エルフの里
「はぁ、はぁ、はぁ……。やはり、結構、精神的に疲れるな。短期決戦で決められないときは十五秒が限度か」
「やらかしたな。魔刀は壊れるとは言ったが、普通ここまで粉々に砕け散るか?どんな力で振るったんだよ……」
中央が壊滅した町のなかに入り、魔道具の設置を終わらせていた鍛炉が、消滅寸前の魔刀を見て呆れる。刀身は折れるとかそういうレベルではなく細切れにされ、粉微塵になっている部分すらある。
「加減なんて出来なかったからな。理性が半分以上吹き飛んでいた」
「それで破壊の方向性に突っ切りましたってか。洒落になんねぇな」
狂化は理性が飛ぶだけではなく、力の代償として思考能力の低下、暴力性の付与を行う。その分、先程のような圧倒的なパワーが生まれるのだが。
「次、行きますよ。休憩は要りますか?」
「いや、肉体磨耗は大したことはない。制御に少し精神を持っていかれただけだ。一分もあれば回復する」
「化け物、だな。一分ごとにあの悪夢を再現できるということだろう」
カイザーが恐怖とも警戒ともとれる目線をレバートに向ける。が、レバートとて流石に化け物扱いされれば抵抗する。
「三回が限度だ。先程言ったように、一回の発動を十五秒程度にすれば、もう少し伸ばせるが」
「とはいえ、自分にとっては狂化状態の時の方がやり易いが」
「だろうな。隙だらけだ。基本的な運用法としては、通常状態をメインにして、距離を一息に詰めるときや、高威力が必要な場面で使う」
「狙撃兵や暗殺者としては、張りつめて警戒を露にしている普段の貴方の方が脅威ですけどね。力戦タイプのパワーファイターには、先程の力は有用でしょうね」
力戦勝負の相手には使いやすいかもな。だがせめて真狂化ではなく通常の狂化を用いるべきだろう。そんな相手がいないことを願いたいが、エルフの長などは侮れない。
陛下との戦闘では狂化など余程の窮地でない限りは使わなかった。理性を失って作る隙は、余りにも致命的だった。陛下に勝つには、紙一重の攻防をこなせる心と、泥臭い粘りが必要だった。
「地図によると、もう教会のある街はありません。教会が無くては神の降臨の儀式など行えないでしょうし、優先度は低いです。このままエルフの里を攻め滅ぼしましょう」
「エルフの里か、彼処は森に囲まれた天然の隠れ里と聞いているが、自分が斥候をしようか?」
カイザーの提案は有り難いが、魔法に特化したエルフのことだ。カイザーの隠密すら反応する探知機があるかもしれない。
「いや、そんなものがあれば結局どう足掻いても見つかる。……よし、カイザー、頼んだ」
「了解した」
するとカイザーは即座に身を反転させ、夜道を疾駆する。直ぐにそのシャドウの体は闇に溶け消え、コボルトの尻尾や耳、金髪も不思議なことに、闇に異物として浮かび上がらずに消える。
「んじゃ、俺たちもぼちぼち行くか?」
「そうだな。なるべく気配を消せ。森の入口くらいまでいくぞ」
「おっと、そいつぁ鍛治師には無理な相談だな」
確かに。考えてみれば当然である。凉白も、思い出したように納得し、同時に呆れた顔を見せる。
「そういえば、貴方、鍛治師でしたね。それがこんなに前線に来てどうするのですか」
「矢とか提供できるぜ。というわけでほら、さっき削っといた木に加工しといた鏃と羽根を着けた。何本か消費したろ?貯蓄は十分だろうと思うが、有って損はねぇぞ」
いつの間に作っていたのやら。鏃と羽根は数に限りがあると、小道具を入れた袋の中身を見せる。が、こいつなら、其処らの石を削るなり打つなりして鏃の一つや二つ、簡単につくるだろう。
羽根に関してもちょっと鳥を仕留めてくればいいだけの話だ。現地調達できる。
「しかし、問題は鍛炉の隠密能力だな。どうする?」
「それに関しても抜かりねぇよ。ババアに薬学と裁縫も教えられててな。魔力の気配を遮断する薬と、大蛇の腸を糸にして作った姿と気配を消すローブだ。これで修行中によく抜け出してたわ」
その度にババアに殺されかけたがな、と鍛炉は人差し指を口の前に立てながらニヤリと笑って見せる。しかし全長30メートル以上ある大蛇の腸を活用するとは、中々にえげつない。
「今回は、逃げ出さないで下さいね」
凉白が圧力の嵐を鍛炉に一点集約させ、逃げたらどうなるか分かってるだろうなと脅す。目が笑っていない。
「流石にしねぇよ。ちゃんと命賭ける覚悟で来てんだよ。そこは安心しな」
「なら良かったです」
安堵の表情を見せてニコリと笑う凉白。こういう時は本当に美人だなと思うのだが、戦場で見せる烈迫の覇気が美しいより先に格好いいと感じさせる。女性にモテるタイプだな。
呼び出される前の世界では女性同士の恋愛物語が存在した。何だったか。確かお姉様と呼んで慕うらしい。読んだことはないからよくは知らないが。
「何か失礼なことを考えていませんか?」
ハッ‼殺気。これは、女の勘か。
「いや、女にモテそうだと思っ……
「止めてください‼それ以上を言うと、戦争ですよ」
おっと、これは禁句だったらしい。腰に提げた太刀が鯉口をきっている。先程までより洗練された肌を熱した金属で焼き貫くような殺気。間違いなく本気だ。
「分かった。謝罪はしないが、今後はこの話題を決して口に出さないと誓おう」
カチンと、小気味いい音が響き、太刀が完全に鞘の中にしまわれる。
「ッ‼カイザーから連絡です。現在エルフの軍が大規模移動中。王国への支援とのこと。何でも、敵兵は王国が要地と話しているようです」
「んじゃ、王国で神の降臨の儀式をやるってか?しっかし、今から攻められるってんのに他国のこととは呑気だな」
「とにかく、陛下に報告だ」
※※※※※※
『成る程、状況は理解した。だが、こちらには中止の報告が入っている。エルフの里を落とせ。我が国の軍は今、アマゾネスの国を落として王国攻略中らしい。早急に陥落させるように伝えておこう。王国を落とせば籠城でオレが着くまで持ち堪えさせればよいだけよ。貴様らは、エルフ軍は放っておいていい。ドワーフ地下帝国を優先しろ』
『では、我々の任務には変更はないと?』
『ああ、オレも獣王国はもう落とした。今帝国で皇帝と聖女と神託者と勇者の中の数人と殴りあっているところだ。それからレバート。エルフの里とドワーフ地下帝国に、勇者もいるらしい。顔割れしては困る。変装は忘れるなよ。まぁ、直に決戦故、あまり変わらぬかもしれぬがな』
『承知しました』
儀式の詳細日時が判明していない現段階では、身バレは防ぐべきだろう。笠を被り、コートと鎧を脱いで袴に着替え、主武器は太刀に。【声帯変化】で声をかえる。そして仕上げに、顔にボロボロの布を巻き、マスクをつける。
「あら、ここにいる全員太刀でお揃いですね」
凉白が腰に提げた太刀の柄を、コンコンと叩きながら言う。
「ま、全部俺が鍛えたんだがな。凉白の“霜月”とレバートの“炎天紅蓮”も強いが、俺の“試作・瀧酒”と“神鳴雷煌”は魔刀だ。期待してくれていいぜ。カイザーにも太刀持たして、四人とも太刀でエルフの里に特攻でも仕掛けるか?」
便乗する鍛炉。たしかに、全員同じ武器というのは、少しロマンがあっていいなと思うが、暗殺者に太刀は向かないだろう。因みにカイザーはダガーや短剣など、短めの武器を両手に持つ。
「それは無理だが、今度同じ武器で魔獣討伐なんかやってみるか?例えば徒手空拳縛りとか」
鍛炉に向かってニヤリと笑いながら提案してみる。
「おいおい、いろんな道具とか魔剣の類い使う俺が一番苦手な分野じゃねえか。というか、国を落とすのに普通こんなに和やかか?もっと張り詰めるんじゃねえか?」
「軍が出掛けたからだろう。幸い、いるのは最低限の門番と勇者だけだ」
「うわっ‼びっくりした‼突然出てくんなよ」
突然の登場に驚いて躓き、頭から綺麗に転んだ鍛炉に手を差し伸べる。気配遮断のランクがあまりにも低かったので当然、俺と凉白は気付いていたが、鍛炉は気付いていなかったようだ。
「鍛練が甘いぞ、鍛炉。そんなことでは死ぬぞ」
「フフ。綺麗な転びかたでしたね」
「うっせえな。あとレバート、そこに関しては問題ねぇ。見てみろ」
鍛炉はそう言うと、身につけている装飾品を見せてくる。どれもデザインが一級品なだけでなく、魔法の力が籠っているのが分かる。
「これが“矢避けの耳飾り”、遠距離攻撃に対して障壁を張る。凉白のレベルなら割られると思うが、逸らすくらいはできる。で、こっちが不意討ちに対して障壁を張る“闇討ち晒しの首飾り”。魔法攻撃の効果を下げる“魔除けの御守り”に精神攻撃を妨害する“閉心の腕輪”。こう見えて対策はバッチリだ」
自慢気に話す鍛炉。子供の自慢をする父親のようだ。きっと、自分の自信作を誰かに見てほしくて堪らないのだろう。
「というか、そろそろ行くぞ」
「あぁ、もう問題ない。エルフの長が出掛けたのは有り難い。ルートは調べておいた。案内する」
あとをつけ、森に入る寸前、抜刀し、そいつに太刀を突きつける。凉白と鍛炉も太刀をかまえ、そいつを睨み付ける。
黒炎を撒き散らして脅す。それに対抗するようにして猛吹雪が吹き荒れ、辺りを凍らせる。しかし、黒炎とほぼ同威力?
魔眼にも差があって、凉白の【氷結ノ魔眼】は【憤怒ノ魔眼】よりも下位の魔眼なのだが、以前よりも威力が高いな。
「それは助かる。が、その前に一つ聞いておこう。───貴様は誰だ」
使い古されたセリフだが、この状況をあらわすには最適なセリフだろう。限界まで怒気と殺気を言葉の中に詰め込む。
「何言ってる、カイザーだ」
「否。貴様はカイザーではない。貴様は誰だ。何が目的だ。本物はどうした」
矢継ぎ早に質問の嵐を被せる。本当は、仲間の姿と声を象り、俺たちを騙そうとした時点で万死に値した。即座に切り伏せてやりたかったが、情報を得るため、ここまで泳がせた。
気付いた切っ掛けは数個ある。先ず、俺たちにとって都合よく事が運びすぎた。二つ目に聖女の方に援軍中止報告が入ったのを、陛下が魔法パッキングして知っていた。大方、カイザーが発見されてから予定変更したのだろう。
そして最後に、演技が下手すぎた。カイザーは周到な奴だ。森の木の影の側に立って、俺の影と繋がるようにしていたら、先ず間違いなく影から出現する。なのに地上から現れた。奴はシャドウ特有の特性スキルを使えなかった。そして何より、気配遮断のレベルが低すぎだ。
幾ら刃を突き付けても問いの返答は奴からは全く返ってこない。拷問に踏み切ろうとしたその時、別のところ、カイザーとのやりとりのために持っていた通信機から返ってきた。
『───ザザッ、ザザザッ。いや、まさかバレるとわね。私は、エルフの長、と言えば話が早いかな』
三者、眉をピクリとも動かさなかったが内心は動揺している。エルフの長、という可能性としては予測していたが、向こうからコンタクトをとってくるとは思いもしなかった。
通信機を使って、カイザーのふりをしていたのだから、通信機は持っていて当然な訳だ。
『正体については語った。そこにいる彼もエルフだ。目的は、愚鈍でなければ分かるだろう?本物は、いま我々と鬼ごっこ中だ。命を賭けて、ね』
そう、エルフの長が語った瞬間、里の方から眩い閃光が。
『影に逃げ込まれては困るのでね。多方位から光をあてて、影を少なくしている。さて、こちらは質問に答えたのだ。私からも質問を一つ、いいかね』
カイザーの偽物をしていたエルフを切り伏せながら話を聞く。が、どうやら戯れ言だったようだ。太刀についた血を払い、否と答える。
「答えてやる義理はない」
『だろうね。だが、今こちらはシャドウの彼を人質にとっているも同然なのだよ?』
「ならば今すぐ助け出すだけです」
凉白が俺に目配せする。直ぐに魔力を練り上げ、起動させ、転移術スキルで異空間にしまっていた物をだす。これは、今の俺の象徴となっているのではないだろうか。
『では直ぐに殺すと言えば、話を聞いて貰えますか?』
「それまでに助ける。アイツはそうそう死ぬやつじゃない」
『ですが、私が加わればどうでしょうか?今は話しているため、手を止めていますが、今すぐ参戦すれば元々多勢に無勢。直ぐにけりがつくでしょうね』
そう言っておいて、俺たちを足止めした隙にカイザーをその多勢で殺すつもりだろう。さてはこいつ、交渉とか詐欺下手だな。大方、力だけで選ばれたのだろう。
『私の魔法の穴を聞きたいだけですよ。嗚呼。魔法は至高。神の如く尊く、貴く、崇高だ。そこに穴があるというなら是非。是非とも聞きたい‼』
理解した。もう少し冷静で知略の回る人物だと判断していたが、つまるところ、こいつは変態なんだ。極度の魔法馬鹿。普段はそうでもないが、ある一つのことになるとブレーキが効かないタイプの奴だ。
「知るか。問題は魔法じゃなくててめぇの観察眼だ‼気持ち悪ぃ」
「それから、お仲間には気を付けろと言っておいた方が良いぞ」
※※※※※※
「長老、長老‼フレシア長老‼兵が壊滅状態、直ちに撤退か援軍を‼」
「落ち着きなさい。何があったのです」
さっきまでの自分の姿を棚に上げて問う。レバートたちがここにいたら、お前が言うなと突っ込んでいるだろう。
「黒い、鎧の化け物が‼暴れ回ってるんです。もうアレは魔族でも何でもない。ただの化け物です‼」
「これは、貴殿方の仕業ですか」
通信機に向かって話しかける。状況証拠からして誰もが疑うだろう。それに話に出ていた黒い鎧の化け物の正体に心当たりがあった。
『えー、なんのことでしょう。と、惚けてやってもいいが、まぁいいだろう。分かっての通り、元凶は私だとも。黒血のこと、先の戦争で知っているでしょう』
「すると貴方は、あの奇妙な剣士ですね。貴殿方は魔王直属特殊部隊を名乗る輩でしょう」
『ご名答です。ですが、もうじき死ぬ貴方には関係ありません。仲間をいたぶってくれた怨み、存分に晴らさせて貰います』
凉白がそう言うと同時に矢の雨が降り注ぐ。降り注いだ矢は氷の槍を放ち、場を氷結地獄に染め上げる。今回は偽物ではない本当の地獄の降臨。
「何れだけの距離があると思って‼」
「例え十キロでも当てる。それが凉白だ」
通信機からではない。至近距離からの声。咄嗟に防御壁を張るフレシア。そこに太刀、炎天紅蓮が突き刺さる。
「剣士が、剣を投げた⁉」
「ハッ、どんな使い方でも使って貰えりゃ鍛治師冥利に尽きるってな。森ごと焼き払え。神鳴雷煌‼」
───バリバリィッ‼
空気を切り裂き焼く音が聞こえたかと思うと黄金の輝きを放つ雷が迸り、木を、葉を焼き斬り、炎天紅蓮を流れて防御壁を貫く。
「長老‼」
近くにいたエルフがフレシアに覆い被さることで雷から逃れる。行き場を失った雷は最後の足掻きとばかりに空気中で弾け、火花を撒き散らして消えた。
人的被害こそなかったものの、雷は鍛炉が宣告した通り、森に火事をもたらし、神秘的な景観を破壊していく。いや、夜の森の木に火が移り、燃えていく様は先程までの静かなる森にも劣らぬほどに神秘的であった。
森の焼き討ちはレバートの元いた世界では環境破壊だの何だの五月蝿く煩わしいが、この文明レベルが古代の世界では戦争の戦略として採用される。
最も、魔王ジギルが画期的な発明をし、様々な分野に力を入れさせているので、魔族の国では人間の国と違って割りと文明は進んでいる。それでも尚、夏には半裸の者も多い世界ではレバートのトレンチコートや他の勇者の服というのはあまりに異質だが。
ジギルは防具ほぼ無しに、日除けのマントとズボン、ちょっとした魔力の籠った装飾品だけという古代らしい服装をしていたりするし、シャドウは服を着る必要があまりないので、全裸というのもあまり珍しくはない。
全裸だろうと何か着ていようと、他の種族からすれば男女の違いすら分かりにくいのがシャドウ。酷いことに、人間からの認識は最早黒い動く靄である。
まぁ、とにかく、どれだけ森を破壊しても問題ない、という訳である。
「死ね」
地面に落ちた炎天紅蓮を拾い上げ、正眼に構える。敵だがせめてもの情け。一撃で殺してやろうと力を込める。地を踏みしめ、猿叫を上げながら太刀を振り下ろす。
「チエェェェストオォォォォォ───ッ‼」
必殺の剣。この一撃に全てをかける。
「止めろぉぉぉッ‼必中槍・疾駆万貫‼」
槍が後方から飛んでくる。普通の投げ槍なら【硬化】と【鬼気】で防げばいい。そう思ったが、【復讐者の勘】が危険を報せ、叫ぶ。
咄嗟に地を蹴り転がることで回避。しかし避けた筈の槍は大きく旋回し、尚も標的を刺し貫かんと挑みに来る。
「長老さん、今の内に里の本隊の方に加勢を‼集団戦では普段から連携を鍛えている貴方の方が有理。適材適所、ここは俺たちが変わりましょう」
チッ、逃げられたが、それどころでは無いようだな。槍の穂先を右手に持った太刀に左手を添えて流して軌道を反らす。そして、こうッ‼ダンスでもするかのように一回転。左手で槍を掴む。槍が手の内で暴れ、槍の魔力が手を弾こうと膨れ上がる。
魔槍というものだろう。これは人を選ぶ武器だ。だが、それを無理矢理掴むことも出来る。長時間掴むのは魔王陛下くらいしか出来ないが。その前に方をつける。
「【操作・干渉開始】」
遊興の神ゲレンに習った【操作】の秘奥。曰く、操作とは万物に干渉し、操る力であると。
始めに素材、組成、構造、式、関数を理解。次に魔力を以てそれを制す。その組成に沿って、回路に電気を通すようにして魔力を通す。そして最後に命令。
因みに、才能か【思考加速】、【並列思考】、【高速演算】のようなスキルが無いと、あまりの複雑さに理解する前に体が悲鳴を上げ、血が吹き出し、最悪脳が焼かれて死ぬ。
相当危険な賭け。それもグングニルという伝説の槍を相手に始めてすることではない。グングニルが無機物だったため、【操作】の派生のレバートお得意【無機物操作】が使えたからよかったものの、これが生物、例えば伝説の世界樹の枝的な物だったら失敗していただろう。
だが成功は成功。グングニルの命令はレバートを追うから、所有者を殺すに書き換えられ、所有者の下へ急加速して突っ込む。
「返ってきた?」
「何かおかしいぞ、全然減速しない‼」
「クッ、あの怪しげな剣士の男に何かされたのか⁉戻れ、グングニル‼」
書き換えられた命令を更に上から書き換える命令。【操作】を使って命令していたとはいえ、元の所有者の命令があれば更に上に上書きすることは余裕だ。
所有者は、えっと、えっと、顔立ちが整ってて女子にキャーキャー言われてる……イケメン野郎の、えっと、誰だっけ?
「また会ったな。先の戦場以来。先の戦場で一度殺された怨みを晴らさせて貰おう」
語りかけてくるのも勇者の一人。小太りの男の名はジョナサン。残機を作る能力で何度か死んでも生き返る事が出来る。現状では一番厄介な能力の持ち主だ。
「怨みを晴らすのは良い。が、下手な戦力では先に私に殺されるのがオチだぞ?勇者よ、残機の貯蓄は十分か?」
勇者の表情に戦慄が走る。大方、「何故知っている⁉」といったところだろう。実に予想通り。全く、ありふれたつまらない反応だ。
戦いとは駆け引き。せめてポーカーフェイスで隠すくらいのことはして欲しかったが。
「中々の情報通と見える。だが、多勢に無勢。その事を分かっているのかね?」
「戦争とは数である、という理論。あぁ、ある意味それは正しい。だがそれは、私には通用しない。通用するのは戦力差があまりにもかけ離れていない場合の話だ。この戦力差では数が揃ったところで烏合の衆。無意味なのだよ」
この程度ならやれる。幸い、エルフの方は鍛炉とカイザーが相手をしている。鍛炉は一対一では不利だが、大破壊の武器を用いるという都合上、殲滅戦には向いている。もってこいの舞台だ。黒血もいる。先ず負けることはないだろう。
俺の戦力と凉白の後方支援があればこのあとドワーフ地下帝国を攻め滅ぼす余力を残して勝てる。
「確かに、こちらの最強の武器が効かないと見た。何故かは知らないが君はグングニルを操れるようだ。だが、あの兵器を操っているのは君だろう。思考リソースをそちらにとられては厳しくないかね」
ある意味、図星ではある。実際、聖女相手なら些か厳しいだろう。黒血の存在意義は二手に別れて攻撃できるというものだ。決して戦力が増すわけではない。寧ろ分散だ。こいつらが何人いるかにもよるが、最悪向こうを停止させることになる。
「オートモードがあるのでね。問題はない。それと、先程から貴様しか話していないが、必殺技の準備をしているのならさっさとするようにと後ろの者たちに伝えた方がいいぞ」
オートモードなんて便利なものは無い。あったらいいな。頑張って造ろうかなとか思っているが現状は無い。大事な事だから二回言った。
だが図星を悟らせることは愚策。そうなれば奴等は意識を分散させることに重点をおいた戦い方をしてくるだろう。故に嘘でかわす。
そして後ろでこそこそとしている者たちを睨み付ける。あの式は恐らく高等集団儀式魔法【神罰の炎】と呼ばれる。
やけに仰々しい名前だが、ようは聖光教会のセコい魔法使いどもが対魔族用にせっせと必死で造って、神罰だの何だのと騒いでいる、選んだ対象だけを焼く魔法だ。
だが、何人もの魔法使いやエルフが寄って集って造っていただけあって面倒な魔法だ。俺には【炎熱耐性】があるから効かないと思うが、鍛炉とカイザーには効く。凉白は……多分自分で冷やすな。
「残念だが、破壊させていただくとしよう」
抜刀術の構えで太刀を収めたまま、最短の直線を一気に駆ける。当然のごとく邪魔が入る。
盾役の男の盾を踏み台にして乗り越え、薙ぎ払われた槍……グングニルを蹴り飛ばす。
着地後、一歩踏み込む。瞬間移動と同じレベルの、小数第何十位という極限の早さで五メートルを駆け抜け、太刀を抜刀。
「魔逆の呪詛」
ボソボソと気付かれないような小声で、魔法陣を一刀のもとに両断しながら言う。
「地面は砕けたのに魔法陣は両断されただけ。接地型や描画型ではなく配置型か」
魔法陣には三つのパターンがある。一つ目は接地型。地面を削って描くタイプだ。魔力を込めた液体を流すことで強化できる。一番向いているのは水銀だ。
二つ目は描画型。何かに筆記用具を用いて描くタイプだ。例えば昔は粘土版。これはほぼ接地型と変わらない。欠点は地面、地脈から魔力を引き出せないため、威力が劣ること。いい点は持ち運びに便利なこと。
最近粘土版に代わって用いられているのは羊皮紙。聖女の呪符がその一例だ。欠点は粘土版と変わらない。地脈の恩恵を受けられないことだ。
いい点は持ち運びが更に便利になったこと。元々が粘土版よりも遥かに軽い上に、自在に巻けたり折り畳めたりする。それから、魔力をインクに込めて強化することも出来る。プリンターがあれば、いや、何かしら活版印刷の技術があれば確実に量産型として飛躍する。
最後の配置型は、何かに描かずに、魔力で魔法陣を描くタイプ。欠点は地脈の恩恵とインクや水銀での強化が出来ないため威力が劣り、魔力で描くため、消費魔力が多いこと。いい点は、失敗したり壊れても補修できること、移動させられることの二点。なのだが、
「反応が遅いぞ、勇者ども。それでは配置型の良さを消しているも同義。それでよく、私に勝とうと思ったな」
勇者たちはあたふた慌てて消失寸前の魔法陣を直そうとする。が、慌てているため中々上手くいかないようだ。その隙を突かれないように、前衛陣が足止め狙いの粘りの手を繰り出す。
足止めされようと、問題はない。既に手は打ってある。
「これで、完成‼」
確か、学級委員長だった女が完成報告をする。教師に話しかけられたときに一緒に突っ掛かってきた女だ。
魔法陣が完成し、いざ、神罰の炎の発動。
「と、思うだろ?」
条件起動。ある一定の条件が成されたときに魔法を発動させる。つまるところ罠だ。下手をすれば一生日の目を見ない状態で放置されることもある、ある種の賭けだ。
「アッ、アアあああァァ‼」
「な、何をした⁉」
「ただの呪いだ」
致命的な隙。そして何より、現時刻、黒血とカイザーの里への侵入が完了した。勝ちはほぼ確定。逃げ惑うエルフの声。魔法をいくら乱射しても効かない黒血に恐怖しているのだろう。
「さぁ、黒血。存分に暴れまわれ。ここは、落とさせて貰うとしよう」
「そんな事が、許されるとでも‼」
顔だけキラキラ野郎が何かほざくが関係ない。戦場とは非情。力を持つものが正義である。
「まて、■■■■■。ここは任せてくれ」
ジョナサンが顔だけキラキラ野郎を止める。しかし、名前がよく聞き取れなかったな。何て言った?
「貴様一人で相手になると?時間稼ぎで逃がすのか?死んでも生き返るから、と。そんな奴等のために死んでやるほど貴様の命は軽いのか?唯一だ。お前が、お前だけが唯一見所がある。あぁ、あの強いものイジメの好きな勇者もいたか。あれはアレで危険な匂いがするが。……まぁ、今はいい。なぁ?こっちにこないか?」
「確かに、生き返れると分かっていても、それでも死ぬのは怖い。降伏させてもらえないだろうか?」
「え、おい!何でこんなやつらに‼というか、アイツを知っているのか⁉」
随分と虫のいい話。何か企みがあるのか?
「随分と虫のいい話だな」
おっと、つい声に出ていた。
「それは重々承知している。先まで殺し合っていたのも承知の上。捕虜扱いとはいかないだろう。馬車馬の如く奴隷に使ってもらっても構わない。作戦書だ。これも提出する。他の情報もなんでも提供する。だが、命だけは助けてほしい」
土下座だ。瞳には理知と策謀の色が滲んでいる。が、決して悪巧みではない。生きるために必死で知恵を回している。何よりこいつは、嘘つきの目をしていない。俺は自分の瞳と悪意に敏感な【復讐者の勘】を信用している。信用するには十分だ。
「ふん。まぁいいだろう。元々は君たちも神の被害者だ。丁重に扱おう。あぁ、我々が神殺しを成した際には君たちも帰れるかもしれないぞ?」
「え、本当に」「マジかよおいおい」「なぁ、こっちに就いた方がいんじゃねぇの?」「私、向こうに行く」
チョロい。いや、元々はただの学生なのだ。覚悟を決めていた訳でもない。戦争の無いぬるま湯で育った。かくいう俺もそうだった。あのとき、憤怒が芽生えるまでは。
「待て‼俺は反対する。今までよくしてくれた皆さんを見捨てるのか」
「どうぞ反対してくれ。我々に支障は無い。死体が一つ増えるだけだ」
睨み合う。一秒、二秒、三秒。キラキラ野郎の顔に脂汗が浮かび、奴が顔を反らそうとした瞬間。
「助けに来ました‼さぁ。一緒に逃げましょう」
アナスタシア教諭が来た。ペガサスに騎乗して。「嘘だろ」と言いたいのを必死で堪える。というか「う」は言ってた気もする。
「先生、先生‼この人が、元の世界に帰れるかもって‼もう少し話してからでもいいんじゃない」
「そんなの嘘に決まってるだろ‼魔王軍の言葉が信用できるか‼聞いてたでしょう、魔族は狡猾な奴等だって」
キラキラ野郎はまだ抵抗する気なのか。リスクリターンの計算が出来ないバカはこれだから困る。何でグングニルはこんな奴を選んだんだ?
確かグングニルの選定条件は、信念を貫く?いや、それはデュランダルだったか?不撓不屈の精神とかそんな感じだ。多分‼あぁ、不撓不屈だな。確かに。それは蛮勇と言うが。
「どっちにしろ、我々としては君たちを無力化出来れば問題はない。と言っても、厄介そうなのはそこの、ジョナサン君と言ったかな。君とあの凶人だけだ」
納得ぎみに頷く勇者一行。凶人で伝わるとは、流石だな。さて、キラキラ野郎だけ気絶させるか?それが一番手っ取り早い。あーあ。そんなこと考えてたらエルフがわらわら寄ってきた。
「勇者様方を助けろ‼総員、放て‼……我々が時間を稼ぎます。今の内に王国王都へと向かっている本軍に合流して下さい。」
取り囲む無数の魔弾魔槍。空を飛ぶエルフたち。まさか、勝てると思っているとは、笑止‼カイザーと鍛炉が制圧完了したらしい。最早勝ちは確定。殺す意味は無いが、挑むと言うなら叩き潰してやろう。
「呪鎖よ、叩き落とせ」
見た目は黒に紫を混ぜたような、薄い光を放つ鎖。呪鎖に魔弾の類いを絡め取らせて地面に叩き付ける。
地面に亀裂が走る。メリメリと音を立てながら周囲の木が折れていく。発生した砂塵の土煙の中を駆け抜ける。一番近いエルフの心臓に一刀。突きだ。引き抜くと鮮血が飛び散る。
返り血の生暖かさを感じながら次のエルフの集団に。スリーマンセルのチームなのか、三人横並びで固まっている。丁度いい。
太刀を投擲。三人を同時に貫く。少し重いが炎天紅蓮、流石の切れ味だ。
「剣士が剣を投げる⁉いまの奴は無手だ。いまの内に殺れ‼」
全く、甘く見ないで貰おうか。異空間から鍛炉の作った戦斧を出す。相変わらず重い。だが、重いということはそれ即ち、
「威力が出ると言うことだ」
疾風と共に駆け抜ける。転移を構築しながら天高く跳び、斧を大きく振りかぶり上段から下段へ叩き付ける。空中で行ったが、余波で地が割れ、木々が吹き飛ぶ。
「な、化け物め‼」
ギリギリ回避したエルフが突風に吹き飛ばされながら悪態を吐く。それを見ながら地面に着地。と同時に転移。エルフが固まっている場所に。エルフの真裏にいるので気付くことなく滑稽に姿を探している。
「後ろだ‼」
対角線上にいたエルフが存在に気付くがもう遅い。黄金の煌めきを放つ斧が五人のエルフを横に断絶上半身と下半身が泣き別れる。余波で木々すらも真っ二つに。
ふと思ったのだが、鍛炉の作品には全て黄金の装飾がしてあるな。俺のメインウェポンの三ツ又槍や大剣も黒や赤黒、黒紫がメインだが、刃の背や持ち手に細かい金の装飾がある。今度理由を聞くか。
飛んできた魔弾を、先程のエルフの上半身を盾にして防ぎ、反撃に呪弾を撒き散らす。物理的破壊をメインにした呪いだが、命中した所が黒く変色し、治癒を受け付け難くなる。
「これで十分か。『俺のことは気にしなくていい。全力でやれ、凉白』」
念話を繋いでいた凉白に援護要請を出す。直ぐに無数の矢が襲来する。身を屈め、息を大きく吸い込み、【無機物操作】を起動して地面で人一人がギリギリ入る簡易的な小屋を造る。
酸欠を防ぐために息を止め、壁越しに氷の炸裂する音を聞くと同時に黒炎を壁の外側に這わせて周囲の氷を溶かす。対策をしていた俺は問題ないが、エルフは皆殺しだろう。
一段落した頃に小屋を地面に戻すと、そこには美しい、辺り一面の銀世界が広がっていた。地軸上にある極点周辺の極寒の地のような神秘性。レバートの元いた世界の圧倒的科学力を以てしても解明できていない世界がここに再現されていた。
「私の魔眼、神様の加護を受けてから成長して、強くなったんですよ。【冬ノ魔眼】と言います」
通りで、威力が以前よりも高いと思っていた。
「勇者には逃げられた、か」
「あら、勇者ならここにいるでしょう?ね、勇者レバートさん」
クスクスと笑いながら凉白が冗談を言う。
「確かに、排除されかけたが、勇者召喚されたのは確かだ」
「でも、これでエルフの里は終わりです。次は厄介なドワーフ地下帝国ですね」
ドワーフは力こそあれ、短身で運動音痴で武術を身に付けるのが苦手と、ゴブリンに共通する項目が幾つかあり、戦闘には向かない。
勿論、鍛炉や鍛炉の言うババアことゴブリンの族長のように魔道具類を使いこなして戦う者もいるが、総数からすればごく小数だ。
普段はその力を活かして鉱山採掘と鍛冶、物造りを担っている、正に人間側のゴブリンと言った所だ。
攻め入るときに厄介なのは彼等ではなく立地。地下帝国と言ったが、ドワーフの国は地下鉱山の延長線上に立てられた自然の地下迷路。下手に壁を破壊しては自分達が生き埋めにされる天然要塞だ。




