ドワーフ地下帝国
「さて、来たな。ドワーフの国。入り口が限られていてガチガチの防御体制。いざとなったら陥没させて道を塞いで敵を阻む。……本当にどう攻略する?」
「ですね。考えても考えても無理な気がします。もう、盛大に辺り一面ごと国を吹き飛ばしますか?」
「いや、広すぎだろ。俺の魔剣はそこまで威力出ねぇぞ。それこそ、魔王サンが作らん限り。それに、何処に空洞があるか、どこまで広がってるか、深いのか浅いのか。そこら辺、全く分からねぇな」
浮き彫りになる問題点の数々。最悪吹き飛ばせばいいと考えていたが、鍛炉の意見も最もだ。そして最大の懸念点は、
「勇者何だよな」
「勇者ごとき、大したこと無いではないですか。何が心配なのですか?」
「言っとくが、アソコにいる勇者はかなりの狂人で、凶人だ。俺の直感で言えば勇者の中では一番不気味な奴だ。それを嫌ってか、色んな所に派遣されてたからお前らは知らないと思うがな」
強いやつを完膚無きまで叩き潰し、心を折り、屈服させることに愉悦を感じる最凶にして最狂、そして最強の勇者だ。クラス内でひっそり呼ばれてたのが【狂犬】という渾名。
※※※※※※
「んー、何か気配がすんな。……って、いるじゃん。ハハッ。イイネ。強い。強いよ。ん?あれれ?あれって、あの魔力の気配って、まさかね⁉すごい偶然‼」
ニヤリと口角を吊り上げ、レバート達のいる方を向いた。
※※※※※※
「見つかりましたか⁉そんなまさか」
「レバートの言う通り、アレは他とは違うらしい。……ここまで気配を絶っても見つかるとは」
今までの勇者と同等のレベルだと考えていたら、逆にこちらが足を掬われる。認識が四人の中で共有された。
「全員、戦闘体……
「その必要はありません。いえ、正確に言えば貴方は戦闘しなくてもいいです」
「危険は重々承知だ。それでも、やってやんよ。てめぇが変装して人間として中から崩せた方が得策だ」
「早く行け。武運を祈る」
(確かに、合理的な策だ。戦力差的には五分五分、いや、やや不利な厳しい賭けだが、現状それしか策は無い。仕方あるまい)
レバートはやれやれと、首を降りながら片眼鏡に魔力を通し、その性能をオンにする。角、魔紋、尾、岩肌。魔族の特徴が悪魔の持つ白銀髪以外は掻き消え、変わったファッションセンスの持ち主だと十分通せるようになる。
「武運を祈るのはこちらのセリフだ。……死ぬなよ」
「「「了解」」」
※※※※※※
数十秒後、邂逅する鍛炉と勇者達。
「君だけ、なわけ無いよなぁ。狙撃手と、あと多分暗殺者あたりがいる。だけど、それで勝てると思ったか?あいつを出せ。あの遠吠えの、咆哮の主を‼───あいつと戦わせろォッ‼」
咆哮の主、レバートを求める凶人。眼の血のような鮮烈なる紅が煌々と、されど不気味に輝いている。
「なら、言わせてもらおう。あいつと戦いたきゃ、俺達を倒してからいくんだな‼」
鍛炉が口上を高らかに叫び、無数の魔槍を取り出すと、その手に数本の魔槍を持つ。
───使い捨て用魔槍【爆裂槍】
投げられた瞬間に急加速、そして何か固体に当たった瞬間大爆発。用は、ミサイルのような品だ。これをひたすら城壁のから投げるだけで敵軍など蹴散らす。
───コストパフォーマンスが悪く、製作に膨大な金がかかるという、唯一にして最大の弱点を無視すれば、の話だが。
それを、他の武器の製作で出た余り物でコストを抑えてこつこつと造っていた鍛炉は、天才という他無い。
……すべては、嫌な修行から逃げ出すための準備だということを除けば、の話だが。
「惰弱惰弱ゥッ‼その程度であいつを出せ等、片腹痛てぇな‼」
鍛炉の【爆裂槍】と凉白の超遠距離狙撃が合わさった遠距離からの圧倒的な暴力。しかし、口で嘲り、罵りはすれど決して油断はせず、普段はただひたすらに金属と向き合うためにある双眸を、敵の挙動の一つすら見落とさぬように細め、睨み付ける。
そんな中、【狂犬】は、爆裂槍を叩き斬り、氷結の矢を弾き返し、気迫と直感と、謎のスキル外の異能を以て君臨する。
「強いな。なら、暇潰しに付き合えよ。アイツ、……顔も名前も知らねぇが、あの咆哮の主が来るまでな‼」
奇妙に三日月の如くその口の端を吊り上げる。不気味な瞳の光は更に増し、凛々と輝き続ける。
「その剣は魔剣グラム、か。伝説の魔剣を持ってるのは流石に想定外だな。……丁度良い。俺の作った魔剣と伝説の魔剣。勝負と行こうじゃねぇか」
爆裂槍を叩き斬った剣を見た瞬間、鍛炉の目の色が明らかに変わり、超好戦的な表情を浮かべる。
魔剣グラム。魔力を溜め込み、その魔力を以て如何に硬い物でも斬り伏せる剣。大昔には強大な魔獣を殺した伝説が残っている。因みに、この剣は幾度か折れているが、その度にドワーフの最高の鍛治師たちが集結し、鍛え上げ直している。
その材料は今となっては未知。もう二度と再現できないような、偶然とうっかりとその他諸々の要因が重なり合って出来た超特殊合金で出来ているため、折れたとしても一欠片も失えない。
「いいぜ。受けて立つ。てめぇら、六人は弓兵の方を殺れ。残りの四人は暗殺者の方を警戒しろ‼警戒勢、誰か一人、ずんぐりむっくりに連絡入れとけ」
的確に指示を出す。控えていた十人の内、遠距離攻撃手段を持つものと、盾を持つものが率先して凉白を仕留めにかかる。
「……死ね」
【狂犬】は一言、誰よりも愉快そうに言った。
※※※※※※
「貴殿は誰だ。何故にここに来た?」
「見たらわかるだろ。人間の冒険者だ。武器を求めてここに来た」
「貴殿その特徴は、噂のハグレ勇者だろう。王国の方から見つけ次第保護するように連絡がきている」
人をレアモンスターみたいな言い方するな。と、少し怒りの目線を向けながらも、勇者と認識してもらえるならば、その方が都合がいいと考え、首肯する。
誰何の声を掛けた兵士。なぜ分かったとレバートは少し不思議に思うが、よく考えてみれば、黒と白に別れた髪。金色の片眼鏡。真紅の瞳、禍々しい長大な武器に風にたなびくコートと腰巻き。ここまでの条件をピッタリ一致させる人物など、そうそういるまい。分かって当然だ。
「どうぞ。勇者様私は上に報告して参りますので。では失礼」
直ぐに通されたことに少し驚く。改めて、勇者と神の影響力を思い知った。どう攻略するか。中に入った途端に本能的に湧いてくる安心感が、この都市の安全さを証明する。
本当に纏めて焼き払うしか無いのではないか?そう感じる。その時のために、魔力を練り上げ、昂らせる。
勿論、表面上はポーカーフェイスで、戦闘及び破壊準備にあることなど悟らせないが。
「勇者様‼勇者様‼」
呼び掛ける声が聞こえる。誰かと思えば数人のドワーフが駆けてくる。勇者様という単語を聞き、道行く人々は驚愕、そして興奮、といった表情をしてレバートの方を見る。
「勇者様、この街にお入りになられたと聞き、慌てて駆けつけました。本来であれば歓迎し、至高の武器をお送りしたい所ですが、生憎現在、魔族の少数精鋭による侵攻が確認されました。他の勇者様方と共に、戦って頂けないでしょうか。お願いします」
土下座の勢いで頭を下げ、懇願されるレバート。しかし、
「人違いです」
「んなわけないでしょう‼その見た目で人違いは流石に無理が有りますよ⁉とりあえず、話だけでも」
当然、人違いで通る筈がない。自分より背の低い者達に半ば持ち上げられながら、街の中心部へと連れていかれる。
僥倖。まんまと政府の建物に侵入することに成功したレバートは直ぐに辺りをサーチ。建物の構造を把握。即座に脳にダウンロード。情報を叩き込む。
その際見えたむさ苦しい筋肉ゴツゴツのドワーフの男衆の風呂や、美女の写真を部屋中に貼り付けた変態の部屋等は、決して見なかったことにして。
「勇者様。武器をお求めと聞きました。お望みの武器を御作り致しますですから何卒、どうか」
信仰はここまで人を変えるのか。この言葉を聞いた感想だ。最初にこの言葉を語った人物を見た感想はプライドの高い職人気質の男。
しかし今となっては他者に頼る弱者。長らく神々という庇護下にあった弊害か、どうもこの世界の者は自らを鍛えようという意思にかける。
勿論、それは一概には言えない。自らを極地まで鍛えた達人もいる。それに、向こうの世界では平穏な日常を甘んじて享受し、ぬるま湯に浸って生きていたレバートが言えた義理ではない。
コンピュータが触りたい。ゲームに没頭したい。電子書籍を寝落ちするまで見ていたい。いくら憤怒と憎悪にまみれていようとも、そんな欲望が湧かない訳ではない。
だが、根本的に感じる違和感。科学の進んだ世界で神など居たら愉快程度にしか考えていなかったレバートには絶対的に理解できない、分かち合えない認識。
───神は万能であるという認識。
この世に生まれ、自分に降りかかる不幸は全て高次元に至るための神の試練であり、神は万能であり、その神が使者として与えた勇者ならば必ずや魔族に勝利するという絶対的信頼。
狂っている。そう認識せざるをえなかった。
勇者と言われども所詮は学生。自分で金を稼ぐことすらままならず、精々アルバイトくらいしか経験がなく、地球でいう高校まで義務教育のレールが敷かれた世界で生きていたガキだ。
勇者勢でレバート以外にこの狂気のシステムに、思考に気づいているのは、謎の思考回路を持つ【狂犬】くらい。
後は、アナスタシア教諭が少々この社会システムで文明が発展していくことに不安を感じているくらいだ。貧富の差を何とも思わない、絶望的な格差社会が出来上がるのではないか、と。社会化教員免許を持つものならではの着眼点で考えている。
正直な話、仲間を殺す気など更々ないが、頼まれた振りをしてやって出ていくのも悪くない。そうレバートは考えている。彼は既に、この都市の大きな欠点に気づいている。
その欠点はいつでも突ける。なら仲間と合流し、万全を期してからでもいいと判断したのだ。
こんな掘られて出来た街なら計画的に作られている筈。つまり何処かに全てを網羅した地図がある筈。
そう考えたレバートは、建物の構造をサーチした【復讐者の勘】と【操作】の合わせ技を応用し、資料室を探り当て、更にはその地図を探り当てた。
その後、【操作】の派生であり、応用でもある、【操作】と同類。遊興の神ゲレンが外来の神々の作ったスキルでは原典には余程の特異者でもない限り勝てないと思い、残した対神々用完全習得には才能必要不可欠の、ある意味では欠陥スキルの一つ。【複製】を用いてコピー。
勿論、これだけでも想像を絶する絶技だ。
レバート。彼は言うなれば、神ゲレンのスキルにのみ特化していた。しかし芽吹くにはいくら特別な才能があろうとも時間を必要とし、更にはゲレンのスキルがゴミと認識されていたため、彼は無能の烙印を押された。
これが聖光教会の最初にして最大のミス。レバートの可能性を見誤った。あの聖女でさえ。それを魔王ジギル・アーラーンは見抜いていた。後に第二次神魔大戦や、魔王大乱などと好き放題に呼ばれるこの戦争。実質、レバートをどちらの陣営が引き入れることが出来るかで決まっていたのだ。
勿論、そうなるようにゲレンが仕向けたというのもあるが、殆どは偶然の産物。前哨戦はそれをいち早く見抜いたジギルの勝ちといったところか。
「まぁ、受けてやらんでもない。……但し、条件だ。これより強い武器を用意しろ。用意できかったら、魔族が、貴様らを皆殺しにする前に、俺が貴様らを皆殺しにする」
レバートが背負っている武器を見せた瞬間、絶望。鍛炉の仕事とレバートによって施された魔改造の数々。無理、という言葉が喉から出そうになる。
実際のところは、レバートとしてはいい武器持って帰って、武器マニアで敵のドワーフの武器すら集める鍛炉へのお土産にしよう、程度にしか考えていなかったりする。
誰もが黙りこんだ部屋。写真家がここにいたなら、この風景を撮れば「世界終末への諦感」と名付けるであろうと思うほど、重い、重い空気がのしかかる。
鍛炉の武器は超絶重かったり癖があったり扱いにくいが、それさえクリアすれば超一級品。これを十全に扱えるレバートには、これ以上の武器など、伝説の武器くらいしかあり得ないと、職人の目が悟る。いや、不幸にもそれを理解してしまう、といったところか。
さて、誰が話し出すか。面倒だし、そろそろ凉白達に加勢しなくてはならない。と少々焦っているレバートは、自分の軽率な行動に後悔していたりする。
───バァンッ
ドアが蹴破られる。静謐が破られる瞬間というのはいつも突然だ。ひどく淀んだ空気を、まるでドアから入ってきた風が換気でもしたかのように、一気に入れ替わる。
後光を背負い、現れたのは見た目は歳幾ばくもない少女だった。
「ビビりか‼てめぇらは。ドワーフの命運がかかってるんだからさっさとしろよこのジジイども」
「お、お主、よもや盗聴機を付けておったな‼」
「おうよ。そっちの方が話が早ぇだろ。……癖はあるし無茶苦茶なくらいに重いが、確かに業物だな。何処で手に入れた」
やっとこの質問が来たか。恐らくくるであろうと設定を考えていた質問がやっと来た。想定よりもかなり遅かった。気概はいいなと、レバートは少し気に入る。
「先ずは合格か?試すような目。どうも腸が黒そうだな」
「否定はしないでおこう。これは魔族のさる武人が持っていた武器だ。三日三晩の死闘の末に何とか打ち勝ち、その武人にこれを貰った」
適当に上手くそれっぽく考えたフェイクストーリーを充てる。
「……魔族の武器使ってんのかよ⁉教会に聞かれたらヤバイぞ。あんたは中庸、何でも使えるものは使う質なんだろうがよ、魔族を毛嫌いする奴等がごまんといるからな。……まぁ、魔族の武器って言うことなら負けられねぇな。いいぜ、族長の娘、シャルロットの名に懸けて、必ずや作ってやる‼」
活気あるいい返事をするシャルロット。目には自信が満ちている。盲信や思い込みではない。真実として出来ると判断できる瞳だ。
結局、滅びの運命は変えられない。なのに努力しようとしているところを見ると少し心に棘が刺さる感覚をレバートは感じる。
気概のある奴もたまにはいる。気持ちのいい奴だ。だが、世の中往々にして、そういういい奴程早く死に、悪人、老害ほど長く生きる。神がいると言うのにこの世は不平等だ。
だが、無視して進むしかない。復讐のために完全に割りきる。仕方あるまい。せめて心の中で謝罪するレバート。
バサリとコートを翻して、優雅に部屋に背を向け歩き出す。




