人造兵器
「ここでは邪魔者も入る。場所を変えるか?」
「そうだな」
戦場から忽然と姿を消す魔王とレバート。端から見れば戦う場所を変えたように見せかけるが、当然理由はそうではない。転移が終わり城に移動すると同時にレバートは臣下の礼をとる。
「腑抜けていなかったことに一先ずは安心したぞ。ここからは暴れよ。やり方は問わん。オレは魂の保護で忙しくなる。アレの解禁も許可する」
殺るか。虐殺劇のスタートだ。 戦場が紅き沼になることが、今確定した。地獄の幕開け、冥界の扉が開く。
※※※※※※
ガチャリ、ガチャリと戦場では聞きなれた鎧の掠れる金属音が異様なまでに静かなそこに響く。そこは先までは活気と殺気の溢れる戦場であった。しかしそこは最早戦場ではない。死体安置所という表現が似合うような風景が広がる。築かれた屍の山の中央にいる者は、
「ば、ば、・・・・・化物ッ」
その言葉は誰から漏れたかは分からないが、小説家や吟遊詩人がどんな言葉を飾り、並べ立てるよりも、正鵠を射て、その場の全ての者の気持ちを強く代弁していた。
まず何と言っても目に止まるのが漆黒の鎧を纏いし上半身についた四本の腕とその手に握られている剣と槍、そして二枚の盾。下半身はミノタウロスかのような、否、それ以上の異形。節足動物に見える見た目をした、昆虫のような六本脚。
力学的に考えれば自重で潰れる。そこから生える竜の羽根と尻尾。この見た目で飛ぶという驚愕の事実。どんな天才的な科学者でも匙を投げるであろう力学を完全に無視した生物かどうか怪しい出で立ち。実際のところ、生物ではなく兵器なのだが、人形兵器と言われても納得できないその出で立ちから、人間には新種の魔物だと思われている。
その背に跨がるは狐の耳、鬼の角を付けた亡霊のような見た目の男。ボロボロの笠を被り、口元はマスクで隠し、包帯で顔を完全に隠している不審者。覗く目の眼光は鋭く、見たものを恐慌に陥れる。あれはなんですかと百人に聞けばまず間違いなく人斬りか殺人鬼という回答が返ってくるであろう風貌。
その視線の先にいるのは交戦中の聖女。化物兵器を歩かせ、交戦中の魔族、凉白とカイザーに合流する。堂々とした様は一流の騎兵。しかしこの世界では馬より速い人間がいるので騎兵が強いということはない。
しかしそれでも聖女は警戒せざるを得ない。交戦中にできるだけ邪魔をしていたのにも関わらず、自分の横に屍山血河を築かれたのである。相当な実力者である。
「何者ッ!」
「魔王直属特殊部隊。組織名だけ覚えておけ。貴様に名乗る名はない」
当然、化物兵器に乗った男はレバートで、実はレバートが偽名を考えるのを忘れていたため、名乗らないだけだったりするが、言わぬが花というもの。
「そうですか。何はともあれ、敵は殺します」
対する返答も冷酷。
「死ね」
そう言うと、レバートの刀の先から呪弾が放たれる。苦もなく流す聖女。そこに凉白の矢が到来。一歩も動かず叩き落とす。カイザーが短剣で近接戦闘を仕掛けると、杖による対応と殴打を試みる。
「呪術使いに呪術で戦おうとはいい度胸。呪詛返しに怯えなさい‼」
至って冷静。しかし、そんな聖女でも冷静さを失うこともある。例えば多くの命が死に絶えるとき。レバートは化物兵器こと殲滅特化万能人形・黒血から降りると、その任務を命令する。
「行け」
一言だが、何を指すかは先ほどまでの鬼畜の所業という言葉の似合う虐殺を見れば分かる。死刑宣告に等しい言葉をいい放つ。聖女の顔に焦りが浮かび、青ざめる。
「撤退ッ、撤退‼」
必死の命令は、冷静な判断能力を失い、戦意を完全に損失した者たちには聞き入れられない。訓練された兵は何とか動こうとする。しかし、徴兵された民間人は恐怖にあてられ、動くことすら諦めている。生き残ると約束した家族に必死に謝る者や、自害する者まで出始める。
こうなった以上、聖女に可能なことは少ない。自分の無力さに嫌気がさす。だから徴兵した民間人をアテにするのは辞めろと進言したのに、愚王は数さえいればいいと考えていた。確かに団結した集団は強いが、団結していない集団は個人に等しい。
「私と我が子にも等しい、私の産み出ししこの黒血の邪魔をしないで欲しいな」
私という一人称に凉白とカイザーは面白くて吹き出しそうになったが、何とか堪える。
「刀を使うかと思えば呪詛を使い、人形術師の真似事までしますか」
「勝つためには全てが肯定される。目的のために貴様は邪魔だ。死ね、聖女」
「死ねませんよ、ここにいる人間全員、生きて帰らせていただきます」
殺気が吹き荒れる。あまりの膨大な殺気の圧力に空気が悲鳴を上げ、風が吹き、暗雲が立ち込め、大地が枯れる。聖女はレバート、凉白、カイザー、黒血の全員を止めるつもり。油断なく、魔力を練り上げる。
一方、レバート、凉白、カイザーはそれを分かっている。ならそれを利用しない手はない。呪弾が、氷礫が、有象無象に降り注ぐ。守り、叩き落とすために躍動する聖女を待ち受けるのはレバート、カイザー、黒血の猛撃。暴力の嵐が叩き付けられる。
けれど折れない。決して負けない。強い心。勇者が駆けつける。本来ならこの戦闘に踏みいることを許されない弱者。それでも立てるのは連携と数。流石に勇者の実力を有象無象と同等には考えられない。
「面倒な」
斬る。刀に呪いの妖艶なる光が煌めき、再生の許されない傷痕を刻む。一方的に宣告される死。デブと勝手に人権もクソもないただの悪口な渾名を心の中でつけていた、確かジョナサンとかいう男。すまんな。殺すことについては謝らないが、デブと思っていたことについては謝罪しよう。せめて冥福を祈る。
動揺が広がる。それを無視するほど優しくはない。聖女を止めているカイザーと凉白に代わり、黒血が命を刈り取るトラクターと化す。
黒血は【操作】に統合された【石兵創造】によって作られたレバートの傀儡。命を持たず、感情も持たない。それ故にバーサーカーの如く恐怖せず狂い果てたように暴れることが可能。その様がより一層、相手に恐怖を与える。
一人は槍に貫かれ、一人は脚に踏み潰され、一人は尾によって吹き飛ばされ、勇者故に一撃で沈めることは出来ないが、着実に命の数を減らす。
義憤に燃えるイケメンこと、名前知らない誰かが、レバートに斬りかかろうとする。知らないだけで相手もクラスメイトだというのに。その距離は20m。武器は刀と槍。決して届かない間合い。しかしレバートは刀を抜刀術の構えで持つと一閃。呪いを乗せた刃を振り抜く。
呪いは間合いを増長し、敵に喰らいつこうとする。まさしく飛ぶ斬撃。0.01秒。常人の神経では対応できないスピードで呪いは飛ぶ。それを受け止めれる筈はない。勝利を確信する。しかし切り裂かれたのはレバートだった。思い付く現象はたった一つ。呪詛返し。聖女を睨む。聖女は実にいい笑みを浮かべ、いい放つ。
「だから呪詛返しに怯えなさいと言ったでしょう。・・・・・そして、タイムアップのようです。取り合えず借りは返しました。また戦場で、合間見えましょう」
いつの間にか完成していた巨大転移陣。中央にいるのはエルフの長。一本とられた。そう思ったときにはもう遅く、戦場には破壊痕を残して人間たちが消える。




