表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/40

乱闘

「全く、駆け付ければ惨劇か。地下でのうのうとドワーフが暮らしているというのに、地上にくれば自然の跡形も無き地獄。これは、貴様らが原因か」


 レバートが凄惨なる戦場に悠々と、堂々と足を運ぶ。足取りは緩やか。おおよそ、死の気配漂う戦場に赴く者の歩みではない。しかし、

内に秘めたるは悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すほどの憤怒、闘気。


「お前は、まさかあの貧弱だったレバートか⁉この世界で天に見放された貴様がここまで強くなるとは。……こいつらと戦うのは止めだ止め。貴様はオレと戦え。そして闘え‼」



※※※※※※



 数刻前


「冬よ‼ はぁッ‼」


「動き辛ぇ。何だよ。何なんだよこいつら。魔族の首領並み、下手したらそれ以上じゃねぇか‼これが報告にあった魔王の懐刀か⁉クソッアイツは狂ってるから加勢は期待できないしよ‼何が狙撃手を潰せだよ。こんなの聞いてねぇ‼俺たちはこの世界で無双出来るんじゃなかったのかよ。聞いてねぇ。聞いてねぇよ畜生‼」


 勇者の一人、バベル・スルトラが叫ぶ。自分達は勇者として崇められる、この世界では最強の集団ではなかったのかと。何故、たった独りで自分達を相手取れる猛者がいるのかと。


 仕方なく、暗殺者を警戒していた者も凉白殺害に加勢し、現在は勇者とドワーフの精鋭を合わせた十五人で挑んでいる。既に凍死体が転がっている。何人か殺られている。


 それでも彼らが逃げないのは、逃げた先には【狂犬】による、もっと酷い仕打ちが待ち受けると知っているから。逃げても殺される。ならば粘って生き残るしか、生存の道はない。


 最早、その有り様は自暴自棄。涙を流し、声を枯らし、流れ出る涙も汗も涎も鼻水さえも凍りつかせながらも必死に、その距離を詰めようとする。


 相対する凉白は達人。先程の戦闘の後とは全く感じさせない動きで、矢を矢で撃ち落としながら、敵を凍りつかせている。


 だが、いくら一人で万軍よりも働こうとも、疲労、矢の数の限界、何より、魔眼を使いすぎで自らが凍りつきそうなこの現状。距離を詰められる。


「んッ⁉矢が最後の一本と成りましたか。この勇者たちは予想外の精鋭ですね。手強い。何より、戦い方に凶器を感じます。まるで、独りで鍛炉とカイザーを相手取っているあの男に怯えるような。成程、レバートの言っていた不気味という言葉はこれを指していましたか」


 強い。凉白は把握する。凶器で、恐怖で恐怖を吹き飛ばしている狂兵たる勇者と、その恐怖の根源たる勇者。今まで会った成長途上の勇者とは明らかにモノが違う。


 凉白が相手取っている十人の勇者も十分強い。だが、【狂犬】ロジェロはそれよりも更に強い。真正の化け物。怪物だ。


 加勢に行きたいと、凉白は思う。だが、集中しなければいけないのは十人の勇者。通称(蔑称)【狂犬眷族(クー・ファミリア)


 【狂犬眷族(クー・ファミリア)】は既に完成した兵士だ。他の勇者も驚異的な成長速度だが、ここに集う勇者は違う。完全なる恐怖支配のもと鍛え上げられた精兵は格が違う。


 ドワーフの精鋭に死人は出ているが、未だ勇者に欠損が出ていないのがいい証拠だ。神々の加護と身に付けた実力。そして恐怖支配による狂気の戦意。


 恐怖支配の即席兵など、本来戦場では無価値のものの筈なのに。圧倒的な力の前に易々と折れる筈なのに。依然、脅威。


 【狂王のカリスマ】。軍隊の指揮、及び能力の向上を促すスキル【カリスマ】の進化系。前代未聞の、恐怖支配による恐怖支配のためのカリスマ性。どんな圧政者も、どんな独裁者も至らないであろう、狂った境地にして極地。


「最後の一本。鍛炉、感謝します。……これは、文字、いえ、魔法式ですか」


 最後の一本。見ればそこには文字が刻まれていた。魔法を強化するための魔法式だ。


「【凍杭爆裂】ッ!」


 冷気を纏った矢が直進する。渾身の一射。何物もこれを邪魔することは出来ない。無類の矢が戦場を駆け抜ける。


 ドワーフのマッスルな男が大盾を構え、矢を阻まんとする。しかし、鉄壁、まるで城壁のような頑強な盾は一瞬で破壊され、衝撃波と纏った風だけで頭を抉り取り、一切の減速無しで突き進む。


 溢れ出た血は凍りつき、矢に一瞬触れただけの盾が余りの冷たさに瞬時に冷えきり、金属部分が手と張り付いて離れなくなっていた。


 そして終に、勇者の一人の体を貫く。しかし、アレだけ勢いがあった矢は不自然な程に突き刺さって止まる。心臓は避けた。肺だ。そう判断した仲間の勇者が矢を引き抜こうとしたその時。


 既に絶命していた。凍りついていた。中から。真っ白に。

 そして瞬間。凍杭爆裂。氷の杭がまるでかのルーマニアのヴラド三世の惨劇の如く、近くにいた者を刺し貫き、殺す。


 血が凍る。美しい、そして同時に恐ろしい。赤黒い、然れど澄み渡った氷の華が咲き、雪が舞う。勇者二名、ドワーフ三名が死亡。


 津々と降る雪が風に流され、幻想のように儚く舞う。雪が少しドワーフに付く。直後、凍り付いた。しかし、氷の柩に閉じ込められた訳ではない。表面を薄い膜が覆うように、白く染まる。


 忠実な氷像のような。或いは、表面だけをコーティングされたような。しかし、実際は中心まで凍え、血も、内蔵も、関節に入っている液体も、未だ膀胱にある尿も。全てが凍りつき、腐り落ちることすら赦されない、永久にあり続ける氷像。


「こんな、威力が……」


 驚愕する。それでも襲い来る。ここまでされても払拭されない恐怖。決してスキルだけが成す技ではない。ロジェロの人の心を掌握する才能は、自分達を崇めるように人族を思考誘導、もとい洗脳した神をも越える。


「うわああああぁ‼僕はまだ死にたくない。死ねないんだ‼」

「近寄ったらこっちのもんだよなぁ!弓兵さんよぉ‼」


 終に肉薄された凉白。氷の槍を、杭を、刃を避け、剣を、槍を、鎚を振るう。ドワーフはもうゼロ。勇者が七人。


 疲労と消耗の都合上、ギリギリ。


 抜刀。同時に切り上げ。しかし、バックラーに阻まれる。ガキンと硬質な音。流石はドワーフの名工によって鍛えられた防具。鍛炉謹製の武器と言えども、そう簡単には斬れない。


 バックラー持ちの勇者、彰・砂上が片手剣の突きを繰り出す。三連撃。上半身ばかりを狙ったそれを、足を一切動かさず少し身を捻るだけで易々と避ける。


 突きでバランスを崩した彰・砂上を正面から蹴る。ボールのように吹き飛ぶ。背後から殺気。大盾を持ったバベル・スルトラがタックルするように走ってきていた。


 凉白が足を一歩踏み込むと、地から透明な氷の刃が現れる。耐える。耐える。凉白の氷結対策に大盾の持ち手にタオルを巻いて、金属と手がくっついて離れない、という事態を避けようとしていたのが幸いし、盾は殆ど凍りついているが、バベル・スルトラの肉体自体は一分も凍っていない。


 しかし、それも時間の問題。あと数秒もあればその身に冬の魔の手が及ぶだろう。恐怖と恐怖の狭間で錯乱する。しかし、純然たる死を前にしても解けない、【狂犬】ロジェロの恐怖の呪縛。鎖のように絡み付き、戦え、闘えと、常に語りかける。


 バベル・スルトラの影に隠れていたクランチ・カナラがバベルを踏み越え、上空から槍を振り下ろす。半円を描くようにして、凉白は大太刀を振るい、槍を横に弾く。


 見るからに重厚感の溢れ出る大太刀だが、軽々と、片手で。弾かれ、吹き飛んだ槍を失い、無様に落下してくるクランチ・カナラに拳を打ち込む。


 レバートの【真狂化】と【憤怒】を掛け合わせた状態を除き、素の状態の力であれば、四人の中で随一の怪力を誇る凉白の全力の拳。氷結の、まるで金剛のようなナックルを作り出し、叩き込む。


 あばら骨を破壊し、肺を圧迫する。細い血管が敗れ、クランチの肺に血が溜まる。そのまま振り抜こうとした凉白に、炎の竜巻が襲いかかる。


 【炎熱魔法】の炎嵐竜身だ。これが凉白がいまいち攻めきれない理由。唯一の魔法使い、デーレス・サイトの炎の魔法。デーレスを直接狙おうとすれば他が必死でデーレスを守るために戦う。凉白の氷を溶かせるのはデーレスだけだから。


 凉白は咄嗟に自分を氷付けにし、肉体を守る。表層の氷は溶かされるが、凉白は無傷。しかし、バベルに向かって突き出していた氷の刃は溶かされた。


「全く、厄介ですね。ん?加勢が現れましたか」

 レバートが現れた。

「あの人の相手をしなければいけないので、貴殿方は早急に片付けさせてもらいます」


 あくまでレバートの敵というスタンスを崩さないのはプロ意識の高い凉白らしい。どうせ抹殺するのだから、レバートが現れた時点で彼らの敗着は決まっているのだから関係ないのに。


 悪魔の固有のスキル、【覚醒】を行う。この【覚醒】の派生に【狂化】や【真狂化】がある。


 【覚醒:限界突破、覇王、狂化、真覚醒、真狂化】と、いった風に派生する。これはレバートの派生だが、凉白の場合は、


 【覚醒:限界突破、鬼王、狂鬼、真覚醒】となる。【真狂化】は最早レバートの固有のもの、というレベルの特殊派生なのでないが、他はレバートとあまり変わらず、【覇王】が【鬼王】に、【狂化】が【狂鬼】になるなど、流れるオーガの血の特性が出ている。


「【鬼王】‼」


 【真覚醒】は強力だが、燃費が悪い。【狂鬼】は理性が失われる。普通の【覚醒】や【限界突破】では力不足、という理由で【鬼王】が選ばれた。


 先程とは一線を画する覇気。


「弓兵は剣、槍の間合いに入れば無力とでも考えていらっしゃるのなら、些か嘗めすぎですね」



※※※※※※


 数刻前 ロジェロVS 鍛炉&カイザー


「シィッ‼」


 カイザーの完全なる隠密からの刺突が看破される。時として魔王ジギルすら欺く超絶技巧が。以上な程の強者への執着が成せる技。強者の位置を把握できる直感スキルに頼らない超直感。


 名付けるのなら【変態の勘】とでも言うべきか。唯一無二。カイザーがもう少し弱ければ気付かれなかった可能性もある。しかし、カイザーはロジェロによって強者と認められていた。

 故に、恐らく神でさえも気付けない隠密が気付かれた。


「神鳴雷光‼焼き尽くせ‼」


 すかさず鍛炉の魔剣によるサポート。しかし、全体的に脆い傾向のある魔剣にしては異常な程の丈夫さを持つ鍛炉の魔剣ももう、限界を迎えようとしていた。


「クソッ。三十分もあれば整備できるんだかなぁ!っと危ねぇ」


 悪態をつく鍛炉に音をも越えるスピードの石が投げつけられる。咄嗟に盾でガード。そこらに落ちている石で攻撃されたとは思えない程の衝撃が腕に走る。


「ククク、ハハハ。いいねぇ、中々壊れない。最高だよお前ら」


 笑いながらも、カイザーのシャドウの体をある程度変形させることの出来る特性を活かした変則斬撃をしっかりと魔剣グラムの腹の部分で受け止める。


 ずっとだ。ずっと、情勢は鍛炉とカイザーが押しているのにも関わらず、あと一歩攻めきれない。ロジェロはまるで楽しんでいるかのような、この戦いを一分一秒でも長く、永く続けていたいと言うような戦い方をしている。笑ながら。嗤いながら。


素手喧嘩(ステゴロ)が好みだが、たまにはこういうのもいいなぁッ。搦め手を混ぜたバトルってのもよぉ」


 事実。ロジェロは戦闘を楽しんでいる。【狂犬】のあだ名に相応しい獰猛な犬歯を光らせながら。鍛炉に斬りかかる。


 相対する鍛炉は大盾でガード。すかさず、カイザーが短剣を三本投擲。ロジェロの肩や腕の間接が有り得ない角度で曲がり、短剣を二本掴み取る。


 残りの一本、どう足掻いても腕の長さの都合上届かない位置にあった短剣が尻に突き刺さる。血管の多い部分を的確に狙うのは流石。強固な大臀筋を突き破り、刺さった短剣には毒が塗られていた。


 掴み取った短剣にも、同様の毒が。触っただけでも皮膚から浸透し、死を与える、竜の猛毒が。


 今では、魔王ジギルの力で魔族の国の近くの魔獣は全て追い払っているが、昔は相当数の魔獣がいた。その中には竜もいたため、その死骸から摘出したのだ。


「普通の攻撃なら【再生】スキルで即座に回復されるから毒か?考えたなぁ!でも効かねぇよ。毒耐性は万全なんでなぁ」


 毒は無意味。せっかくついた傷もすぐに【再生】で癒される。キリがない。一瞬で塵も残らず殺せばいい話だが、鍛炉の魔剣の全力解放は的確に避ける。


「所詮我らは時間稼ぎ。相性が悪いことなど百の承知。貴様が待つものは、今来たれり」

「へぇ。そりゃあいいな」

モブ勇者A 彰

モブ勇者B バベル

モブ勇者C クランチ

モブ勇者D デーレス

適当ネーミングの正体。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ