魔の森、狂騒の月
二柱の神が降臨した。月の神と森の神。
「──あぁ。これで貴様らの敗北は確定した」
「ハッ。問題ない。予定通りだ!魔杖ルシファー、全力発射ッ!」
神々を前に大胆不敵に嗤う魔を司りし大王。初撃、世界は裏返った。正確には、そう思わせるだけの一撃がぶつかりあい、消失した。
エネルギーが突然消失など、本来あり得ない。打ち消し合うなどという単純な話でもない。ならば強烈無比な破壊の力はどこへ消えたのか。
答え合わせが神々の目の前に展開された。開いたのは漆黒の竜の顎、のように見える闇霧の塊だった。
それを視認し、行動に移すよりも早く、暗黒竜の見た目にそぐわない虹色をしたエネルギーが放たれる。殺意全開のソレは、容易に神々の体を飲み込み、焼き払った。
爆発し、周囲を破壊の嵐で嘗め尽くす筈だったエネルギーを宵闇で取り込み、水の入った袋に穴を開けるように指向性を持たせて吐き出したのだ。
魔王の力と神々自身の力、どちらも正真正銘、全力全霊の攻撃だった。そのため、カウンターとして全て返されると、流石に神々といえど大ダメージは避けられない。
「だが、生きているな。神々との戦いは消耗戦。相手が力尽きて死ぬまで殴り続けるしかないとは、骨が折れるな」
「そう言ってやるな、鬼神よ。殴り甲斐のある敵ではないか。……フハハハハ!神々よ、散れッ!そして我が覇道の礎となれ!」
エネルギー波からの執拗な攻撃を受けきった神々の先に待ち受けていのは、九十九とヤーレアによる追撃だった。
森の神をひたすらラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。拳を打ち込み続ける九十九。月の神を風圧で、蛇腹剣で、切り刻み続けるヤーレア。端から見ていると死体蹴りだ。
たが、これくらいしても神々を削りきれないのは知っている。用心に越したことはない。
「破ァ!」
「吹き飛べ!」
そして二人はバトンを繋ぐ。彼等の今回の戦いへの意気込みは、死ぬまで殺す。相手より先に殺し、殺し、殺し、何もさせずに一方的にただ蹂躙する。
影が通り過ぎる。何気なく、ふらっと、散歩でもするように殺す。吹き飛ばされた二柱の神々の首を、暗い緑色をした短剣が切り裂いた。
「これは、毒ッ!?バカなッ。神に効く毒などあってなるものか!」
体が変色する。体力が奪われ、身体を構成しているものを一つ一つ潰されているかのような感触だ。
焦り、混乱、思考が一向に纏まらない。そして何より、理解などしたくない感情がある。
その感情の正体は恐怖。神々が感じてはいけない筈の生命の危機に対する恐怖が、脳内を埋め尽くす。
実際のところ、こんな少量の毒では長くは続かないし、全身を蝕まれることはない。が、塵も積もれば山となる。効果が薄くとも、それでも厄介極まりない。
神々は毒に犯された部位を切り捨てることによって対処する。何度も再生できるからこそ可能な荒業だ。だが、そんな時間をみすみす見逃す魔王ではない。
「行くぞ、鍛炉!」
「おうよ!」
魔王の宝剣と鍛炉の魔刀が煌めく。神々の正面と背後から、剣の軌道の先に、白金の輝きを纏った閃光が、琥珀の色をたぎらせる爆発が発現し、神々の身体を飲む。
小癪な原生生物めに負けるわけにはいかないと、あらゆる場所から植物が生え、破壊を起こし、光が空を裂く。
「そんなに元気なら、喰らっとけや!」
上空に君臨する神々の、その更に上空から斬りかかる。咄嗟に避けた神々。だが、彼等は忘れていた。その刀の軌道は爆発するということを。
───バババババババァン!
隕石の如く落下する鍛炉の尾を引くように、爆発が幾重にも連なる。爆発をその身に受け、着実に力を削られながらも、神々は余裕を持って嘲笑する。
鍛炉がしているのは自由落下、いや、最初に勢いをつけたので更に速い。翼のない種族が、ビル二十五階相当の位置からの勢いをつけての落下など、自殺願望だとしか思えない。
「自爆には見合わぬ労だったな」
削られはしたが、鍛炉の命を潰してまでするような行為ではなかった。ジギル、ヤーレア、九十九は攻勢を仕掛けている。助ける余裕はない。
「こんぐらい、自分で対処出来るっての!」
風の魔剣を地面に放ち、豪風を起こす。一回一回の効果は薄いが、二回三回と繰り返す都度に落下速度は落ちる。
欠点は時間がかかることだ。ジギルたちの攻勢はその時間稼ぎでもある。戦闘技能では最下位だが、魔剣や道具を用いて強力な攻撃を連発できる鍛炉に早々離脱される訳にはいかない。
「あともう一回……って!?マジか」
攻撃が鍛炉に迫る。まさか、あれだけの攻撃を受け、流し、回避し、反撃しながらもこちらを攻撃してくるだなんて思ってもみなかった。
味方にとって頼もしいということは、敵にとっては害悪そのもの。邪魔者は消しておかないと。平行処理能力が高い神々からすれば、当然の帰結である。
しかし、そんな神々の思惑は正面から斬り伏せ、打ち破られることになる。ここに人類史上最強最悪のコンビが爆誕したのだから。
片や飼い主である神にすら牙を向く、ケルトの英雄すら上回る獰猛なる【狂犬】。片や神々を絶滅根絶することを人生の目標に掲げ、己が牙を研いだ復讐鬼。
神々の最大の失敗とは何か。
レバートの大器晩成の器を見逃し、切り捨ててしまったこと。
レバートとジギルを引き合わせてしまったこと。
勇者の教育と力の授与が甘かったこと。
聖女を奪われてしまったこと。
先見隊に森神と月神を選んでしまったこと。
どれも神々の大きな過失だが、最大といえる程ではない。
最大の失敗は、そもそも彼等を選んでしまったことだ。能力に目が眩み、御しきれない力に手を出してしまった。狂犬と鬼に。
「「死ねええええぇぇぇぇぇッ‼」」
二柱の神々に左右から斬りかかる二人。黒槍を森の神を叩きつけ、吹き飛ばすレバート。レバートの意図を汲み、ロジェラも月の神を蹴り飛ばす。
衝突する神々。鈍重な音が響く。更にレバートはアベンジ・ヌスクを投げつけ貫き、ロジェラのグラムの暗黒光が二柱を斬りつけた。
「フハハハハ、よくやった!【死嵐濫旋・鏖】ッ!」
「穿て、【獄炎弩弓】‼」
同じ場所に固まった神々など、いい標的でしかない。ヤーレアが砂塵を纏った死の風の嵐で神々の身体を擂り潰し、おろし、鑢る。身体が削り取られていくそれは、拷問のような苦痛を神々に与える。
ジギルは、改良した炎のバリスタを放つ。神々の身体を貫き、焼くだけでは飽きたらず、死嵐濫旋に乗り、触れた者を取り込み喰らう火災旋風を巻き起こす。
「がァあああぁァァァァ!殺す……貴様らは太陽神様のためにも生かしてはおかぬ。この命に代えてもッ‼【月よ、墜ちろ】!」
「【呪われし樹海よ、贄を喰らえ】!」
下を見れば不吉な紫色の霧を纏った、お伽噺や童話に出てきそうな魔の森が世界を侵食し、人間や勇者さえも喰らっている。上を見れば凶悪な笑みを浮かべた月が、赤熱を纏って大地へと迫る。
「この戯けがァッ!そんなことをすれば一帯は不毛の大地と化すぞ」
「……我らが降臨を果たせば、魔獣に支配された別大陸でも開拓するまでよ、ハハハハハハ、キャハハハハハ!」
狂っている。その言葉がこれほどに似合う者がいるだろうか。全生命を吐き出し、ただ、ジギルたちを殺すためにのみ生きている。
「月の神は様々な別側面を持つと言われ、それは月の満ち欠けに照合される。ここまで言えば分かるだろう、ジギル」
ヤーレアが絢爛豪華、万物一笑の嵐の王にしては珍しく、焦ったような表情でジギルに言葉を投げ掛ける。
ジギルとしては魔の森の対処で思案の暇もないのだが、ここまでヒントを与えられれば、考えるまでもなく答えが導き出される。
「今は月が墜落して来ている。つまり上空は、惑星単位の広い目で見れば強制的な新月ッ。新月の月神アルセナは闇に堕ちた狂気の神。こやつ、月落としだけでなく自分自身の狂気を引き出したか!」
鍛炉とレバートが魔の森を焼き払う。ロジェラは斬っても尽きぬ敵に対する歓喜にうち震えながら、うねる木々を悉く殺して行くが、キリがない。
「あぁこなクソッ!剣がどんどん折れやがるッ‼」
「いいじゃねぇか!いいじゃねぇか♪☆」
何もよくない。再生能力が高すぎる。それに、広すぎる。何より霧が邪魔だ。視界を塞ぐだけでなく、呪いと毒が含まれている。
鍛炉は護布で、ロジェラは何故か、毒霧を無効化しているが、レバートは呪いを耐性で防げても毒に対する対処ができない。喀血する。【再生】スキルで何とか持ちこたえているが、長居は危険。
魔の森を止めるために、九十九は森神を殺すというアプローチを取ろうとする。が、肝心の森神は大樹の殻に引きこもり、森の養分となっている。
「破ァッ──おらおらおらおらおらおらおらおらオラッ!」
死ぬまで彼は森の肥やしとなり続けるが、頑丈さとしなやかさを兼ね備えた大樹は幾ら殴ろうとも壊れず、傷つけても瞬時に再生。手の出しようがない。
カイザーは月神を殺すため、斬りつけ、毒を盛り、命を断ち、あらゆる手段を尽くす。しかし、狂気に囚われた神は意に介さず、全て受けた上で、嗤っている。
ヤーレアが月に死の風をぶつけてみるも、焼石に水。暖簾に腕押し。効果が全く見られない。精々クレーターの面積が広がっているくらいだ。到底、月を消し飛ばすには足りない。
死の風で包んで全方位から削れれば効率も上がるのだろうが、あの広大な球を一度に包みきるには、一帯の空気の全てを操らねばならない。
だが、呼吸に使う空気を度外視で使い果たすなど論外。そして何より、今からそんな大魔法を組み立てる時間はない。
(クソッ!ヤーレアでも月の破壊は不可。オレが魔の森を焼き払った上で狂騒の月を割る?不可能だ。圧倒的に時間が足りない)
思考を限界まで加速させた。一秒は一日に。だが、思考を加速しても行動までもが速くなるわけでもなく、魔法の構築スピードも変わらない。新しい魔法を閃いても、実行するだけの時間がない。
それでも全ての可能性を検討していれば、時間はジギルの思考を取るに足らぬと嘲笑うように刻一刻と過ぎていく。
(優先順位が高いのは魔の森、月の落下まではまだ刻限がある。だがそれもあと何分、……いや、何秒だ?)
月が最も威力が高いことは分かっているが、魔の森は放っておけば生態系を食い散らかし、大絶滅を引き起こす。
だが、魔の森が森の神を殺すことで消滅する可能性があるのに対し、狂騒の月はアルセナを殺せども止まらないだろう。
「カイザー、目標変更だ。森の神を叩け!」
「了解ッ!」
カイザーが瞬時に大樹の前に姿を顕す。気配も予兆も悟らせぬ移動からの斬撃。毒が樹を蝕む。
竜に由来する毒は、仮令それが神聖なる大樹であろうとも関係なく侵食していく。だが、……腐り果てた表皮を破り棄て、新しい幹が生まれる。
「これは……再生というより……」
成長、星の寿命すら貪欲に喰らい、勢力を広げる圧倒的な成長力。それこそが、この森を不敗不滅足らしめている。
森を放置すれば惑星が滅びる。月もそうだ。あんなものが降り注げば大絶滅どころか星の中核すら破壊される。
だが凶つ神たちはそれを理解していない。そんな簡単なことも、最早理解できないほどに頭が沸騰している。
他の神々が観測していれば或いは、止めるために干渉してきたかもしれない。が、とあるお節介がそれを阻んでしまった。
『あちゃー。魔王クンたちの手札を隠そうとしたのが裏目に出たカナ。不味いネ、コレ』
ゲレンが外界からこの場所を観測することを防いでいたことが、完全に仇となった。
「いや、何も変わらぬ。奴等は仮令この光景を見せられようとも楽観していたであろうな。……全く、イカれた戯けどもがッ!」
『怒る暇があったら対処しなヨ。って、普段のボクなら言ってるんだろうけどサ、今回はちょっと責任感じててネ。……対策は打ってる。神殺しの準備をしなヨ』
気楽な道化だった筈の少女の言葉。だが、途中からおどける口調が消え、冷淡な声がジギルの脳内に反響する。
───奴等を、神々を殺せとジギルを駆り立てる、酷薄で絶対零度よりも更に低く冷たい、突き放したような声が。
「ハッ。無論、やってやろうではないか!……して、その対策の布石とは?」
『見ておけばいいサ。……来るヨ。終演の幕開けといこうカ!』
何よりも目映い閃光を見た。マイナス27等級、いや、更に眩しい。最初は上空から、だが、知覚したときには上下から。光が世界を埋め尽くした。
目に頼らずに世界を見ると、森は雪原に変わっており、燦々と輝く太陽が、天動説が信じられていた時代、人々が思い描いていたように、地球の上空にあった。
次回で神殺しの物語、完。
因みに未来編では次回、ジギルが登場しますのでそちらもよろしく(告知)




