必ず貴様を救う
「見下げ果てたわ。そこまでして神を崇拝するか。奉るか。何が貴様らを駆り立てるのやら、……到底、理解できぬな」
「───リカイサレル必要性───皆無、マオウ───断罪スベシ。此処に神罰を執行する」
まだ新しい体に慣れていないのか、機械音声のようなノイズの混じった声が響く。段々元に戻るが、神託者は前にも増して、まるで機械のように、機関のように、回る一つの歯車のように感じられた。
「流石に、面倒だな。まぁよい。こやつを捕獲して帰るとしよう」
王国、公開処刑場にて二人分の影が。といっても、その立場はかけ離れている。
斬首台に首をおかれた暗殺者、テラ。
それを上から見下ろす魔王、ジギル。
「頼む、殺して、くれ」
「私が……化け物に、なる前に──」
(チッ、面倒な。薬にも儀式魔法の補助作用があったか。このままでは例え儀式を止めたところでそう遠くない未来に天使化するだろう)
「去らばだ。また会おう。人間とエルフよ」
俗にいう、お姫様抱っこでテラを抱き抱え、ジギルは颯爽と【転移】した。
「一難去った、というところかな」
エルフの長が魔族の国のある方の空へと目線を上げる。その碧眼には曇り、段々と地面に染みを作り始めた灰鼠色の空が、きっと写っていることだろう。
※※※※※※
「ハッ、ふざけるなよ、殺すものか‼死なせてなるものか‼あぁ、絶対に死なせはしない。オレは、何百年、何千年、喩えどれだけ時がかかろうとも、必ず貴様を救う‼絶対だ。この世にの万物はオレの可能であり、この世にオレの不可能など存在せぬわ‼」
魔王城の城下町から数キロメートル離れた未開拓の山間の土地で、地面にテラを下ろし、膝をつき、相手ではなく、自分に言い聞かせ、刷り込むように堂々と叫ぶジギル。
「だから、……だから貴様は、安心して我が宵闇に抱かれ、暫し寝るといい」
【宵闇ノ魔眼】の【宵闇】の霧は触れたモノを時の止まった異空間へと問答無用で運び込む。邪魔な死体は異空間内で微塵も残さず始末でき、出し入れも自由、だから【宵闇】に対してジギルは喰らえ、つまり食べろと命令しているのだ。
「分かった。……、なら、少し寝るとしよう。……またいつか起きる時を、楽しみにしておく」
その顔を安堵で染め上げ、信頼を携えてテラは微笑んだ。その笑みに、無粋にも点数をつけるならば、この世に存在しうる最上の点数だった。
ジギルの頬を冷たい真珠が伝う。一つ、二つの滴だったが、初めて、生まれて初めてジギルが泣いた日だった。
ジギルが目元をごしごしと、自らの硬い、目のレンズを傷つけそうな腕で拭う。それを見ていたテラは優しくその腕を片手で制止し、もう一方の手でジギルの目を拭う。
女性特有の軟らかな感触と、森にも負けない優しい香り。その軟らかい手がジギルの頬を伝い、頤まで滑り降りる。そして、
「約束、必ず守ってね」
※※※※※※
(確かこれは陛下に神々と戦う理由を聞いたときの記憶だったな)
出撃に備え、仮眠をとっていたら妙な夢を見た。夢を見るのは脳が完全に休んでいない証拠。いい休眠とは言えない。が、体には充分に体力が備蓄されている。これで当分は戦える。
「さて、行くか」
「武器よし、矢よし、地図よし、食料よし、魔道具よし、転移魔法のスクロールよし」
凉白が念入りに持ち物を確認する。武器も、地図も、食料もどれか一つが欠けてはこの任務を達成できない重要な品々。神経質な程に慎重になるのも理解できる。
魔道具は魔力を注いで効果を発揮させる道具のこと。基本的に電化製品と同じで何度でも使える。
スクロールとは魔法を即席で放つための巻物のようなものだ。消費魔力は無く、即座に使えるが、一回限りの消耗品。今回、道中の街を掌握した際、その街を管理する者が必要となる。その際にこのスクロールを使えと、陛下に渡されたものだ。
因みに、いつぞや使った二爆、手榴弾擬きは、このスクロールの技術を応用して作られたモノだ。爆発するのだから語るまでも無いが、勿論使い捨て一回限りの品。幾つか用意してあるが、場所は慎重に選定しなくてはならない。
※※※※※※
城下町の壁の外に出る。空気は綺麗で、夜空は漆黒に呑まれている。夜空の漆黒を宝石のように彩る月と星々が煌めいている。決してここには届かない灼熱の光輝を放っている証拠だ。
いい夜だ。これから戦争を吹っ掛ける日では無ければきっと夜空を見上げ、天体観測を嗜み、物思いにふけただろう。
そして誠にいい夜だ。適度な月明かりが照らし、この暗さなら狙撃を阻害すること無く、俺と凉白ならば見事、喩え一キロ離れていようとも、矢を命中させるだろう。普通の銃弾より重量があり、速く、遠方へと届く矢は対物ライフル並みに、いや、それ以上に強い。
尚且つこちらは暗闇に隠れて見つかりにくい。最短で役場や城などのその街の要地を陥落させるには丁度いい。
「行くぞ」
トレンチコートを颯爽と翻し、コツコツという靴音を高らかに響かせながら、凉白、カイザー、鍛炉に向かって話し掛ける。
「移動手段は?何ならオレ謹製の空飛ぶ魔道具でも使うか?」
「いや、それよりも早い手段がある」
「何です?【転移】を使うのは魔力効率的にもったいないですし、スクロールの使用はもっての他。一体どうすると?」
凉白の問いに答えるべく、ニヤリと口角を吊り上げながら大盾、タワーシールドサイズの壁とも形容できる鍛炉手製の盾だ。硬度は完璧だが重量多過すぎて、一般兵士には到底操れない代物となっている。
「おいおい、まさか……」
「勘がいいな」
更に口角を3度程吊り上げ、悪党や山賊が浮かべるのような悪い笑みを浮かべてみる。感付いた鍛炉は完全に青ざめ、恐怖しているが、凉白、カイザーはいまだに不思議そうな表情をして首を傾げている。
「乗れ」
端的な言葉を告げる。それ以外はいるまい。これで十二分だろう。凉白もカイザーも恐らく理解する。
「爆発でも起こし、これを使って飛ぶ、と言うわけか。些か雑で荒いな」
「アホなのですか‼アホですよ貴方は‼本物のバカですよ貴方は。絶対‼」
「最も効率的に拠点落としを実行できる。いいから乗れ」
「オレはこんなアホゥの使い方するために鍛えたんじゃねぇんだが……まぁちょっとしたスリルだと思えばおもしれぇか?」
「面白くなんてないです‼」
そんな意見は押し切って無理矢理乗せ、
「『爆ぜろ、憤怒‼』───ッ‼」
そして、世界征服を開始した。




