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元カースウェルの女王、アグレンシアは、カースウェルの北、ザーシャルとラルハイド、ハイオルトがティベルン川を挟むように向かい合う街、ヘルベルムに住んでいた。
「緊張してる?」
馬車に揺られつつ進む行程で、レダンが気掛かりそうにシャルンを覗き込む。
「いえ…」
一瞬笑顔で首を振り掛け、じっと見つめる藍色の瞳に思わずぽろりと本音が漏れる。
「…はい、申し訳ありません。お会いしたいと言ったのは私ですのに」
皆で話し合った夜から数日、アグレンシアへ訪問を伝えて了承を得、準備を進めてようやく旅立ったものの、昨日はうまく眠れなかった。
「…私、その、お気に召して頂けるでしょうか」
初めて義母に会う緊張だけではなく、行方知れずになった母親の話が聞けるかも知れない。加えて、シャルンの右手の甲にはシシュラグーンが、レダンの右目にはムリャムリュン、同行しているミラレルシアの右手にはジュキアサルトが宿っている。制御は効くとはいえ、巨大な兵器になりかねないものを三体も引き連れて訪ね、万が一のことがあったらどうしよう。
「俺が選んだあなたに文句を言うわけはないさ」
一瞬奇妙な笑みを浮かべたレダンが、そっと髪にキスしてくれる。
「…と言うか、俺がよく伴侶を選んだと呆れそうだ」
「どうして?」
思わずシャルンは顔を上げて小首を傾げる。
「陛下なら、素晴らしい方が次々名乗りを上げられたでしょうに」
「…そんな生真面目な顔で真っ直ぐに言われるとだなあ…」
本当に可愛いな、あなたは。
呟きながら頬に、唇にキスを落とし、
「私にもそれなりに薄暗い過去があったと言うわけだ」
「薄暗い、過去」
「母親が一生一人でいるのではないかと案じる程度には、な」
それで良かった。あなたに出会う前に、誰かを選んでいたら、俺は一生後悔しただろうし。
「…私は幸運でございました」
シャルンは微笑んだ。心の底から、
「陛下に巡り会えて、本当に嬉しゅうございます」
「あー…うん……まあ、な」
畜生、もう少し遠ければなあ、とレダンが唸る。
「遠ければ?」
何がだろう、と訝しく首を傾げると、レダンが深く息を吐く。ちらりとこちらを見やった瞳は、いささか恨みがましい気配もある。
「遠ければ、今すぐに色々思いを遂げたいことがあるんだけどな」
「ならば、陛下、今すぐお聞かせ願いとうございます」
シャルンは両手を広げて差し出した。
「私でできることなら、何なりと」
「……それはな、シャルン。生殺しと言うものなんだが」
「生殺し…」
聞き覚えのないことばだ。
「生、なのに、殺すのですか」
「うんそうなんだよ本当にそうなんだよ」
本当に本当に、本当に、そうなんだ。
レダンは真剣に繰り返し、ゆっくり大きな息を吐いた。
「おまけに今夜はあちらに泊まるだろ? 生殺しの上に生殺しだ」
「……あの、アグレンシア様は、それほど厳しいお方なのでしょうか」
シャルンは思わずひんやりとした。
「私、まともな素養もなく、ご迷惑をおかけしてしまうのでは…」
「ああ、大丈夫だ。母上は、その、うーん、かなり変わった方、なのでな」
「変わっている…」
「そうだな、向こうへ着くまで、少し母上の話をしておこうか」
気がまぎれるし逸らせるし、と呟いて、レダンはゆっくり話し始めた。




