二つがカイザーを鼓舞し、割り切る力をくれた。


 もっとも、当のカイザー本人は、必要なこととはいえ、簡単に自分の感情を切り捨て、涙を流さない無情な男だと自虐しているのだが。それを伝えるのは野暮だろう。


「そうだな。仕事は待たない。各部族の長を説き伏せて新しい部族を立ち上げる、か。忙しくなりそうだ」

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