陽光は月に喰われる
投稿、遅くなりました。
今回そこそこ長い上に、一回途中保存を忘れて書いていた五千字位が全部消えるという事件が……
一回書いたことをもう一度書くときの徒労感が凄かった。
障壁を抜け、そこに至った。
天使の大量奇襲の何するものぞ。
拳を以て陰謀、策謀、権謀算術その悉くを皆一様、木っ端微塵に粉砕せん。
力を前に正義も悪も等しく無力。
裏切り勇者の、渾身の一撃。
それだけで祭壇は崩壊。
下準備、儀式、犠牲、コストは全て無駄無駄無駄。
淡い水泡と化した。
※※※※※※
終わったのだ。全て。
そしてレバートたちにとっては始まったのだ。全てが。
神の陰謀を打ち破り、神殺しの偉業を成すための第一歩。これにてようやくスタートラインに立てた。
「ハアァァァッ‼」
なんて鮮やかで単純な色彩。単純な動き。それでいて何よりも疾く速く。聖女も勇者も、自らの敗北を認めざるをえない。土俵が違う。位が違う。
聖女ならば相性の問題で幾らか喰い下がれるが、それでも援軍が来なければそれまで。一対一勝負では確実に敗北する。
だからこそ、人々は認めた。
逆に言えば、人ならざる者は認めなかった。片翼の異形が【憤怒ノ魔眼】もかくやの無念怨念そして執念醸し出しながら立ち上がる。
「───認められるか。──こんな結末は有ってはならないッ‼──神は万能。──神は全能。─失敗など有ってはならない。───この世に存在することが禁忌也!」
溢れ漏れ出る怒気狂気。相変わらず素顔はヴェールに包まれ全く見えないが、それでもその顔が憤怒に彩られ、歪んでいることは容易に想像できた。
「本性を表したか。外道」
「───計画失敗?否!───作戦続行!──神敵排除。───神々よ人世に」
表面は一見憎悪に狂っているように見えても腹の中の魂胆は違う。腸と心臓は氷で出来ている。そう言われても信じるほどに冷静沈着。
いかに計画を修正、成功させるか。その一点のみを考えている。
「───計画内容再確認。───神々の招来。──難点、邪神世界障壁破壊時エネルギー不足。──作戦立案、採用」
思考終了、これより行動開始。そう言うと、大規模な魔法陣が足下に展開される。
「──緊急時用勇者送還システム、強制起動」
「なッ⁉」
レバートはそんなものがあったのかと驚愕させられる。彼が聖光教会の者に最初にこの世界と召喚された理由については説明されたときは魔王討伐を達成するまでは帰還は不可能という話だった。
いや、ある意味でそれは真実なのだろう。
神々にとって邪魔で都合の悪い、神殺しなどという許しがたい所業を目論む魔王討伐する、もしくは神々がこの世界に君臨し、直接魔王を誅するまでは帰す気はないのだから。
そして勇者は自分で帰還できる程の力を持たない。ならばそれは帰還が不可能ということと同義。
「成る程な。そして何かの拍子で勇者がこの世界にいると都合が悪い状況に成った時用に緊急送還システムなどというものを作ったのか。だが俺一人送還したところで陛下がいる限り貴様らの敗北は変わらん」
余裕綽々。術式の内容を魔王から授けられた片眼鏡の解析機能と自分自身の知見を合わせ、熟練の名探偵のように解体していく。
「そもそも、復讐を成すまで帰る気は無い。否。例え復讐を成功したとしても俺は陛下に最期まで奉仕する所存。行きと違って帰りは勝手に送還などされる気は無い……いや、まて。全員に施す?圧倒的に魔力が足りないだろう?──貴様、何を!」
鮪を解体していると思っていたら実際は全く別の魚に対して包丁を振るっていた。そんな違和感がナイアガラの滝も真っ青な怒濤の勢いで押し寄せ飛び出す。
「───当然、この儀は入念なる下準備を要する。───特に肉体の送還は困難を極める」
ヴェールの奥の顔は見えないが、明らかに先程までの憤怒や憎悪と違い、愉悦と嘲笑、そして恍惚とした表情で歪曲していることは確定的に明らかだ。
「───なら、魂だけなら大丈夫ということだよなぁ。───ハハハハハ、ハハハハハハ!」
「外道が!」
神託者が描いた戯曲の台本はこうだ。勇者の魂だけを送還。世界を越えるときには行きと同じく邪神、魔族の神の造った結界を破る必要がある。
本来なら肉体ごと送還することでより大穴を開けたいがそれは不可能。だがせめて少しでも神を排他し、この世界を独立させる結界を穿つことで神を君臨させようという訳だ。
「───魂だけだが、貴様らの望んだ帰還が手に入るぞ?───もとの世界で亡霊として悠久の時を彷徨うといい」
「チッ!!魔眼よ。我が憤怒よ。呪え!────■■■■■」
悪性の醜悪なる笑い声。対抗するは無意味で言葉にならない叫び。然れどそこには確かに意思があった。怒りという至極単純で原始的な感情の意思が。
「───さぁ、贄となれ。───勇……コフッ……?」
「地獄に堕ちよ。外道」
突如現れた人影。背後、完全なる死角からの刺突。されど術式は止まらない。止まれない。死しても維持でも神を降ろす。それが使命。それが忠誠。それが本能。それが絶対也。
「───アアアアアァァァァァ!」
「無様な魔法よな。ほれ、綻びを一度突いてやるだけで淡く壊れるではないか」
コツンと、地面を踵で叩く。それだけで、光は消え失せた。超絶の神にも勝る魔技。そんなことを出来るのはこの世でただ一人。最強たる存在のみだ。
「ふむ。少しで遅れたか。どうやら見せ場はもう大半が部下に取られていたらしい。……敵討ちにそこな外道を殺せたことで満足すべきか」
「感謝します。陛下」
「あぁ。今は膝を付かずともよい。敵地故な。しかし成る程。魂を飛ばされることを覚悟して全員に魂をその場に縛り封印する魔法をかけたか」
一瞬で看破。見てすらいない。聞いてすらいない。ただ肌感覚で。ただ直感で。ただ雰囲気で。レバートにロクに隠蔽する気が無かったとはいえ、普通では考えられない超常。
「流石でございます」
驚嘆。尊敬。そして崇拝。滲み出る敬意が、その場にいた者にレバートは魔族に加担しているという事実を。嘘だと願いたかった事実を突き付ける。どうか二重スパイであってくれと願った者もいた。だが、この忠誠を見、そして演技でここまで出来る筈がないと悟る。
「なに。驚嘆するのはオレの方よ。自分達の身を守るために自分自身を呪うなど、一つ間違えれば永久に魂がその場に残る地縛霊になるやも知れぬ、あの外道の方が魂が彷徨える分、余程マシだったと後に後悔するようなことを思いつき、実行し、成し遂げるとはな」
いっそ大仰なまでに語ってみせるジギル。それは戦場においては不要な説明であり、戦後においては有効な脅し、つまりは脅迫である。
「あぁ。勇者。動くなよ?貴様らの魂はレバートが掌握しているということを忘れるな」
魂を呪いで縛っているということはそれを活かすも殺すもレバート次第。生殺与奪の権利を完全に握っているということだ。勇者は萎縮。動けなくなる。
逆説的には、勇者以外は動けるのだ。
禍々しい黒紫の鎖が、同色の腕が、剣が、レバートに四方八方から襲い掛かる。が、全て悉く物理法則を無視したような動きで大剣を振り回し、切り伏せる。
「回復していたか。聖女」
返答の声は無し。然れど返答は有り。凶悪極まる太陽光線にて。レバート避けることも出来る。が、直線上には敬愛すべき魔王陛下がいる。ならば避けるわけにはいかない。喩えこの程度で死ぬ御方ではないと知っていても、それとこれは別だ。
盾で弾く。爆発カタパルト移動に用いた大盾だ。太陽光線の熱量に耐えきれず表面が熔け爛れるが、何層にも重ねられた金属板は容易には貫通を許さない。
そして何より、レバートが熔けた部分を【無機物操作】で繋ぎ合わせている。
「グッ………カハッ。ハァ、ハァ、ハァ……ケホケホッ」
聖女の額に脂汗。未だ完全回復には程遠い模様。明らかに道理を無理矢理押し潰して無茶を通している。そんなものは往々にして直ぐに破綻すると相場が決まっているというのに。
「あと、少し。……もう少し、動けッ。私の体‼」
希望を捨てず。勝利を捨てず。未だ諦めずに、聖女は持っていた。まだ、戦う意思を。この瞬間までは。更なる絶望を突きつけられるまでは。
「ふむ。嵐の王はここに君臨せりと格好良く決めたかったのだが……何だ。もう片付いていたか。魔王もここにいるとはな。少し遅刻か?」
「どうあれ喜ぶべきだ。作戦成功だからな」
トドメの一撃。もはや勝ち目無しと、いくら不屈な聖女でも、悟るには充分な戦力差。崩れ落ちる。
嗚呼。終わったのだと。奴隷か植民地か。どれにせよロクでもない未来待ち受けているに違いないと諦感の沼に沈む。ズブズブと。ゆっくりと。魂が侵食される。
「さて、成る程。この祭壇の術式からして空間を繋ぐ方法は、……敵地でやるようなことでもあるまい。帰って確と試すか。よし。行くぞ」
阻むものは無し。拒むものは無し。無敵の少数精鋭が悠々自適、傲岸不遜に神への祈祷を捧げる場を横領闊歩する。だがそれを止める者は
「待ってください……」
いた。
「まだ、教育相談は終わっていません」
教師らしく、教育相談なんて言葉を使ってみせるのはもとの世界での担任、アナスタシア。恐怖に声を震わせ、それでも自身を鼓舞することによって足を動かし、行く手を阻む。
「そのようなもの、していた覚えはないな」
気にも留めずに横を過ぎ去るレバート。その服を掴むアナスタシア。手も声同様に震えている。直ぐに振り払えるほどに無力。強引に腕を振る。
「……ッ。将来の進路は担任に一言告げるのが筋というものでしょう。それに、生徒が間違った方向へ行かないように補導するのも先生の役目です。一人で、親御さんに告げずに勝手に決めた進路が人類に仇成し殺すような未来だなんて、……」
それでも、自分が倒れてもレバートの足を掴んで放さない。
「自分の立場を弁えているのか?生殺与奪の権利は俺が持っている。殺そうと思えばいつでも殺せる」
「ですがそれは、私たちを救うために
「……否。俺は奴の、憎き神託者の目的を阻止し、神をこの世界に降ろさないためにそうしたまでだ」
レバートの眼光が名刀をも凌ぐほどの鋭さを見せる。威圧がアナスタシアの全身を駆け巡り、力を奪い、麻痺させる。逃げたいという一心に体が支配される。
「それでも。それでも私は‼」
維持だけで立ち上がる。咄嗟にレバートが魂を縛り上げる。脳に迸る激痛。だが足は止まらない。涙を流しながら、足掻く。
「仕方あるまい。ここで時間を使うは下策よな。【眠れ】」
どれだけ意志の力を持っていても、魔王の命令には抗えなかった。本能が快楽へと、楽な方向へと進む。
「うぁ……待っ」
呼吸はあるが、まるで死人のように固まる。
「さて、改めて、帰還するぞ?」
「否、少し遅い」
第三者の声、唐突に。誰かと誰何の声を上げ、……そして一瞬にてその正体を悟る。溢れ出るオーラ。
「侵略しに来たか、神!」
二柱の神々がそこにいた。
※※※※※
神会 神議会円卓
「今代の神託者が殺られたか」
老齢な男。
「あら残念。面白そうな駒だったのに」
妖艶な美女
「ククク。計画失敗か」
闇に包まれた■。全てが不明。
「あくまで第一段階が、だがなぁ」
邪悪な男。
「油断するとは。魔王もらしくない」
理知的な女。
「我々は機械でも人形でもないというのに」
未亡人のような女。
「して、誰が行く?」
飄々とした男。
「オレだ!」
派手な男。
「それは無理だな。太陽の。貴様では神気が強すぎる。確実に結界に弾かれる」
それを諌める老齢な男。
「チッ!!まぁいい。つっーことなら、眷族に行かすか」
案外、冷静な判断を下す派手な男。
「月と、森か」
四本腕の女。
「その程度の神気なら丁度いいな。異論があるものは?」
老齢な男が意見を取りまとめる
「有りって言いたいところだが、大半が太陽に借りを作っているからな」
恰幅のいい大男。
「相変わらず、荒々しく見えて根回しが上手いな」
■はくわせ者を見る目で派手な男を見つめる。
※※※※※※
一瞬。名乗りを上げるまでもなく奇襲の金光線。それは同時に魔王と神の内の一柱、月の神から放たれた。空気が蒸発する音が聞こえる。地面が溶岩地帯へ生まれ変わる。
だがその地獄絵図も一秒後には輪廻転生。恵みの森林が埋め尽くす。死病もたらす風が駆けるが、相手は林。防風林。風を阻むもの。概念が死病の風の侵入を拒む。
神のエネルギー源は情報思念。そこに宿る莫大なエネルギーで生きている。故に世界という農園が、人間という家畜が必要不可欠。
つまり人間は食料というわけだ。そして、食は体を作る。つまりその体は情報思念や概念の塊。そのため、彼等彼女等神々の行使する御技には科学法則よりも概念が優先される。
だから、嵐を林で完全に遮断できるのだ。更に、死の風で林を、木々を殺しても、鮫の牙のごとく直ぐに生え代わり、大森林を維持する。
勇者が状況に着いていけない中、魔族は攻勢を仕掛ける。死の風が効かないなら森に火が付く。ドス黒い怨念の炎。それは森を焼き尽くす。
「小癪ッ!」
「燃えろォッ!」
再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却、再生、焼却……………。
一瞬の時の間に無限に繰り出される、両者一歩も引かない攻防。どちらも決め手に欠ける削り合い。だが、このままではいずれ魔力総量で勝る森の神が勝利する。
「そうはさせねぇ、よッ!瀧酒!」
大量のアルコールが炎に勢いを付ける。
焼く。焦がす。燃やす。燻す。森林破壊や温暖化増進等と環境保護団体が確実に文句を言うであろう所業。
湿って燃えにくい熱帯雨林の木々に【冬ノ魔眼】で冬を強制的に到来させる。木は目に見えて枯れる。栄華を極めた大樹海が一転、御伽の邪悪な魔女の住む枯れ木の森のごとく荒れる。
「乾燥したいい薪だ」
「盛大に燃えろォッ!」
憤怒の黒炎、瀧酒のアルコール、そして鍛炉の取り出した第二の魔剣による炎。燃える。冬を上書きする灼熱地獄。極寒の乾燥地帯に君臨する。
開けた道を突撃。突貫。
稲妻のような電撃速攻。だがしかし、攻めきれない。それどころか相手出力は上昇している。
「囲まれた、か」
森の中に突貫した結果、背後の森が再生し、中心部に入り込んだ形となってしまった。
「まさか最初から罠……?」
「いや、それはないな」
凉白の思い付いた可能性をレバートは即座に否定する。
「それどころか、奴には正面から物量作戦で強引に押しきることしか脳がない。偶々、偶然だ」
「いやいや、回復するのが幾らなんでも早くないか?障壁越えるのに大分エネルギー使ってた筈だろ⁉」
そう。偶々、中心部に入り込んでしまった。偶々、数個ある最短ルートの中から一つ、このルートを選んでしまった。偶々、森の神の想像よりも更に早く森の神が回復した。それだけのことだ。
(しかし、これは不味いな)
※※※※※※
「鬼神、九十九は貴様の部下の方へ向かわせておいたぞ?何、我らだけでもこの程度の神を殺すには余剰戦力というものよな。……いや、知らんけど」
「いや、間違ってはいない余剰過剰もいいところ。…というか、貴様も一応オレの部下であろう。まぁよい。神殺し、派手に幕を上げるとしよう!」
大爆発。そして極光。それを輝く障壁で受ける月の神、アルセナ。
「神を殺す?──無礼者無礼者無礼者無礼者無礼者無礼者無礼者ッ!足蹴にして腸を切り裂いて全身を細切れにし、塩を塗り込んだあと、目玉と脳髄を抉り出してやる!」
人間が聞けば幻滅することは確定。人類百年の忠誠も一秒を待たずして急速冷凍されるような醜悪な言葉。されどそれは人類に受け入れられるであろう。何せそうあれと人類が願った神のカタチなのだから。
こと月の神アルセナにおいては特に。
神のエネルギー源は情報思念。故に概念が優先される。つまり端的に言うと影響されやすいのだ。人類を自分達の養分として起きながら、人類の思念の影響によってそのあり方が変わってしまう。歪められる。
月の神アルセナは月がその姿を変えるように、多重人格にも見えるほど、神格の差が激しい。二面背律、矛盾精神。それがアルセナ。
百貌にして千変万化。あるときは慈愛に満ちた神。あるときは人類の行く末を照らし、導く守護神。あるときは狂気に至った蛮神。あるときは全てを嘲り笑う、悪性の邪神。そしてあるときは、全てに平等な天災である。
多重人格ならぬ多重神格。きっとそうだ。いや、そうであれと人類に願われたのだ。求められたのだ。多神教における神は必ずしも全てがGod、つまり完璧なる全知全能の善性の神ではない。
「人類を苗床にしながら人類の思念によって歪曲させられるとはな。憐れよの。そして実に滑稽よなぁ!」
「いや、多重人格については貴様が言えたことではなかろう、シルバーよ」
軽口を叩きながら軽快に攻める。ジギルが宝剣を以て斬りかかる。更に魔法を大量同時展開。自分に当たらないようにしながらも、アルセナ目掛けて叩き込む。
脈々と続く連撃。それは、攻撃でありながらアルセナを捉えて逃がさない無限牢獄。アルセナは真に遺憾だが、機会を探るしかない。
ジギルが少しペースを崩す。隙ありとばかりに飛び付き、ジギルの攻撃から脱出するアルセナ。が、その体には心臓がなかった。
「ふん?流石に心臓が引き裂かれた程度では死なぬか。……うぇ、めんどくさ」
心臓を貫く蛇腹剣。風の鎌鼬によって切り刻まれた心臓から血が吹き出す。アルセナは飛行状態を維持出来なくなり、墜ちる。
「……コホッ⁉──ッ!謀ったな、低俗種どもが!」
「戦場で謀をしなくて、いったいどこで策謀を巡らせというのだ?政治の場か?確かに政治は化かし合いだが……
「死ねぇ!」
「おっと。心臓がなくとも元気よな。さて、神をどうすれば殺せるのか。答え合わせをするか。なに、オレも実証してみるまで分からんのでな。少し付き合え」
所詮心臓は神が人に近い姿を持つだろうと夢想され、付いたもの。無くても神は動く。蛇腹剣が今度は首を断つ。心臓は蛇腹剣が抜かれた瞬間、即座に復活。しかし断たれた首は復活しない。
「一つ、死の概念の付与。だがこれでは切断した場所や潰した場所が復活しないだけ、か」
黒炎がアルセナの全身を焼く。発狂。もがき苦しむ。肉体的ダメージは然程でもないように思われたが、段々とその形が崩れていく。
「その二、強い思念を当ててやる。これは擬似的に再現したレバートの黒炎だ。強い怨念にやはり左右されているな。が、死には至らず。本家本元であれば、あるいは、と言ったところか」
ジギルは自己の思考を加速した状態で独り言を呟いているため、実際にはその言葉は零コンマ数秒で語られており、アルセナの耳には届いていない。だがアルセナは反撃に出る。これ以上は不味いと理解していたからだ。
「む?出力が更に上がったか。……回復には些か早いが、レバートの方も不味いな。これは流石に予想外というべきか、しかしいったい何故」
「はっ、そんなことも分からぬとは、耄碌したか?ジギル。ならば早々にその座を明け渡せと言いたいところだが、まぁいい。そもそもこれはその目を持つ貴様の役目であろうに。精々天を見上げろ……流石に風で雲を誘導するには限界があるんだけど」
蛇腹剣が天上を指し示す。そこには燦々と輝く太陽が。
「成る程。全く、自分でその説を提唱しておきながら忘れるとは、『先生と言われる程の馬鹿でなし』とはよく言ったものだ」
自嘲、そして愉快愉快と笑うジギル。
「太陽。そうだ太陽だ。自ら発光すると思われていた月が実は反射で輝いているだけであると観測し、発表したのはオレだったな」
この時代にしては異例の大発見。そして魔族の中では最早常識。人族にも勇者によってその知識が持ち込まれているので、都市部を中心に段々と広まりつつある。
故に、その事実の概念が神により一層、色濃く付与されるのは道理。そして森も、正確に言うのなら植物も然り。
「そういえばレバート曰く、植物は光合成とやらをするのであったな。どちらも陽光より力を獲ていたか」
憎々しげに、そしてどこか面白いと、愉悦を感じているかのような視線で天上の太陽を仰ぎ見る。
「なれば夜の帳を下ろせ。月は夜にこそ輝くものなれど、我が宵闇は曇り空。月も星も 一切見えぬ暗黒世界。故に、月の神よ。憐れなるアルセナよ。そこに貴様がある道理は無し。森の神ファイズよ。貴様はただ呼吸せよ。貴様を照らす光は無し。その緑の体躯は無意味なり!」
言葉が紡がれる度に、ソラを宵闇が侵食する。太陽をまるで喰らうかのように。
※※※※※※
世界は燃えていた。太陽を失った森の神ファイズは回復力、生産力を失い、いまや貯蓄の魔力を切り崩して攻撃している。そしてついに黒炎の勢いに敗北した。森は見る影もなく、煉獄と化している。
「まだ。まだっ!太陽神様の期待は裏切れん。ここで、貴様らだけは確実に」
「諦めなっ【極光】【紫虞魔】!」
魔剣の閃光と紫電が視界を埋め尽くす。開拓。木は塵を残さず全て、全て無に還す。領域が削られ、自身の守護すらままならない。
一点に根差すという性質上、移動はできるものの、足の速さは一般人レベルしかないファイズには避けられない物量で押しきる。
「樹壁!」
無意味。
「貫け!アベンジ・ヌスク!」
「氷の槍よ。矢となりて!」
「【神鳴雷凰】!行けぇ‼」
黒炎を纏った槍が、絶対零度をも更に下回る矢が、黄金に輝く稲光が、制止障壁物理法則を無視する。
一点牙突を極めた攻撃が、物量対策に広く、薄く延ばされた大樹の壁を易々と貫く。
「ああああぁ!我が身は神。故に、死なぬ!」
相当無理をしている。黒炎の憤怒が体中に回り、精神を崩壊させて死を迎える寸前。
その中、ファイズは一縷の光明を。いや、廃止と思われた策が成就する可能性を見た。
「ああああぁああああぁぁぁ。あぁ。アルセナァァァ!」
発狂しながら、叫ぶ‼
※※※※※※
「さて、検証の続きだったな」
「貴様ぁ!」
死の風の死病の呪いを解呪できぬまま、バラバラの体でそれでも尚魔王を睨み、魔法を操る。
「さて、その三。……塵芥さえも残さず滅殺す
「やらせない‼」
邪魔が入る。言葉を理解はしていない。最早速すぎて言語が単一の音にしか聞こえていないから。それでも、本能的に不味いと思い、聖女は惨めな姿となったアルセナを庇う。
「ああああぁああああぁぁぁ。あぁ。アルセナァァァ!」
叫ぶ声。
【陽光ノ魔眼】が煌めく。過去最高の光輝がジギルを焼く寸前、それを止めたのは助けられる立場であった筈のアルセナであった。
聖女の心臓にぽっかりと金色の穴が開く。理解不能。常に泰然自若としている魔王ですら唖然とする。
流石に無いと思っていた。いや、そう思いたかった。いくら神が外道の極みでも、自分を慕う仔らの中でも一番の信心深さを誇る聖女を殺すほど、腐ってはいないと思いたかった。
「フフフ、フハハハハ!待ちわびたぞ。全く、我らが太陽神様の力の化身たる魔眼にしては成長しきっていなかったのでな。この時を待っていた。覚醒の時を」
独白。それは余りにおぞましかった。余りに非道だった。耳が汚染される。そう感じるほどに。
「何……故?」
「貴様は用済み。だが、冥土の土産くらいはくれてやる。簡単な話、単なる培養のための容器に過ぎなかった!あぁ。見込みよりも遅かったが、いいものが出来上がったなぁぁ。これで私は至れる。更に上位へ、高次の存在へとなぁ!太陽神様の加護を得ることで。フハハハハ!ハハハハハハ‼」
怒りすら湧かない絶望に答えるのは非情な声。
「オレとしたことが見誤ったか。神々がそこまで堕ちていたとはな‼」
「衝撃を受けている場合ではないぞ、ジギル!」
「理解しているとも。あやつが何をしでかすか分からないが、とにかく不味い。それだけはな」
※※※※※※
何故、何故。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。
何故!
見返りをくれとは言わない。神には無条件で仕えるものであり、崇めるものなのだから。
だが、その結末が、……あぁ。神の力にはなれたのだろう。
だが、だが、生まれながら私を殺し、聖職者として生きた結果が、こんな不本意な殉教だとは。
神の介錯。それは実に幸福なことだ。
だけど、
だけど
同じ誰かに仕える立場でも。一度くらいはあの復讐者のように、自分の感情のままに生きたかった。
私の本当の名前はなんだったか。
「「■■■■■。愛しい我が子」」
誰かが、呼んでいる。両……親?あれ、何で親の顔を覚えていないの?
私は六歳まで故郷で暮らして、それで魔王軍に故郷を焼かれて……
※※※※※※
神に利用されるために生きてきた。そう。適正のあった培養のための容器だった。何れ死ぬ運命であり。当人はそれを知らず。聖女という身に余る光栄をただひたすらに全うしていた。
一歳の頃に両親が魔眼の存在に気付き、それを神託者が受け入れ、次期聖女として育てられた。これが聖女のだった人生である。
両親の顔も、名前も、自分に最初に付けられた名前すら、彼女は知らない。現在の名前は神託者によって付けられたものだ。
両親と会いたいと、幼少の頃に願ったことがある。魔力と魔眼を全力駆使し、王国中を駆け巡り、……
両親は既に死んでいた。
戦争被害者、ということになっている。が、実際は違う。殺されたのだ。現教皇、神託者と謀り、レバートを殺そうとした、当時は上級神官だった彼が、聖女は神の御子であり、巫女であるが故に、人間の両親など不要と、始末したのだ。
そのあと直ぐにジギルが聖女の故郷の街に進軍したので、その事実を調度いいと利用し、そして神託者は神の力の一端を借り受け、聖女の記憶を改竄したのだ。彼女が魔族に強い憎しみを抱くように。




