戦争
魔王とレバートが剣呑な雰囲気で睨み合う。上空から傲慢に見下す魔王。地上から憤怒をさらけ出して見上げるレバート。一触即発。大気中の魔力が揺らぎ、近づいた者の意識を奪い取るかのような殺気の応酬。そして・・・・・
「「死ねッ‼」」
※※※※※※※※※※
『ふむ、勇者の初陣は十日後か。軍備を揃えさせておこう。それはそれとして、レバート。貴様はどうする?』
実に抽象的な言葉だ。だがしかし、三年もの日々をともに過ごせば推測ぐらいは出来る。今更戦う覚悟などと、そんな下らないことを聞くような御方ではない。ならば懸念点は
『戦場での身の置き場、ですか。最初なのでやはり、魔国と敵対しているという誤情報を垂れ流しておいたほうがいいでしょう。ならばやはり、一度敵対しているところを見せるべきかと』
『しかし、それで軍と対峙しては本末転倒かと』
凉白の指摘はもっともで、それが今回一番の問題だ。魔国の軍事力が衰退することは当然、俺の望みでも、陛下の望みでもない。
しかし、一応は敵対しているように見せかけねば、教皇が何を仕出かすか分からない。
『簡単なことよ。このオレと殺し合えばよい』
『成る程』
『は、?』
『陛下と殺し合えば引き分け、もしくは自分の負けでいい。魔族に死者はでない。尚且つ、戦う場所を選べば人間を巻き添えにすることは容易。そういうことですね』
『流石、話が早いな。クククッ・・・・・・何にせよ、オレとレバートは各地で暴れ回れば良い』
陛下はそう言ったあと、少し思案し、思い出したように言葉を付け加える。
『いい忘れていたな。レバート、もし腑抜けでもしていたものなら、冗談ではなく本気で死ぬと思え。手加減はせぬぞ?』
背筋が凍りつく程の殺気に、念話にも拘らず、首を縦に、首がもげるのではないかという程のスピードで振るレバートであった。
※※※※※※※※
魔王の手が振り下ろされ、それを合図に百を優に越える魔弾が雨のように降り注ぐ。その隙間を、十本の針に糸を一度に通すかのような絶技で潜り抜ける。
着弾した魔弾はクレーターを産み出し、王国の兵を殺して行く。振り下ろされた魔王の手が上がり、フィンガースナップをする。パチンッという軽やかな音に反して効果は絶大。いつぞや、レバートを助けるときに使った空間断裂があのときの数十倍の範囲で起こり、雑兵の首を落とす。
紙一重で【無機物操作】を使って地面をカタパルトにして自身を発射していたレバートはそれを避ける。その際、しれっと雑兵を巻き込んでいたりする。
レバートは槍を取り出したかと思うと、その上に立ち、槍の穂先に呪炎を灯し、魔女が箒で飛ぶかのごとく軽やかに飛ぶ。サーフボードのように槍を扱いつつ、魔弾を避けながら距離を詰める。だがその程度で距離を詰めることが可能ならば苦労はしない。
「甘いわ、たわけッ‼」
そう一喝するとそれだけで大気が震え、魔力の制御が効かなくなり、堕ちる。精神力の弱い者はこれだけで失神する。【操作】の派生の一つ、【魔力操作】で無理矢理コントロールを取り戻し、何とか無様に地に打ち付けられることは回避する。
背負っている大剣を抜こうとして、【復讐者の勘】が悪寒を告げる。陛下は大剣を構える時間を悠長に待つだろうか?手加減していれば待つくらいはするかも知れないが、手加減抜き宣言をされている今、構えるときの硬直など隙でしかない。
ならば抜き、構えると見せかけて投げる。投げた大剣を呪炎が後押しして更に加速。魔王は音速の二倍をを越えたそれを右腕を【硬化】させることによって簡単に受け止める。力学がマトモに仕事をしていないのか魔王のなせる絶技か、微動だにしない。
「疾ッ‼」
だが硬直はある。槍を蹴り飛ばし、一気に加速。槍が地に落ち、突き刺さる。まるで魔王に引き付けられる磁石のような無謀な突貫。一秒もかからずに魔王の前に躍り出ると足を振り上げ、大剣を蹴る。受け止められた大剣を更に押し込む。呪炎を足の裏に展開し、インパクト。その勢いを全て使い、腕に剣を刺す。
「ほぅ?」
「破アッ‼」
感心したように言うのが魔王。感情をぶつけるように叫ぶのがレバート。因みに余談だが、レバートが陛下に傷を入れるまでに今回かかった時間は、今までの最速記録を大幅に更新している。
その傷を更に広げるべく、金属でできた大剣に怨雷を流し込む。その電気は大剣を伝い、魔王の傷口へと到達し、中から焼き、呪う。魔王の右腕の肘から先が、あまりの電力に弾け飛ぶ。痛みに顔をしかめるどころか、その顔は興がのったとばかりに笑っている。
そこまですれば深追いは禁物。反撃の糸口を与えるだけ。早急に撤退すべく、大剣を握り、予め槍に括りつけておいた石製のマフラーを引っ張り、撤退する。
魔王の口がニヤリとキツネのように裂ける。罠にかかったと思ったときにはもうすでに遅い。せめてもの意地で【復讐者の勘】に従って体を捻る。上空からどこからともなく飛来した二条のレーザーはレバートの肩を貫き、両腕と胴体を引き裂いてもまだ止まらず、地面に存在の証を地上の人間の無残な死体と直径二メートルの穴二つを以てこの世界に刻む。
更に容赦の欠片も、『よ』の字もない追い討ちがレバートを襲う。それは不可視の圧力。突然、重力が五倍に増え、抵抗出来ずに落下する。何とか受け身をとり、魔力効率最悪極まりない【操作】を使って両腕を引き寄せる。【呪術】で創った鎖で腕を体に縛りつけ、あとは【再生】に任せる。魔王の腕はとっくに再生している。
再び上下に睨み合う構図に戻ると今度は魔法戦に変わる。あらゆる属性の魔弾で相手を翻弄する魔王に対し、レバートは炎、雷そして呪いしか使えない。疾風怒涛。縦横無尽に戦場を駆け回る。【復讐者の勘】で最適解を導き出し、泥だらけになりながらも走り続ける。
撃ち落とす魔法の数は最小限。他は避ける。そして、圧倒的な弾幕を避けて魔法を叩き込む‼派手な爆発を起こす呪炎で道を抉じ開け、怨雷を通す。対する魔王はレバートとは真反対。空中をぬるぬるとダンスを舞うように避ける。
足を貫く雷、脇腹を抉る風、腕に突き刺さる氷、その全てを【再生】に任せ、【憤怒】と【狂化】を使って痛みと体の悲鳴を無視し、理性の一部を消す代わりに少しでも速く動く。
魔王の眼が火が灯るかの如く、煌々と魔力の光を放つ。この眼をするときは、攻撃パターンはある程度読んでいる。この場合、するべき対応は、
「呑み込め、宵闇‼」
「喰らい尽くせ、憤怒‼」
周囲の光を集め、呑み込む黒色の霧に向かって、黒色の光を放つ炎が飛び込む。全てを呑む宵闇は憤怒の炎にまとわりつき、呑む。しかし、憤怒を完全に呑み込んだはずの宵闇が蠢きだす。宵闇を喰い破り出てきた憤怒。
しかし魔力は殆ど呑まれ、剥がされている。そして、本命が姿を現す。それは石。正確には否。【無機物操作】によって石でコーティングされた小瓶。そのなかには煌々と赤く光る石が入っている。その名も、試作魔力式爆発瓶・二式。通称「二爆」つまりは魔力を通すと使える手榴弾だ。
「二爆か、考えたな」
二爆が派手な爆発を起こし、魔王の視界を塞ぐ。その間に移動し、矢をつがえ、放つ。それは三秒の間に放たれた17の矢。矢には呪炎がまとわりついている。
それを苦もなく叩き落とす魔王。17の矢は数を減らし、終には5本となった。5本の矢が魔王に刺さり、呪炎がその体を焼き付くす。常人なら、魔族であろうとも、こんがりステーキが完成すること間違いなしのその攻撃を魔王は平然と受けきる。
無傷。その事実は絶望に値するだろう。だが、先の攻撃同様、本命は炎ではない。目印を付けた所を繋ぎ、縛る呪術。通常の呪術ならば、魔王の圧倒的な精神力を以て捩じ伏せることもできたであろう。だがしかし、この呪術は精神に影響を及ぼすものではなく、実体として直接相手を縛るもの。行動を阻害される他に、魔法の行使すら辛くなる。
「獲った」そう思い、弾けるように飛び出す。【無機物操作】によって体を改変する。既に、レバートの体は魔法を使うときに必要で、尚且つ、その本数が多く、質の良いものであればあるほど魔力は増し、魔法は強くなるという器官の魔力管を人工的に通してあったり、体の骨や一部を金属に代えてあったりと、かなりの自己改造が施されている。
速く、速く、もっと速く‼音の速度を軽々と捨て去り、周囲のチャリオットの窓ガラスを悉く割り尽くし、コマ送りレベルの速さに到達して尚、その探求に一切の妥協はない。空気を踏み締め、更なる加速。
「ほう、目覚めたか」
手には大剣。それを音速?遅すぎない?何それ美味しいのか?と言わんばかりの速度で振る。空気の膜が弾け、衝撃波が飛ぶ。相対する魔王は余裕綽々と振る舞う。思考が加速し、色褪せた世界で、【復讐者の勘】が脅威を見つける。
「かかったな」
恒星と、その周りを回る惑星の軌道を描いた天体模型のようなそれ。見覚えのある品。思わず「杖?」と思ってしまうような杖。その名は魔杖ルシファー。昔、神を以てしても恐れたという最悪の悪魔の内、最強の力を持った傲慢なる悪魔の名前を冠した杖。魔杖が光を放ち、今にも魔力を暴発させそうな瞬間、
「いい加減に、しなさい‼」
呪符をびっしりと巻き付けた矢が飛来する。大剣を振る勢いをそのまま流れるような動作で回転に移った後、矢の飛来した方向を目掛けて呪炎を飛ばす。魔王も、放つ予定であった極光のレーザーをそちらに放つ。邪魔者は転げながらもなんとか二つの死の塊を避ける。二人の全力の殺気が向けられる。
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「聖女よ、ここに魔王が来るとは聞いておらぬぞ」
「あの魔王、神出鬼没ですからね‼」
共闘しながら話す聖女と皇帝。相対するはオーガ、悪魔、ミノタウロスの長。拳で超近接戦を仕掛けるのは褐色の肌に漆黒の眼と髪、角と身体的特徴は悉く黒色だが、服は腰と頭に巻いた白い布という服と身体が対照的なオーガの長。
白磁の肌に、金髪、紫紺の瞳、そして白磁の肌は魔紋の黒と刺青で彩られている。蛇腹剣を使い、相手を翻弄する。ミノタウロスの老人は年の功を感じさせる気迫と威厳を携えている。弓を使い、サポートする役目。
「聖女さん‼ここは私たちに任せて、あっちを‼」
「分かりました、御武運を」
一部の勇者の声に反応し、聖女が急転換、一気に駆け出す。スピード自慢のコボルトやシャドウのトップクラスならば追い付けるかという程度。ミノタウロスは短距離走よりもマラソンを得意とする種族のため、瞬発的な速さでは劣る。
「男同士の戦いに水を差すとは、えらく無粋なことをするものだな。ましてやあれは強大なる王に一人の男が立ち向かう戦い。清く尊いものだ」
「その意見には同意だが、我々は一人の軍人であり、一人の長だ。ときには無粋で非情な判断を強いられる」
オーガの長の独り言にも聞こえる嘆息に皇帝が答える。オーガの長も皇帝もその表情には諦感やある種の悟りがみられる。若いころならば自分の通念を貫けると思うだろう。しかしそう思うには歳をとりすぎた。
「ククク、まぁよいではないか。確かにそうだが、聖女を止められるのが我々だけだと思うなよ。ンン?」
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「魔王は兎も角、レバート。貴方の行為は裏切りともみなせますよ」
「これは俺の戦いだ。邪魔をするな」
「興醒めだぞ。ふん、殺れ」
荒れ狂う濁流の如き殺気が聖女のみを対象に、一点集中で向けられる。殺れという言葉は命令。なら何処かしらかから攻撃がくる。そう考え、細心の注意を払う。影が歪む。シャドウの男が現れ、短剣を振る。
紙一重で避ける。だが連撃は終わらず、猛攻が仕掛けられる。まるで右に行かせたくないかのような攻撃の仕方。つまり誘導。いるのは狙撃手‼
その結論を脳が導きだすと同時に氷の礫が嵐のように降り注ぐ。それを避け、ときに叩き落とし、障壁でガード。最小最効率の動き。だが本命は氷の礫ではない。
凉白は嵐のように舞う氷の間を針穴を通すような精密射撃で弓を射る。氷が防壁となり、これ以上の追撃はないと思っていた聖女は驚愕する。
第2ラウンド、スタート




