救出作戦
思わぬ所で武器の新調が出来た。質も桁違いに上がっている。その中でも憤怒灯す聖火松明は別格だ。神殺しのための大きな一手となるに違いない。
『魔王様から連絡です!至急、来てください。内容は順を追って道すがら』
「何があった?」
「余程の緊急事態だな。急ぐぞ」
ドワーフの工房に礼の書き置きと食料を置いて廃墟となった街を出る。敵でありながらかけられた応援の声に少し、後ろ髪を引かれながらも、勝利の凱歌を確約し、走り去る。
「影に潜れ。一気に行くぞ‼」
シャドウの影の中に入る力を用いて、カイザーと鍛炉がレバートの影に潜むと、同時に雷光の如く疾く駆ける。関数を無視して瞬時に最高速度に到達すると、ほの暗い焔渦巻く暗澹とした憂鬱な地下帝国から景色はガラリと変わり、陽光の指す焦土に出る。
走行中に、頭に直接流れてくる情報と動画。それを【思考加速】【並列思考】を用いて捌きながら、重要なポイントを抜き出し、要点を纏めてインプットしていく。
地表の崩落。外の地面はボロボロ。原因はレバートだが。それを疎んじ、破壊され尽くした大地を申し訳程度に、地表の亀裂や明らかな大穴を【無機物操作】で塞ぎ、詮を閉める。とはいえ、以前、焼け野原のままであり、緑など皆無であるが……。
「来ましたか。スクロールを使って転移します。情報は確認しましたね?」
「問題なし。行くぞ」
姿がその場から掻き消える。レバートたちの目線で言うなら暗転。視界が一瞬で漆黒に染まると、次の瞬間、とっくに場面は変わっていた。
※※※※※※
「来たか。よもや一週間の予定を三日ほどで片付けるとはな。よくやった!今はその一瞬一刻が価千金。現状、王国に派遣した我が軍が主力級以外は殆ど壊滅。その主力でさえ逃亡に徹しているのは知っているな?」
戦死者の数は数多。残った残党を保護しながら主力は撤退中。奇襲を受けたことによるダメージと、他者を守りながらの戦闘で厳しい現状を強いられている。
原因名は、……
「災厄兵器、神の御使い、ホムンクルスや操り人形としてのゴーレム、レバートの世界のアンドロイドを極めたような代物。……天使だ」
魔族・魔獣殲滅用兵器。基本的には人形に翼が生えた形状。端整な顔をしていながらも、その瞳に感情の灯火はなく、死ぬまで神敵を殺し続ける戦略兵器。
翼の数だけ強さの格が上がるというが、半天使で片翼、一枚の翼しかない神託者のような例外もある。
「高々、天使の数百数千なら、最高位の十六翼が百以上束になろうとも殺せるが、問題が二点ある」
神をも殺しうる実力に裏打ちされた自信が安心感を与え、包み込むが、接続詞は逆説。親指と人差し指を立て、手で二を示す。
「一つ、我々は人質をとられている件。先程情報を送ったように、負傷者を抱えながら戦わなければならない。これでは人質と代わらぬ。端的に言えば足手まとい、枷がある状況での戦闘だと思えばよい。その上で、救援に動いてもらう。あぁ。レバート、貴様は顔を隠しておけ」
軽々と至難の技を成し遂げよと言ってみせるジギル。激務。ジギルのスペックなら確かに出来るが、周囲を全くと言っていいほどに気にしないレバートたちには些か厳しい。
しかし、これは魔王が出来るから、貴様らも出来るだろうという一方的な押し付けではない。その上で、不利条件を重ねた上で、それでも直勝てるだろうというジギルは踏んだ。それは信頼だ。信用だ。
ならば答えは一つ。
「「「「了解‼」」」」
ジギルはその返事に頼もしさを感じながらも、今にも旅立ちそうなレバートたちを片手で制する。
「気が早いわ!焦るな戯け‼問題は二点といった筈だ。二つ目だが、あやつら、固まっていれば即刻殲滅されると考えたらしい。現在、世界中に点在しておる。無論、この国にもな。故に、オレは領国にいる天使の処分に当たる。よって、救援は貴様らでやらねばならん。出来るかなど聞かぬ。やってみせよ」
今度こそ、了解したと、落ち着いて返す。全幅の信頼に対しては全幅の自信で答えることこそが魔族の礼儀。そこに謙虚は要らない。実力主義の世界では謙虚は必ずしも美徳とは成り得ない。
「さて、オレはさっきまで鍛冶してたんでな。腕が重い。後方支援にさせてもらう。凉白、渡すのが遅れたが、新しい太刀だ」
「そうですね。いい工房があったので、ドワーフの族長の娘をカイザーが“殺して”鍛冶をしていたのですからね」
「族長の娘だったからな。どの道、生かしてはおけない。戦乱とは王族の首を以て終結する」
カイザーが白を切るが、多分、この言い方から推測するに、バレた上で見逃されているのだろう。
「私も、この首で終わらせてくれと言われれば、高潔なその意志を尊重しますからね。……貴方たちの判断は正解ですよ」
(魔族と人族の共生のカタチが見れましたからね。少し、考えが変わりました)
うっかり惚れてしまいそうになるほど、美しく、可愛らしい、庇護欲を擽られる満面の笑みで言う凉白。凉白の心変わりなど知らない男三人衆は驚きながらも、感謝の意を示すために、心持ち、頭を下げる。
「まぁ、やることは限られている。凉白の矢を補充し次第出立だ。暴れるぞ?」
「分かりました」「了解だ」「応ッ!」
三者三様の返事を聞いたあと、凉白を倉庫に行かせる。矢は持ってこれるだけありったけ持ってこいと言い、少し壁にもたれて休息をとる。
レバートは懐から、この世界ではお目にかかれないタバコケースを出すと、三本、器用にタバコを出す。
「吸うか?」
「これは、……最近発明されたばっかの葉巻ってのの一種か?その割にはえらい細いが?」
「ハマキならば、安心感を与える故に発明したが、体に悪いと魔王様に聞いた。遠慮しておこう」
どうやら反応はよくない。そもそも、この時代に葉巻があることが驚きなのだが、それに関しては魔王ジギルの発明なので最早気にしてはいけない。
因みに、レバートは元の世界では未成年なので葉巻やタバコを吸ってはいけないのだが、異世界なのでそんな法律はない。
「安心しろ。これは魔力回復のために作ったものだ。体に害はない。サイズ的に場所をとらなくて軽いのでな。便利だ」
恐らく全国のタバコ愛好家が聞けば換気して喜ぶか、そんなものはタバコではないと弾劾するかで意見が別れそうな、健康にいいタバコだ。
指に黒炎を灯し、タバコに火を付けるレバート。そこそこ風があったのだが、直ぐに火が付き白煙が空に上がる。
「なら貰おうか。あ、でも火は要らねえぞ?何か禍々しいし健康に悪そうだし、……」
「だな。鍛炉、魔剣を頼む」
「あぁ、最初にオレンジ色に着色した所を噛めよ?それから、目印の緑の線に火が来たら捨てろ。それ以上は吸えねぇ。あ、それからあんまり肺に吸い込むな。むせるぞ」
鍛炉がタバコを紙箱から抜き取り、ナイフの魔剣で表面を浅く切り裂くことで火を付ける。カイザーもそれに倣う。
軍人が全員いないからか、風の吹き抜ける音だけがする森閑とした吹き抜けの渡り廊下に溜め息の音が響く。空気が落ち着く。疲れた体が幾分かマシになる。
「そういや、戦争が終わったらてめぇらはどうすんだ?」
「陛下に仕えるな。復讐が終ったとしても、陛下には返済できない程の恩がある」
「暗殺、以外に何か自分に出来るのだろうか?それが想像できないな」
「何か夢が小さいな。もっとでかいことしねぇのかよ」
「そういうお前は?」
「世界一の武器屋」
「それは、大きいな。確かに」
「後は、所帯持って幸せに暮らしたいな」
「恋愛、か」
「政略結婚もあるだろう?」
「俺の世界では恋愛結婚が普通で、政略結婚はあまり無かったな。それに、幸せな結婚と言えば恋愛結婚じゃないか?」
「レバートはタイプの女性とかいんのか?」
「考えたことがあまり無いな……。……確りとした意思があって、それを貫ける女性、とかか」
「そこで外見の話にならないのはお前らしいな」
「んじゃ、カイザーは?」
「……陽気な女性がいいな。快活で、こちらが元気になるような」
「こう言うと悪いが、意外、だな。お前自身に静かなイメージがあるから、てっきり同じ様な静かな女性が好みなのかと思っていた」
ポツポツと、男だけで下らない世間話を途切れ途切れに繰り返す。慣れないコイバナだったり、下ネタだったり、本当に下らない。けど、男同士でなければ出来ない話だ。
何気に、こんな友達のような話をするのは初めてだったりする。基本的には、業務連絡的な話しかしてこなかった故に新鮮で、楽しい時間だった。
『準備、完了です。行きますよ。今、何処にいるのですか?』
凉白の念話で話が終わる。楽しい時間は直ぐに過ぎ去る。
「ま、この話は戦争が終わったら、な」
「そーだな」
「あぁ、またしよう」
カイザーと鍛炉は、死亡フラグ、などと野暮なことは全く考えにない。レバートも、少し物語では誰かが死ぬ流れだと思いながらも、飲み込む。そんな野暮で邪魔な言葉でこの話を汚したくはないと思う程、彼らにとっては初めての、神聖不可侵の関係だった。
※※※※※※
凉白と合流し、転移のスクロールを使うと、それは平和で静かな城とは一変、爆音響く混沌とした戦場だった。魔法の嵐が吹き荒れる。
※※※※※※
数刻前
「これが、神の尖兵かッ‼」
「──ッ!救援を待て。其まで耐えるしかない。……キツ……」
オーガの族長、朔星九十九は徒手空拳、悪魔の族長ヤーレア・シルバーが風魔法で蛇腹剣を自由自在に操り、素早くトリッキーに攻める。地形と手数、技巧で数の差と、味方を守るという不利を誤魔化し、うやむやにする。
「破ァッ──‼」
王都郊外のゴツゴツとした岩場を活かし、上手く一対一に持ち込んだ九十九によるアッパーが突き刺さる。そこを、蛇腹剣が九十九だけを避けるようにして天使を切り裂き、仕留める。
こうして、一匹づつ引き離しては嵌めるという戦法で物量差を凌いでいる。
「ミノタウロスのジジイ様様だなッ‼あっちが一騎当千、戦国無双で大暴れしてくれてるから注意がそれた」
「恐らくもって十分対策を……無くね、これ?」
ヤーレア・シルバーが現実的な意見を述べる。途中までは貫禄と傲慢さがあったが、最後の方は威勢は消えて半分涙目だ。
泣き言を言いながらも、天使を一匹、風の刃を纏った蛇腹剣で縛り、切り裂く。負傷した天使を貫手で心臓に風穴をあける九十九。背後から迫っていた四翼の天使もことなさげに裏拳で吹き飛ばす。
吹き飛ばされ、岩に打ち据えられた天使の首を蛇腹剣が鋸のように、削り取りながら斬る。ヤーレアの髪色と同じ白銀の刀身だったものは、すでに血色に染まっている。
「このまま掃討する」
「あまり突き走るな‼遠くにいけば剣が届くまでのタイムラグが出る‼」
「伏せろ‼」
突如、九十九の背筋に悪寒が走る。日焼けした浅黒い肌に布防具だけで徒手空拳で戦争するその独特のスタイル故に身に付いた異常なほどの危機察知能力が最大限の継承を鳴らす。
「【神威】」
岩場が邪魔ならそれごと吹き飛ばす。実に脳筋な結論の結果、天使の剣から横凪ぎの閃光のビームが伸びる。某勝利が約束されている剣のようなビームだ。
「ハハハッ。岩場が邪魔なら吹き飛ばせばいい、か!考えたな。さてどんな天使だ……って嘘だろー。なぁ、九十九。おかしいな。あれ八対十六翼じゃね?」
「おい、威勢。威勢。せめてもう少し保て。あと現実見ろヤーレア」
「いや、だってあいつら神の予備軍ていうか準神レベルの魔力持ってるぞ?ははッ。無理ゲー。というかジジイ‼生きてるか⁉」
半分諦めるような口調ながらも、蛇腹剣を握りしめ、何時でも振るえるように構えるヤーレア。
ひゅー パァァッン‼
「信号弾が上がった。何とか生きてるらしいな」
「状況最悪」
ヤーレアは端的な意見を述べる。
「だが後ろには多くの負傷兵。ならばやるしかあるまい」
「あぁ。天使が何するものぞ‼わが蛇腹剣の餌食にしてくれるわ‼命が惜しくないものからかかってこい‼」
大声での口上を述べ、少しでも注意を向けさせる。負傷兵は、ギリギリ戦える兵が動けない者たちを守っている状況。天使を行かせる訳にはいかない。
その瞬間、時空に亀裂が入り、捻れ、曲がり、スパークが迸ったあと、人影が立っていた。
※※※※※※
「間に合ったか?」
「遅いわ!死ぬかと思ったぞ戯け‼……いやマジで。命が幾つあっても足りない。一匹でも洩らしたら終わるとか何この無理ゲー」
「兵士がそろそろ不味い。先にそちらの救援を。あとは、あっちにいるミノタウロスのジジイを助けてやってくれ。守る奴がいないなら、まだいける」
「「盛大に殺れる‼」」
見事なハモり。完全なるシンクロ。歴戦の戦友が背中を合わせ、敵を睨み据える。場の空気が変わる。防衛戦から殲滅戦に移行する。
「鍛炉とカイザーは兵士を頼む。俺と凉白はここの近くの高台からこの二人をフォロー出来るようにしながら、ミノタウロスの族長を狙撃で援護する」
「分かりました」「了解だ」「応ッ!」
各自が散る。弓を持っているレバートと凉白は高台にほぼ垂直な壁を駆け上がりながら弓をつがえ、射る。銃弾をも越える速さの矢が放たれる。
尤も、凉白の矢の方が幾分か速いが。最早そのスピードは異常。無強化の肉眼では凉白とレバートの矢は速すぎて無いも同然に見えるのだが、【思考加速】を使ったり、時速に換算するとその差はよく分かる。
「命中。このまま続けましょう」
『こちら、カイザー。負傷兵を発見。これから転移スクロールで魔王城に避難させる』
「おっと、向こうも順調そうだ」
「折角ですし、勝負しません?……どっちがより多く狩れるか」
「望むところだ。受けて立とう」
救出作戦、開始。




