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失意の少女

「知らない天井。ここは……?」


 聖女が目を覚ませば、そこは牢屋(?)だった。


 疑問符をつけたくなるのも無理はない。格子や魔力封じ、結界こそ施されているものの、待遇的には宿屋と変わらない……いや、高級宿屋と言って差し支えない程豪勢だった。


「目を覚ましましたか、聖女」

「……貴女は、確か戦争のときの弓使い!」

「ええ。魔王直属特殊部隊所属、凉白夜空です。もうすぐ『元』がつくかもしれないですけどね」


 銀髪の美少女は自嘲気味に言った。発言の意図がよく分からない。だが、そんな些事に付き合える程、今の聖女の心境は安定していない。


「それよりもここは!」

「魔王城近く、レビュー五年連続一位の超高級五ツ星ホテルです」


 本当に超高級ホテルであった。肩書きが物凄い。言葉を失う聖女。到底、捕虜を監禁するに適してるとは思えない環境だ。


 それに、凉白は魔王城近くと言った。忌むべき敵の本拠地が目と鼻の先。窓の外を覗けば、豪奢なジグラットがそびえ立っている。


 聖女は無様にも連れ去られたが、それでも自分は魔族にとって相当な危険人物であると認識している。なのに何故こんな場所を選んだのか、全く意味が分からない。


「貴女が死なないための苦肉の策、らしいですよ。私も、貴女が自害しないための監視役と言ったところです」

「私の死によって魔眼が誰のものでもなくなることが、月神強化のトリガーだから……でもなんでホテル?」


 至極尤もな問いだ。凉白が味方の恥部を突き付けられたかのような苦々しい顔をする。


「苦肉の策なのですよ。牢獄よりは高級ホテルの方が死ぬ気も失せるのではないかという……」

「馬鹿にしてますよね!」


 聖女がベットから飛び上がる。これまた至極真っ当なツッコミであった。凉白は、もうどうとでもなれとばかりに現実から目を反らす。


「取り敢えず低反発マットレスは生産数が未だ少ないので暴れないでください」

「巫山戯てますよね!」


 論点が違う。因みに、低反発マットレスはレバートの曖昧な知識をジギルが何とか再現したものだ。


 それ以外にもあの三年間で様々なものが発明されているが、そんなことは聖女の知ったことではない。


「呪具は全部没収。脱出は不可能。神々のために自害するのが、正しい聖光教徒としての在り方なのでしょうが、そんな気も失せましたよ。……はぁ」



※※※※※※



 静かなる行軍。狙うは神殺しの座。前回の偶発的遭遇とは違い、今回は神との戦闘こそ本懐だ。必然的に、緊張が漂う。


 対する王国も急遽部隊を編成。難民兵と寄せ集めの国民で紙屑のような防壁を築いている。


 だが、彼らには勇気があった。勇者と神託者、天使、そしてまもなく降臨なさる神々。そのために命を捧げる覚悟があった。


「そこをどけ。人間」

「決して退かない。知っているだろう、魔王」

「ハッ、神託者よ。貴様以外に怨みはないのだがな。そこまで闘いたいのなら仕方あるまい」


 尊大に歩む魔王は狂戦士のように正気を失った瞳で襲い掛かる兵士達を鎧袖一触。有無を言わさずただの肉塊に変えてしまった。


「存分に生存競争をするとしよう!」


 神魔大戦。それは神々と魔族の生存競争だ。行く宛もなく、仕方なく星を蹂躙、征服しようとする神々とそれを拒む原生生物の生存競争の歴史だ。


 其は巨岩を破壊せしめる鬼の拳。

 其は至高の鍛治師の魔剣。

 其は嵐より出でた死を運ぶ風。

 其は一人の復讐鬼の胸の内に燃えたぎる炎。

 其は万能の王の絶技。


 有象無象が幾ら数を揃えようとも、敵うわけがない。ここにいるのは正真正銘の一騎当千の英雄たちなのだから。


「レバート君っ。これだけ人を殺して、貴方の心は痛まないのですかッ!」


 復讐鬼に詰め寄る勇者たち。だが、彼ら勇者たちは徒党を組めどもかつて最弱と呼ばれた勇者に敵わない。


 相手を出来るとすれば、そう、例えば規格外の猛獣たる勇者だ。


「レバートォォ。遊びにきたぜ♪かはッ☆」

「この、狂犬がッ!」


 何故だとレバートは悪態を吐く。早すぎる。今はギリギリ神々が降臨する前。ロジェラが来るタイミングが前回の時間軸と合わない。


「不思議そうな顔してるなぁ。そういう顔が見たかったんだよ!教えてやろうか?特別に教えてやるよ。俺とお前の仲だからなぁ☆」


 猛撃を凌ぐ。先程よりも、時間遡行前よりも、剣撃の一つ一つが鋭く、速い。ひたすらに狂っていた獣が技を覚えたような錯覚を覚える。


「オレは、覚えてるぜ」


 何を、などと無粋なことは問わない。何故、などと無意味なことは問わない。


 重要なのは事実、彼は本来レバートとゲレンしか覚えていない筈の記憶を持ち合わせている。それは覆しようのない純然たる事実だ。


 ロジェラの異様な性能、それは彼の持つスキルに起因する。 


 ───【規格外(エクストラ)


 全てにおいて規格外。常識はずれの成長速度、神速を上回る思考回路とそれを台無しにするほど狂的思想。神でさえも御しきれず、神でさえも創った覚えのないスキル。


「人間を、神を守るってガラではなさそうだが、何故ここまで執拗に俺を追いかける」


 必中のグングニルを五連続で殴って弾き飛ばしながら、根本的な疑問をぶつける。ロジェラが本当に人命を守ろうとしているのなら、余りに人命の扱いが軽すぎる。


「前から言ってるだろ?オレは強ぇヤツと戦いてぇんだよ!」

「なら陛下の方が強いぞ」

「んじゃあテメェに一目惚れってことでいいぜ?」

「ここまで嬉しくない告白は始めてみたな」


 辟易とした顔で委員長を仏陀斬ろう……としたところでジョナサンが割って入る。どういう方法かは知らないが、ジョナサンは死んでも復活する。その能力で何度も味方の死をカバーしている。


 苦悶の顔から察するに痛みはあるだろうに、見上げた度量だ。それがレバートにとっては厄介極まりない。ロジェラという難敵が立ちはだかっている中邪魔されると、致命的な失敗に繋がりかねない。


「俺と一緒に神殺しというのはどうだッ!っと」


 再度飛来するグングニルとその主たる勇者の……何とかを同時に大剣で叩き斬り、もう片方の手の槍で五人纏めて薙ぎ払う。


「最ッ高の難敵にライバルと一緒に挑めて今ならその後に決闘を行う確約付き。悪くない条件だろう。何より神殺し、してみたくないか?」

「ロジェラ君、惑わされてはダメです!君まで死にますよ!」

「……あぁ?うッせぇんだよ先公。オレはレバートと話てんだよ。……それに、神を殺せば俺は死なねぇ。レバートと決闘するまで死ぬ気はねぇ」


 ロジェラの意見が傾いた。時間がない。焦燥が勇者に見える。それがレバートにとっては隙、隙、隙、隙、隙。流石にジョナサンのカバーも追い付かない。そして何より、


「仲間を助けるのを躊躇った。貴様は仲間が死なない場面でも出来る限り割って入っていた。が、それを躊躇するということは、」



「その能力、回数制限があるな」



 図星だ。動きが僅かに鈍った。退くか行くか迷った。レバートが切り上げる。槍の穂先が掠めただけ。間合いの届くか届かぬかのラインだった。


 だが、レバートは確実に届くという確信のもと、槍を振るった。そして、穂先さえ触れれば両断できるとも考えていた。


 嘘のようにジョナサンの体が真っ二つに裂ける。レバートの筋力と遠心力で強化されたソニックウエーブと武器性能で切り裂いたのだ。


「さぁ、あと何回だ?」


「止めろおおおおぉぉぉぉぉ!」


 またもグングニルが飛来する。これだけ狙われれば、そろそろ鬱陶しくもなる。対抗するようにレバートも虚空から槍を取りだし、蹴った。 


 それはレバートの写し身となりて黒炎と怨雷を纏い、正面からグングニルを打ち砕いた。伝説の魔槍が木っ端微塵に砕け散る。いつかは壊れるものだと理解していても、信じがたい光景だ。


 アベンジ・ヌスクは未だ勢いを失わず、グングニルの所有者ごと建造物を何棟も爆砕(・・)しながら貫いた。レバートは何食わぬ顔で電磁力を以て槍を自分の手元に取り戻す。


「くそっ、あと何度だろうと知ったことか!意地でも食らい付くぞ!」

「いいや、あとゼロ回だ」


 ───コフッ


 ジョナサンの胸に剣が生える。吐血。心臓も肺も殺られた。だけどまだ残騎が……ない?


「……今の一度で五回殺したのか。見事、という他ないな」

「察しがいいなぁ、レバート。キヒヒヒヒ。と言うわけで悪ィ、オレの力は決闘特化型なんだよ」


 拳と拳を軽くぶつける二人。常人からすれば本気の殴り合いに見えるが、二人にとっては朝飯前、ほんの軽く拳を振るっただけだ。


「なんだよ。以外と仲間ってのも悪くないじゃねぇかよ」

「信のおける仲間というものはいいものだぞ?それは復讐に身を費やしても変わらん」

「ま、そろそろ行くか。出遅れた分は取り返さないとなァ!」

「誰に向かってものを言っている。当然のことだ」


 勇者戦力はほぼ壊滅状態。レバートとロジェラのコンビに勝てる未来が見えない。それでもすがるアナスタシア教諭。教導する大人としての意地が彼女に最後の力を与えていた。


「……何故、何故こんなことが出来るのですかッ!悩みがあるなら相談してくださいよ」

「神を殺したい。神託者を、聖光教会を破壊したい。ただそれだけだ」

「……魔族になって、人の心は、失ってしまったのですか!友達を殺して心は痛まないのですか!」


 今更過ぎて呆れる二人。片や、強者を殺すことに愉悦を覚える狂犬。片や、目的のためには手段を選ばない復讐鬼。


「勘違いするな。魔族にも思いやりの心はある。……俺は復讐を誓った。殺すことに躊躇うようでは到底復讐など成せん。心が痛もうとも、ただ生の目的を達成するために突き進むだけだ」


 ぐしゃ


 蹴り飛ばすと、人体から鳴ってはいけない音がする。頭部が潰れた。もう起き上がることはない。


 最後まで心配をしていた彼女に何も感情を抱かないと言えば嘘になるが、それでもレバートは決して振り返らない。


「さぁ、いいねぇ。ワクワクするぜ♪一世一代の見世物だ」

「努々、油断はするな。約束を果たせないのは目覚めが悪い」

「ハッ。死なねぇよ。この世の強者、全員下すまでな‼」



※※※※※※



「少し、話しませんか?ずっと沈黙というのも……。いえ、嫌なら嫌でいいので、ただ、聞くだけでも……」


 聖女の言葉に対する凉白の返答はない。だが、それでも彼女は言の葉を紡ぐ。


「聖職者が告解する立場になるとは、何とも奇妙というかなんというか……」


 少しの静寂。壁に向かって告解しているような気分だ。


「私は、孤児で、神託者に拾われ、育てられて聖女になったと思っていた。……でも違った。あんなにも暖かな温もりと恩を忘れていた。両親の存在の記憶を封印されていて、別の記憶に置換されている


 変な気分です。二つの人生を同時に生きたような、そんな感覚。でも、両親と暮らした日々の方が、現実味があって、感触を思い起こせる。


 名前も、親に付けてもらった名前を使うか、聖女としての名前を使うべきか。


 ……私は、どうすればいいのやら。神々に仕えることしか知らない半生が否定され、自由というものは分からない。やりたいこともない。


 本当に、どうすれば……。って、貴女にするような話ではありませんね。失礼、気の迷いなので忘れてくれて結構」


 呆然とシャンデリアを眺める。少し跳べば届くというのに、今はあの豪奢な輝きが遥か遠い。


「……本当に。絶賛、貴女と同じ悩みを抱えている私に相談するような事案ではないですね。むしろ私が問いたいくらいですよ。これからどうすればいいのかなんて」


 凉白が口を開いた。小さく、空気に消え入り、溶けそうな声。


 失意の少女二人が、果たしていったい、この世に何をもたらすのか。


『神のみぞ知る。ってネ♪』

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