電光石火
「え、嘘。……嘘ですよね」
「───貴様、──魔族の間者であったか」
「生け捕りは中止。殺します!」
「待ってください!せめて彼に事情を……」
事情説明を求める声が級友や教師から上がる。最も神に近い者たる神託者さえも狼狽する。それを打ち消すは当人の鶴の一声。
「……当方に語る事情はない。これより作戦開始ッ‼凉白、鍛炉!」
「はい!」
「了解だ‼」
影から二人が飛び出る。その瞬間顕現する冬の吹き荒れる猛吹雪と轟音撒き散らす閃光豪雷の嵐
あえてカイザーの名は呼ばない。だが、影を移動し、カイザーの魔の手は確実に伸び、巡らされている。じわりじわりと、自覚症状のない内に体を蝕む病魔の如くじっくりと、秘密裏に。
その事実を掻き消し、気づかせぬは表の魔手。暴力の質量塊が防衛網や防衛機構ごと押し潰す。
皆殺し、まさに鏖殺。悪鬼羅刹は猪突猛進。一心不乱、遮二無二に祭壇めがけて突き進む突撃槍。
「──【神言】である。──神託である。止まれ」
途端、足が止まる。それは千載一遇の好機。聖女が、皇帝が、教会近衛兵たちが、勇者の制止を振り切り、先頭に立つレバートを殺さんと武器を手に飛び掛かる。
「……だが断る!」
それは罠。憤怒と血にまみれた復讐者の足は神の制止などでは到底止まらない。神を穿つ。その日までは、決して。
【操作】によって教会が魔境へと変質する。地から出でるは棘、槍、杭。鎧を貫き穿ち、屍の山を生産する悪夢。ルーマニアの串刺し公爵も驚嘆するであろう所業。
「チッ、腕を持っていかれた!しかもご丁寧に毒つきときた」
「待ってください。今、回復を。陽光よ。傷を照らし、癒……」
「遅い」
皇帝に紫電が突き刺さる。【憤怒ノ魔眼】による攻撃は一つ一つに怨念が、憎悪がこもり、直撃したが最後、余程の呪詛に対する耐性でもない限り、その精神をレバートの持つ怒りに犯され、呑み込まれる。
「アアアアァァァァガガ!?……何だこれはァァァァ!?」
「死ね」
旋風が走る。教会を彩るステンドグラスが悉く、最後の一つまで砕け散る。アベンジ・ヌスクの投擲。音の壁を易々と越える弾丸のごとき炎を纏った槍。
大剣を片手で扱い、精神汚濁状態で尚、本能の警鐘に従い、槍を打ち払う。槍は上空に打ち上げられ、虚しく虚空を回転する。
だがそれで精一杯。続く二撃、三撃には到底耐えられない。皇帝の体がひび割れ、骨が砕ける。
そこに容赦のない死が訪れる。
片方はレバートの上空からの切り下ろし。本来なら的でしかないほどに高く跳び、ハルバードを振り下ろす。斬るのではない。押し潰すのだ。質量塊で。超密度の斧頭が、頭蓋、背骨、骨盤。全てを粉砕圧砕する。
もう片方は影からの使者。シャドウ族の変幻自在な影なる肉体を活かした遠距離からの変則攻撃が心の臓を穿つ。無情なる一撃の刺突。確実に生命の核を砕く。
回転しながら上空から落ちてきたアベンジ・ヌスクを掴み取り、異空間を拓くとそこに収納する。代わりに出てきたのは数典の武器と、
異形の魔物であった。
腕は四本、足は六本。六本足の馬に人が生えたケンタウロスのような西洋鎧の化け物。【黒血】。レバートによって産み出され、鍛炉の手が加えられた命も情も無い殺戮兵器。
ただの操り人形。なのに何故か強烈なプレッシャーを感じる。気圧される。
兜の眼の部分に揺らめく光。憤怒の黒炎。起動。そして爆発を糧にして突貫。
爆発を凝縮して吹き出すロケットエンジンのような機構で金属塊の鎧妖怪にはあり得ない程のスピードで突撃。機体の損傷をもろともせず、大盾とランスを構えて一直線上に道を切り開く。
「くっ。グングニル、貫け!」
魔槍が空を翔ぶ。的確に、機構の要を壊さんと、人で言う心臓の位置にあるルビーのような部分目掛けて最短最速で突き抜ける。
「よしっ!」
だがそれでも黒血は動く。壊されても【無機物操作】で即修復。ヒビもなく、金属疲労すら取り除いて真新しい黒鎧へと再臨する。
「アホか。あんなに急所感丸出しの場所が核なわけ無いだろ」
一応、壊されると修復が面倒な場所はある。しかしそこは中の奥に格納されており、防御は堅固な要塞。心臓真上の透き通るルビーではない。殿を勤める時用の自爆専門魔力貯蔵庫。
別に壊されても破片一つ一つに魔力が宿るだけで空気中に霧散する訳でもないから壊されても問題は全くない。壊されたとて元通り溶接する必要すらない。
誰かひっかかってそこが核だと思って必死に破壊する奴がいたらさぞ滑稽だろうと、レバートと鍛炉の余興で飾り立てられた罠とも言えないちょっとした戯れ。
「マジで引っ掛かる馬鹿がいるか!いや俺も鍛治師魂、興がノって悪ふざけしたけどもよ」
「あれが勇者とは、呆れますね。勇ある者というよりはただの馬……失礼。何でもありません」
鍛炉と凉白から馬鹿を見る冷たい視線が突き刺さる。
「う、うるさい!騙したな!」
「別に騙しちゃいねぇよ。人聞きが悪い。でも、そこの恰幅のいい奴。てめぇは分かってて重要なところばっか狙ってんな!」
「クッ……。さてな、何の事だか」
鍛炉の猛攻。武器を使い捨てるかのような暴虐。大多数戦闘において撃破スコアを競うなら、コストパフォーマンスを考えなければ魔王にすら届きうる広範囲攻撃。
下手をすれば城より堅固な教会の聖堂が中から崩壊する。王城からの援軍も、槍の一薙ぎ、太刀の一閃のもとに死に行く。
「参考になるな」
「あれはあまり参考にしない方がいいかと思いますよ。鍛炉は武器の限界をよく知っている、知り尽くしているからこそ、あんな無茶を通せているのでしょう。それより、そこの聖女と神託者をどうにかしなくては」
実に厄介、面倒極まるのが聖女。神託者も恐るべきだが、聖女は何せ徹底的に凉白、レバートと相性が悪い。穢れ呪いを祓い、冬の終わりを告げる聖なる陽光。【憤怒ノ魔眼】と【冬ノ魔眼】が【陽光ノ魔眼】相手には十全に能力を発揮できない。
なれば、魔眼が届かぬなら、
「「物理で殴るまで‼」」
気が合う二人。根本的にどちらも脳筋という噂がある。強引に上から叩き潰せばいいと、本気で考えている。
故に、強い。
【無機物操作】による杭の数々が地面より突き立つ。交わし避わす聖女と神託者。半翼の天使たる神託者は兎も角、呪術師である聖女が舞楽のごとき華麗で優美な足捌きで杭を避ける様は異常の一言に尽きる。
だがしかし、いくら杭を避けれども、それは前哨に過ぎず、そして前哨のあとには必ず本番がある。故にこそ、前哨は前哨たりうるのだ。
轟雷一閃。剛き素早き大剣の渾身の上段。金属塊が重力を以て加速し、振り下ろされる。恐るべきはそれがたかだが片手の筋力で成されている所業だということ。聖女は必死で身を翻し、……避けた。
しかし消えない恐怖。死の予感。杖を振り下ろしてレバートを殴ろうとして、止める。ヤバイ。回避。直感。本能。
振り下ろされ、地につくと思われた大剣。しかし、大剣は独りでに逆方向に落ちた。慣性の力すらも【操作】し、先程までの威力そのまま、逆向きの重力を以て返す二の太刀。
「剣が、……自動で!?」
そこまで便利な品ではない。力の向きを変えるだけなので元々力が加わっていないものは動かせない。力は段々空気抵抗などで減衰する。縦横無尽無限に動かせる訳ではない。されど、されどそれは尚も脅威。
二の太刀を杖でギリギリ凌ぐ。が、聖女の腹を貫く三ツ又槍。
「そういえば、……奇妙な二武器流でしたね……」
「死ね」
そのまま滝を昇る鯉のように心臓目掛けて槍を振り上げる。
「───止めてもらおうか。──そやつはまだ、───殺すわけにはいかない」
何故?ぞわりと背筋に液体窒素でも流されたかのような悪寒。冷たいというより、最早痛い。
エリート型の天使よりも更に強い。そう感じさせる強制的に与えられた恐怖が。
「ハハッ!だが断る!」
「───どちらにしろ、貴様には──死あるのみ」
どこ隠していたのやら、顕現する天使たち。
「チッ」
流石に聖女を諦めざるを得ない。槍に聖女をくっつけたまま戦うのは些か面倒。
このまま殺してもいいが、むざむざ天使の攻撃を喰らってやるのは癪に触る。第一、聖女をそこまでして殺す理由もない。優先順位の高い復讐相手は神託者、そして神なのだから。
「離しませんよ。我が命に変えてでも」
槍を抜こうとするも、死に際の最大にして最期の火事場の馬鹿力。腕力と腹筋が完全に槍を押さえ込む。持久の構え。
意地でも抜くか、それとも槍を放置して逃げるか。どちらにしろ、聖女は死ぬ。では双方のメリットとデメリットはなにか。
(槍を放置して逃げれば、天使たちの攻撃は喰らわずに済む。ここで無駄な体力を消耗したくない。だが、手放せばまず間違いなく、聖女は槍を破壊する。この三ツ又槍、この世に唯一無二の逸品。業物。ここで失うには惜しい)
だが、えてして助け船とは意外なところから差し出されるものである。そう、例えば、因縁と宿業渦巻く怨敵から、
「──貴様の死を神は許さぬ。───槍を放せ。──回復に勤めよ。──これは神託、【神言】である」
途端に、聖女の体から、先程までの馬鹿力が嘘のようにすっと力が抜ける。その隙に軽々と槍を抜き、天使たちを切り裂きながら脱兎のごとき逃亡を見せるレバート。
「一時戦線撤退。鍛炉!一人で抑えられるか?」
「近衛と勇者全員か!?……二十分。武器の在庫が少ない。ここで武器を消耗したくない‼」
「了解。それだけあれば充分だ」
やることは先程と変わらない。突撃、破壊。ただそれだけである。
『タイムリミット計算。恐らくあと十五分ほどかと思われます』
鍛炉の限界よりもリミットは更に早い。迅速な対応が求められる。
『祭壇前には結界が展開してある。堅牢さも厄介だが、特筆すべきはあの結界は防御ではなく、中に入ったものを殺す類いの結界だということだ。【再生】持ち以外は、中に入って五秒で死ぬ。サポートする。やれ』
感謝を何処にいるか分からないが、手の仕草だけで伝える。恐らく今も、盤面を一番俯瞰して見ていることだろう。価千金の情報。
凉白が弓を大きく引き絞り、矢を放つ。空気の膜を破り、直進した矢は結界に阻まれるも、砕き、中に入る。
が、矢の木は枯れるように、鉄は酸性の液体によって溶かされる、イオン化するように、塵と化して消える。
半径十メートル程の結界が張られてある。成る程。これを結界とは呼ばない。牢獄、監獄でも生ぬるい。犇々と皮膚を刺し貫く確殺、必殺の凶悪にして悪辣なる意志。如何なる者も殺さんとする悪意の権化。これは
───処刑具だ。
『全力で突っ切る。俺以外はあの空間に入るな。即効で喰われるぞ。だから、サポート頼む。任せた』
(……コクリ)
『了解です。もう少し矢の周りを氷で覆えば飛距離も伸びるでしょう。中に入っても多少の援護はできます。安心して行ってください』
カイザーは首肯で、任されたしと伝えて消える。凉白は即座に臨戦態勢。もう少し結界に近づきたいのか、太刀を構え、突撃の体勢。
『お、あん中に突撃すんのか?なら、武器は使わず徒手空拳で素手喧嘩しろよな。鎧は仕方ねぇ、必要経費だが、武器は嫌だぞ?また作り直しは勘弁してくれ』
『安心しろ。剣折れ矢尽きた後の諦め悪い素手喧嘩は得意分野だ』
雷光の突撃。一瞬で加速。トップスピードに乗ると俊足で大聖堂の五十メートルを駆け抜けんとする。ノーガード、ノーウエポンの無防備突撃。将棋の入玉のような怒濤の勢い。
阻む天使たちを無視し、時に避け、時には自動車事故のように轢き、撥ね飛ばす。天身事故が大量勃発。天災だ。
これは殲滅戦ではない。これは最速のタイムを、一分一秒を競う障害物競争だ。いかに早く、速く、そこにたどり着けるかの勝負だ。
汝、障害物たらんと挑む勇猛果敢なる天使たちは、レバートを支援する地獄の鬼将たちに首を断たれ、心臓を貫かれ、頭部を潰され、死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す‼
全力全霊をかけた護衛。殺戮部隊の護衛とはつまり、敵たる脅威の徹底排除。結局のところは殺戮。それ以外しか無いのである。
そして、血を轍として残しつつ、辿り着く。そこは傷を受けたが最後、回復できない空間。魔法は減衰し、武器は握れず、防具すら消失する人外魔境。中には超エリート、神託者と同じくらいの、より神に近い権能を持つ化け物天使が複数潜む処刑台。そこに踏み込む。




