昔話
レバートと魔王の修行中の昔話。
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魔王、ジギル・アーラーンは孤独だった。昔から付き合いがあり、理解者となってくれる者もいたが、その者を含め、余さずす全ての者がジギルに畏敬を抱いた。
だから本音を、腹を割って話せる友がおらず、孤独に苛まれていた。権力ピラミッドの頂点はカースト最上位は皆に持ち上げられていて、同時に突き放されている。
孤独で、孤独で、孤独で、孤独で、孤独で、孤独で、自暴自棄になった。
そこからはやけくそだ。もう全てがどうでも良くて、あらゆる国からの宣戦布告を受け、あらゆる国の軍を蹂躙した。その過程で獣人の犬系の一派が魔族に新たな種族、コボルトとして寝返ってきたので、今考えると決して悪いことではなかったが。
あらゆる敵を蹂躙したため、国内では守り神とより敬われ、国外、別の種族からは邪悪の根源と蔑まれた。人間主導で魔族以外の種族によって、人族同盟が設立されたのもこの時期だ。以後千年、戦乱が続くことになる。
ジギルは感じた。全く愚かなものだ。神によって養分か家畜として産み出された分際で。気楽だな。
全ての地獄は生まれた時に始まった。
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何でもない。普通の家庭だった。ジギルが生まれるまでは。
ジギルは生まれた時から宵闇ノ魔眼を保有しており、その瞳を見た両親は恐怖した。恐怖のあまり母親は、ジギルを手から落とし、ジギルは死にかけ、宵闇ノ魔眼が暴発した。
運が悪かった。もしあのタイミングで目蓋を開けていなければ、もしあのとき、母親がジギルを落としていなければ、ジギルはきっと……もう少しマトモな性格で育っていただろう。
宵闇ノ魔眼の保有する能力は強大無比。それが暴発すれば下手をすれば大陸が滅ぶ。
一つ、宵闇。全てを呑み込む黒い霧。
一つ、太陽との決別を指し示す概念が結晶化した空間断絶のチカラ。
一つ、混沌と破壊の権化のような闇魔法、最早深淵魔法というレベルの究極の魔法。
一つ、闇魔法を含め、あらゆる魔法への才能。
黒霧が噴出され、触れた端からあらゆる物を喰らい、呑み込み、空間断絶の刃が辺りを修復不能に陥るまで切り裂き、あらゆる魔法が荒れ狂い、奈落行きの門が開かれた。
そこは例えるならば間違いなく地獄だった。
決して小さくなかったその都市は、数分にして、一人の赤子によって壊滅させられたのだ。
頑強な壁は崩れ去り、家屋の跡形は無く、死体が転がり、徴兵で訓練されたいた大人たちですら、なす術なく、破壊を受け入れるしかなかった。
誰かが叫ぶ。
「と、と、禁忌だ、禁忌。あの二人は禁忌に触れたんだ‼」
その言葉が連鎖して次々に、我先にと言わんばかりにその赤子と両親を蔑み、罵った。
「触れてはならぬモノに触れたな‼」
「お前らのせいで何もかも滅茶苦茶だ。」
「責任とれよ‼」
挙げ句の果てに、実の親ですら我が子をかばわずに、……
「違う、このガキがおかしいんだ。こいつは禁忌だ。こいつの名前はトイフレンだ‼」
未来永劫消えることの無い呪いを刻んだ。一時的に魔力を使い果たした赤子は抵抗できず、トイフレンという名は、絶対に棄てられなくなった。
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国から派遣された調査隊と、神託を受けた神官が到着したのは三日後。
そこに広がっていたのは奇妙な光景だった。錯乱した様子で、狂った様子で叫びながら赤子を殺そうとし、逆に殺される大人たち。死んだ魔族の血の海に浮かぶ赤子。
赤子は生まれてから何も食べていないのでやつれ、痩せ細りながらもその眼窩に怪しい光が灯っており、どんなに疲れていても自己防衛のために攻撃をとめることは無い。純粋無垢なる生存本能が宵闇ノ魔眼に宿っていた。
調査隊が屍の山を崩し、赤子を救出した時にはもう赤子は衰弱仕切っていた。同行していた神官が体力を回復させるスキルを使って回復させ、調査隊の一人に抱かれながら伝令用の早馬で魔王城へと運ばれた。
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何とか一命をとりとめた彼はトイフレンの代わりにジギルと名付けられ、一般の孤児院に入れるわけにもいかず、国で育てられた。
新しい名を貰った。それでも呪詛で刻まれている以上、トイフレンという名が消えることはない。
神官達が十人で呪いを解呪しようとするも、ジギルに殺された魔族の魂を犠牲にして放たれた呪詛のため、定着してしまい、とうとう解呪は叶わなかった。
元来、あらゆる方面に才能を享有していたこと。更には生物を殺すことによって上がるレベルが上がっていたこと。そして宵闇ノ魔眼。
この三つがあれば幼い頃から頭角を現すことは容易どころか必然であった。そのため羨まれ、敬われた。
しかしそれが不幸となる。幼児の集団において優秀な者は持て囃されたりしない。排斥されるのだ。幼児の集団に理由は要らない。何となくで十二分だ。
何となくイヤ。何となくキライ。何となく気持ちワルい。何かチョーシのってる。それだけで排斥される。
出る杭は叩かれたりしない。抜き捨てられ、嵐の中野晒しにされるのだ。
大人たちは彼を持て囃し、子供たちは彼を排斥した。その温度差が辛かった。齢七歳にして成人男性よりも聡明な頭脳を持つ彼には特に。孤独をより強く、理解してしまうから。
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そんな幼年期のある時、宵闇ノ魔眼が神の場につながり、レゼブネラルと対話する機会を得る。
そしてそこで世界の真実を知る。
唐突だが、偉大なる作家達が、神話の時代の勇者が、音楽家が、芸術家が、人々に感動を与えられるのは何故か。考えたことはあるか?
答えは、情報と思念、そして感情は膨大なるエネルギーを保有しているからだ。
ステータスとは情報、思念の塊。つまり、エネルギーの塊という訳だ。ステータスは外来の神々が設立した養分生成機だ。つまりこの現状は、世界が外来の神々の家畜小屋になっているということだ。
現在、何とか外来の神々の直接介入は防いでいるが、現状は変えなければいけない。だから世界を変えるために魔王になる決意をする。魔王になることは、天才の彼にかかればそう難しくはなかった。
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魔王になってから、あらゆる者が彼を敬うようになり、より孤独になったそんなある日の夜。
一人の人影が音もなく、気配もなくジギルの寝室に忍び込み、ジギルの心臓に刃を突き立てた。だが、感触は薄く、生物を刺したとは思えない。
「フン、貴様が殺したかったのはこのオレか?ニンゲン」
背後の扉に余裕の表情でもたれ掛かっているジギル。暗殺者の顔が一瞬青くなるが直ぐに戦闘態勢に移る。
「半径5メートルに入るまでオレに気付かれなかった技量は流石だ。だが迂闊だったな、下等種よ。最善手は扉を少し開けてそこから投擲や狙撃をすることだった。わざわざ近づくべきではなかったな」
カツカツと靴音を高らかにあげ、暗殺者に近づいていくジギル。暗殺者は毒針を三本投げる。宵闇が呑み込む。
「なんだ、投擲もできるではないか。それを最初からしておけばいいものを」
少し感心したような声音でジギルは暗殺者に話しかける。先程の三本はジギルが宵闇で呑み込んでいなければ確実に眉間、喉笛、心臓の三ヶ所を貫いていた。
「悟られずに影から殺す。それが我ら暗殺者。ならせめて、敬意を払い、始末対象と向き合って殺すべきだ」
暗殺者が始めて口を開く。耳朶を震わせるソプラノの、美しい女の声だった。暗殺者が女性ということにジギルは少し驚く。だが、話の内容を聞くと直ぐに、
「神の家畜に甘んじるどころかそれに喜びを感じるニンゲンらしき実に下らぬ信条だな。つまらぬ。本当に対象を殺そうとするならばそのようなものは捨ててしまえ」
「神の家畜……だと?ふざけるな‼我らが神を愚弄する気か」
「愚かだな。全く、何処のやからかと思えば、聖光教会の道化だったか」
辛辣な言葉を浴びせるジギル。
「まぁ、冥土の土産に聴いていけ」
何日にも及ぶ激闘が幕を上げる。ジギルは本来、この世界の真実まで語るつもりはなかったが、存外に暗殺者が粘ったこと、ジギルが孤独に耐えられず、会話に飢えていたことが、彼に全てを語らせた。
暗殺者は当初、眉唾物の大嘘か、狂ったやつの戯言と切り捨てていたが、裏打ちされる事実、確固たる証拠の数々に偶然や妄言の類いではないと気付き、すっかり聞き入っていた。
勿論、今まで信じてきたものが全て偽りと知らされたのだから到底受け入れがたかったが、ジギルの会話術によって不思議と耳に響いてきた。
ジギルには始めてだった。対等な立場で、尊敬の念を抜きで普通に話せることが。すっかり愉しくなり、
「また今度来い。もう少し語ってやる」




