表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

最弱復讐勇者と最凶勇者

 空を飛んでいると都市が目に入る。声帯を弄り、大声を出せる構造にし、更に喉が痛まないように改造・強化し、叫ぶ。


「この都市に住まう諸君‼我らは魔王軍の使者である‼この都市を我らが世界征服のための足掛かりとさせてもらう‼抵抗しなければ我らは諸君の人権を保証し、無闇な殺傷行為をしないと誓おう‼」


 唐突な声。そして声の方向を耳で探り、役所の屋根の上に降り立った人影を見る。風にたなびくトレンチコート。月明かりを反射する赤黒い角に金色の狐の尾。明かに人間ではない。


 たっぷり三十秒は経っただろうか、返ってくるのは想像通りの怒号。


「ふざけるな‼」「おらたちは抵抗するぞ‼」


「やはり、そうだな。まぁ、まず受け入れられまい。先ずは教会を破壊する。その後、足下の役所を制圧するか」

「了解。射ますよ」


 凉白とレバートが弓を充分に引き絞る。張り詰め、細やか振動する先端の(やじり)。しかし、二人が深呼吸をすると、嘘のようにピタリと収まり、まるで水平な台の上においているかのように動かない。


 凉白の弓には静かなる冷気纏いし五本の矢。レバートの弓には荒々しく猛々しい熱気を纏いし二本の矢。限界まで引き絞られた弦は限界領域に達し、つがえられた凶猛の怪物のように勢いよく飛び出る。


 空気を喰らい、千切り、引き裂く。気流をを起こし、周囲を荒し、静かさがウリの弓とは思えない轟音を以て流星群が夜の街中を疾駆する。


 疾風怒濤の矢が秒を待たずに三百メートル離れた教会に到達。音すら置き去りにし、誰も追い付かぬ速度で駆け抜け、教会を破壊。偶然、狙いすましたかのように銅像の胸に矢が突き刺さる。


 そう、そこを形容するのならばそこは正しく地獄であった。片や極寒。摂氏マイナス190℃の氷結地獄。片や摂氏4000℃を優に越える有機物を燃やし、無機物を溶かす灼熱地獄。


 銅像は崩れ落ち、聖光教会の象徴たる銅像奥の十字架倒れ、その十字架の頂点を裂け目に二つの地獄が広がっていた。


 氷結地獄。辺り一面の白、白、白。それは触るモノを凍てつかせ、氷を山のように隆起させながらその勢力を伸ばし続ける。鳴るのはパキパキというこ気味いい氷の音だけ。静謐な空間は死の地獄でありながら、美しいという表現が口から無意識下でこぼれでる程だった。


 灼熱地獄。黒炎と紫電が迸り、近づくモノを触る前に灰塵の一欠片すら残すことなく焼き付くす死の地獄。まるで意思あるかのように人を襲い、薪としてくべる。氷結地獄が静謐ならばこちらは轟音。黒炎が空気を酸素を吸い付くさんと風を集め、(つむじかぜ)を起こし、火災旋風となる。


 火災旋風は本来、様々な条件が重ならないと起こらない現象だが、憤怒の炎を前にしてはそんな原理は塵芥に同じ。勢力を拡大し続ける地獄は酸素を要求し、竜巻もかくやの火災旋風を巻き起こす。時速60キロメートルを越える風に無力に吸われたモノは黒炎に焼かれ、そうでないものは紫電に焼かれる。



「殺りすぎだバカども‼今すぐ抑えろ‼」


 鍛炉がレバートと凉白に怒鳴る。本来の目的は征服であって殲滅ではない。そのことをすっかり忘れ、死屍累々の屍山血河を築き上げんとしているレバートと凉白。木製の刀の鞘でその頭を殴り付ける。


 ───バキッ


 が、結果として敗北したのはどうやら鞘の方だったらしい。何の強化も処理もされていないただの木の鞘ごときにレバートと凉白の防御力を突破しろというのは、些か無理があったらしい。


「問題ない。教会の敷地外はただの飾りだ。人間は誰一人殺さぬように加減してある」


 精緻を極めた絶技を何事もないように、まるで当たり前だと言わんばかりに語るレバート。最早カイザーは呆れている。鍛炉は間抜け面をさらしながら教会とレバートを高速で首がもげるのではないかという程に首を振って交互に見ている。その滑稽さは何かの人形のようだ。


 ───パチンッ


 レバートが左手を遥か頭上に掲げ、指を鳴らすと乾いた音が鳴り響く。すると地獄は晴れ、教会だった場所には、瓦礫の山と腰を抜かした凡人が。


「諸君‼我々は今の地獄を現実に投影できる。我々の力は理解してくれたかね?理解したのなら無駄な抵抗はしないことを勧めよう」


 鍛炉に向かって「驚いたか?」と言わんばかりにニヒルに笑って見せるレバート。鍛炉は声も出ずにただ嘆息を吐き出して頭を抱えた。


「時間がかかりすぎですね。人心掌握には便利ですが、後のことを考えれば非効果的ですね。時間も余裕も無い現在という状況下においては、少し効率が悪い。方法を改めるべきでしょう」

「ああ、便利かなと思って陛下から魔道具を授かっていたのだが、思ったよりも効率が悪かった。今度からは方法を改めるとしよう」


 レバートと凉白が今後の方策を固めていると、鍛炉がため息を吐きながら頭を掻き、苦言を呈する。


「手前らは冷静だな、おい」


 しかしレバートはそれを無視して


「設置するモノを設置して次へ向かうぞ。直ぐに支度を」



※※※※※※



「次の街はあれか。今度はどうする?」

「俺が単騎で突撃する。凉白は遠距離から援護を。カイザーと鍛炉は直ぐに突入できるように備えておいてくれ」

「単騎で⁉それはちっと危険じゃないか?いや、別にお前の実力を疑う訳じゃねえが、流石に数の暴力に押されて見ろ……。不様に死にてぇのか?」

「問題ない。鍛炉はまだ知らないだろうが、俺はそれほどやわではない」


 またもや苦言を呈し、反論してきた鍛炉に黙ってもらい、サッと準備を整える。と言っても、持ち物と武器と防具の留め具の確認ぐらいだが。


「そうかい。んじゃ、これ、持っていきな。魔剣だ。不良品だから一回で壊れるが、無いよりマシだろ」


 魔法の武器、無行程無魔力で魔法を放てるモノは基本的に脆いという性質を持つ。例外もあるが。たとえば人間が持っている聖剣エクスカリバーや魔剣グラム、デュランダルあたりは神代から伝わるが、いまだに壊れていない。


「感謝する。さて、30秒で片付ける。俺の出発と同時に矢を射てくれ」

「了解」


 一秒もかからずに和弓を引き絞り、標準を合わせるという絶技を見せる凉白。レバートは両手を地面につき、【無機物操作】で地面を足を置くために変形させ、クラウチングスタートのポーズをとる。


「行くぞ、……【憤怒】、【真狂化】───ッ‼」


 駆ける。足で地を踏み締める度に地面が崩壊させながら夜を駆ける。


 ジギルと同じフォックス種の特徴が現れたコボルトの狐の尾は毛が逆立ち、まるで膨れ上がったように。頬の悪魔の魔紋は広がり、顔の半分を支配する。歯は牙と化し、鮫のように、竜のように鋭く。瞳からは理性の輝きが削れ落ち、獰猛な獣性と狂気と憤怒と憎悪に支配されている。


 そして、燃えている。角が燃え、魔紋が燃え、尾が燃え、髪が燃え、手が燃え、血涙が燃える。黒炎が体の節々に纏わり、紫電がレバートの軌道を描くように後を追う。


 正面門を破壊。堂々と街の中央まで。0.6秒。理性をかなぐり捨て、技術を炎にくべ、ただ力だけを求めた結果。かなりの距離を瞬時に詰める。


 それとほとんど同着で、街の教会に矢が突き刺さる。氷塊が爆散。神聖なる教会の門戸を開放する。その音に反応するようにしてレバートが駆ける。なけなしの理性を以て鍛炉に預けられた魔剣を持つ。


 それは刀だった。一度で崩壊するのが惜しい程の妖艶なる刃紋を持った美しき魔刀。


 渾身の力を込めて、居合いの要領で切り上げる。本来、刀は刀の尻が下を向いた状態で帯刀するのが正解だが、今回は切り上げるという都合上、太刀のように刀の尻を上に向けている。


 一閃


 刃が月光を反射し煌めく。丹念に磨かれた刃の光はそこに本物の月を幻視する程に妖艶にして美麗。儚き夢幻の如き刃。


 そして一転。突風が吹き荒れる。狂乱怒濤の嵐の地獄が顕現する。ちょうど隣接していた教会と役場を一息に吹き飛ばす風神の鉄槌。龍の顎のような竜巻。憤怒の黒炎がその風に乗る様は百花繚乱の桜吹雪。


 嵐の乱舞によって生まれた鎌鼬が、建造物を、歴史を、宗教の証を凪ぎ、切り裂き、微塵とする。完全なる横暴。歴史の否定。神の凌辱。


 本来ならば決して採りたくはない、歴史の負の面を完全再現した手段。長い歴史のある星で育ち、世界史を学んだレバート、あらゆる知見を持ち、人の心を見抜く鑑識眼を持つ賢王ジギル。この二名にとっては特に。その限界も、それが限界を迎えた時にどんな結末を及ぼすか、よく知っているのだから。


 だが、時間がなく、人手がなく、戦力がなく、資源がなく、武器が無い。あらゆるモノが不足している無い無い尽くしのこの状況下ではやむを得ない。


 建物に当たり、上方に逸れた竜巻。それにより、半壊状態で何とか辛うじて残った村役場の一階。しかし、瞬きの後にクレーターと化し、煉瓦は塵として、風に騎乗して世界を巡る気流の長旅に出かける。


 原因は他ならぬレバート。瞬時に一歩踏み込み、拳を下に叩き付ける。ただそれだけのことだった。ただそれだけがこの惨状を創造した。


 絵に描き記し、後世に残すなら、題は【狂戦士(バーサーカー)】といったところだろうか。実際に、死んでも何度も復活するような戦闘続行能力、理性の掻き消えた状況下で発揮される洗練されながらも荒々しく、激しい剣技。それは正しくバーサーカー。









「Gululouu……Ou……Glauooooooooooooaaaaaaa■■■■■■■■■■■■■■■■────ッ‼」


 鼓膜が揺れる。

  空気が揺れる。

   世界が揺れる。


 憤怒と憎悪でできた広大な海に溺れた魔物の咆哮が町中に、隣町にも、いや、世界中に響き渡る。


 半径1024キロメートルにいたは一部例外を除いて皆、身分、力、知恵、貴賤関係なく地に伏した。


 獣国を征服し、帝国で交戦中の魔王はニヤリと笑う。

 魔王と交戦中の聖女の脳裏には心当たりが浮かび上がる。

 近くで聞いていた凉白、カイザー、鍛炉は思わず耳を塞ぐ。


 それは呪詛であり、

  それは願望であり、

   それは希望であり、

    それは絶望であり、

     それは罪咎であり、

      それは権利である。


 それすなわち怒り、そして復讐の意。



※※※※※※



「ヒュウ。いいな。いいじゃん‼ブラボーゥ‼」


 男は岩に座りながら口笛を鳴らし、勢いよく立ち上がり、はち切れんばかりの万雷の拍手を以て最高の賛辞をそこに示す。


「おい、いつまで寝てるんだよッ‼」

「カハッ‼」


 男は先程の咆哮によって地面に倒れ伏した彼の取り巻きの男衆の鳩尾を蹴り飛ばして叩き起こす。


「寝ぼけすぎだろ。働けよ。一応、仕事って面目で来てんだぞ」


 先程の興奮が無かったかのような冷徹にして残忍な声で男は取り巻きに告げる。


 男の名は、ロジェラ・オイヒェン。


 勇者である。


 問題児。勇者失格。残忍勇者。狂乱の男。歩く狂気。殺戮苛虐変態。怪人。妖怪。異常思考。犯罪者予備軍筆頭。二重人格


 数々のあだ名をつけられた男。仕事という大義名分の元、地方の凶悪な魔獣の下に左遷させられていたり、捨て駒として作戦に駆り出されていたため、今の、憤怒ノ魔眼所有後のレバートには会っていない。


 されど、今のレバートをしても、不気味と評する奇妙な男。


 その本質は、強い者イジメ(・・・・・・)が何よりも大好きな性格破綻者。素の状態ですら【狂化】がかかっているのではないかと、本気で疑われる程に狂った男。


「すみま、せん。あの声を聞いたら、……あた、あた、頭が、あぁ、あぁ、アアアアア───ッ‼」


 レバートの咆哮がもたらしたのは何も音だけではない。そこに乗った憤怒ノ意思が、聞いた者に作用し、壊れる。


「だ・ま・れ☆だからいいんだろうが。むしろそこがいいんだろうが。ンンッ。ゾクゾクするねぇ。あぁ、君はいったい誰何だ?殴りたい。なぶりたい。蹴りたい。屈服させたい。殺したい‼オレを満足させられるやつ何て神か魔王しかいないと思ってたけどちゃんといるじゃん。しかも、こっちに向かってる」


 最後の一言を聞いた瞬間、取り巻きに恐怖が走る。取り巻きも一応勇者の端くれなのだが、どうも強さに差があるらしい。


「あの、逃げた方が……」

「馬鹿なの?死にたいの?あんさぁ、いっとくけど、お前らに拒否権なんかねぇから」


 再び興奮が鳴りを潜め冷酷な仮面が顔を出す。額と額が付く間際まで近づき、睨み付ける。


「はい……」

「わかればよろしい。三人っぽいな。他の二人はお前らにヤルからあの咆哮の奴だけは手ぇ出すなよ。ありゃあオレの獲物だ。加勢はいらねぇぞ。邪魔したら、……殺すからな」


 これこそが最凶の勇者。ロジェラ・オイヒェンである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ