そして魔王は神に仇成す
「来たぞ。今日の土産は最近開発された新作のパン菓子だ」
一度魔王ジギルを暗殺に来て以来、彼女、人間の暗殺者テラは暗殺のための魔王城のマッピングと称して、ジギルの寝室に入り浸っていた。
「ほぅ、また新しきヒトの菓子か。面白い。ほれ、このオレ手ずから淹れてやった茶だ。さっさと並べろ」
「全く、何もない寝室に唯一来る客人に偉そうに出たものだな。第一、お前が茶を淹れたのは他の者にバレると困るからだろう」
そう、誰にも露見してはいけない逢瀬。男女が夜に誰にも悟られずに密会。しかし色気の「い」の字もない戦争考察や戦闘術、スキルの開発の話がすすむ。時折、食べ物の話や冗談の類い、そして神の話が混じるが。
一方は、幼きころから化け物であり、最強であり、全能であり、そして絶対であった少年。一方は、幼きころから孤児として、神の影に成るべく育て上げられた少女。
互いに孤独であった魔王と暗殺者。邂逅し、共通の話題で盛り上がり、同じ物を食べる。過去には無かった、遅すぎる、然れど当人たちにとっては幸せその物の、青春と言うべき時間はあっという間に過ぎていった。
「昼は仕事、夜は私と歓談。なぁ、一つ疑問なのだが……お前、いつ寝ているんだ?」
「フッ、戯け。オレという者に成れば最早睡眠など一年に一回、一刻要るか要らぬか、そういう領域よ」
鼻で嗤い、尊大に返す魔王。実際、一年無休戦闘をやること自体は可能である。生まれた直後に数日間無休で戦闘出来るのだから、成人し、体力の増えた今ならそのくらいは死ぬ気になれば可能だ。
「そういう問題ではなかろう‼この国大丈夫か⁉ちゃんと部下も頼れよ」
「なに、オレがやった方が速いのでな」
「休息くらいとれ‼」
事実だ。仕事効率、智力、発想力、何をとってもジギルは全魔族を上回る。天才にして秀才。神童と呼ばれた者が大人になれば何になるか。
───答えは神だ。
事実として、ジギルは神の一柱や二柱くらいなら下してみせるだろう。神々が72柱もいなければ今頃とっくに仕掛けているはすだ。
然れど、流石のジギルも数の暴力の前には屈してしまう。神なれども、全能なれども完全無欠ではない。
一年に一回、一刻いるかどうかということは、逆説的にいえば二年以上となると流石に休息が必要となるということだ。休息が要らぬ生物などこの世には存在しない。
無休で永久の時を過ごそうと思えば、神をも越え、生物という枠組みを越えた先にある。そう、星や宇宙という次元に至らねば成らない。しかし星や宇宙もまたいつかは砕ける定め。どう足掻いても休息無しではこの世の全ては成り立たない。
「い、い、か、ら、寝、ろ‼」
テラはそう言うと、ジギルを強制的に横たわらせる。
「で、何故このような形なのだ」
膝枕で。
「五月蝿い。見張ってなければ寝ないだろ。さっきも私が来るまで仕事してたからな。信用がない。恨むなら普段の自分の行動を恨め」
「かといってこのような形にする必要もあるまい。そもそも頭をこのように無防備な格好で晒すなどあり得ん。ええい‼却下だ却下。寝れるものも寝られんわ!」
頭が常に戦闘能なので、側頭部を晒している状況では、ジギルは反射的に警戒してしまう。幼少のころからの悪癖だ。
ジギルはその才能故に称えられるが、それと同時に嫉妬され、良く思われないことは常だった。そのせいで、何時如何なる時でも暗殺は警戒しなければ成らない。
そんなジギルに対してとったテラの策は……
「私では信用できないか?それとも……寝心地が悪いのか。すまないな。鍛えてきた故、筋肉がついていてな。悪いが、女性らしい柔らかさは提供できないかもしれない」
泣き落としだった。
「……」
ジギルは過去にあらゆる策を弄されてきた。そして自信もあらゆる策を弄してきた。が、泣き落としという策は経験したことは無かった。
「別に、貴様のことを信用していない訳ではない。それに、だ。高さもちょうど良い。柔らかいし、何やらいい匂いもする。寝心地は悪くない」
故に、返答がツンデレになる。そもそも女性に柔らかいだのいい匂いがするだの直接的にいうことが褒め言葉になることは少ない。
───というか完全にセクハラだ。女性経験の無さをジギルはこのときほど恨んだことはない。
「……フフッ。何だ?緊張しているのか?」
「五月蝿いわ‼」
※※※※※※
幸せな毎日。それが永久に続けば。何度そう願ったか分からない。
それは突如崩れ去った。
その日、テラは死んだ。
そして魔王は神に仇成す。




