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これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー3 〜花咲姫と奔流王〜  作者: segakiyui
24.国史

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 薄暗い坑道の中を先に立って進みながら、先ほどから「どう言うことだあれは」とか「計算外だったな畜生」とか「誰か余計なことを吹き込んだんじゃないだろうな」とか「これが終わったら締め上げるか国外追放か」など、微妙に不穏な呟きを漏らしていたレダンが、大きな溜息を一つついたかと思うと、

「カースウェルには、ロクな仕立屋がいないよな」

 振り向いて上着を脱ぎ、シャルンの腰に巻きつけて袖の部分でキュッと結んだ。

「陛下?」

 坑道内を動くのだからと、それなりに質素な身なりにはしているが、布地は王族が着るに十分なものが選ばれているはず、手酷い扱いをしては二度と着られなくなるとシャルンは案じ、首を傾げかけてはっとする。

 アルシアで、坑道は人の掘り抜いたものもあるが、中にはガーダスが移動した際にできたものもあるかも知れないとの予想から、ドレスでは無理だと考えた。ルッカにも相談し、泥まみれになっても大丈夫な布とデザインを考え、王宮出入りの職人に急ぎ数着仕立ててもらったのは、下着に似ているがもう少ししっかりした作りのズボンと飾りのないシャツ、本日はその中の1枚を身につけている。上着も少し厚手の、とにかくある程度の防寒と石塊や鋭い枝などから体を守るための防備優先、逆にいえば味も素っ気もない、可愛らしさのかけらもない格好ということだ。

「も、申し訳ございません」

 思わず謝ってしまった。

「ご不快でございましたか」

「へ」

 微妙に抜けた声を上げたのは、側に居たルッカだ。

「ひめ、いえ、奥方様、何と」

「え、ですから、陛下にお詫びを」

 ちらりと前方を見やると、やはり訝しげに立ち止まるサリストアとミラルシア、掲げている灯火のあかりを受けてさえ、2人も瞳の色も髪の輝きも、微かに光を放っているようで美しい。

「あー、何となく想像はつきましたが、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか、奥方様。そこで固まってるアホのために?」

 背後のガストが、さっきのレダンに負けず劣らずの大きな溜息をついて、問いかけてくれる。アホと呼ばれたレダンはそれにも気づかぬ風で、忙しく瞬きしながらシャルンの側に立ち竦んでいたが、

「あ、ああ、そうか!」

「そうです、陛下!」

 力を得て、シャルンはレダンに向き直り、改めて深々と頭を下げる。

「私、甘えておりました。坑道探索に最適な衣服とばかり考えておりまして、もう一つの大事な仕事を忘れておりました!」

「もう一つの大事な仕事?」

 レダンが、今度は本当にわからないと言う顔で瞬きをする。

「はい、陛下のお目を汚さないことです!」

「…は…?」

 妙な沈黙が坑道内に満ちる。

 先を進もうとしかけたサリストア達も立ち止まり、こちらを注視しているようだ。早急にこの件を終わらせて、先を進まねばならない、貴重な時間をシャルンのために割いてくれている皆のために、とシャルンは意気込み、力強くことばを添えた。

「申し訳ありません。ことば足らずでした。陛下のお目を楽しませることです!」

「ぶはあっ!」

 最後尾から大量の水が吹き出すような音が響いた。驚いてそちらを振り向くと、しんがりを務めて周囲に警戒をしていてくれたバラディオスが、なぜか坑道に両手をついて崩れ落ちている。

「そこかよ……」

 唸るような呻きが聞こえる。

「バラディオス! どうしたのですか!」

「あ、ああ、いいからシャルン」

 うろたえて駆け寄ろうとしたところを、レダンに優しく抱き止められた。

「け、けれども、陛下!」

 いつかのようにダフラムの毒矢がどこからか飛んできたのかも知れない、姿を隠した刺客が忍び寄ってきていたのかも知れない、そうなると、レダンに危険が及ぶかも知れない。

「ルッカ、側に! 陛下をお守りしなくては!」

 素早く頭を巡った考えに緊張して、いざとなれば自分の体を盾にすればいいと、くるりと体を翻してレダンに強く抱きつき、目を閉じる。最悪、手袋を引き剥ぎ、右手の甲に宿ったシシュラグーンを呼び出すしかないかと唇を噛んだ瞬間に、ふわりと頭を抱え込まれた。

「陛下っ」

「……大丈夫だよ、シャルン」

 耳元で優しく囁かれる声はいつも通りだ。

「何も起こってないよ」

 けれど、あなたはずいぶんと緊張して疲れてきたのだね?

「え?」

「一休みしよう。……あなたの腰が気になるんだから、俺も疲れてきたのかな」

 まあこう言う格好のあなたを堂々と抱きしめられたんだから、良しとするか。

 くすり、と低い閨の響きで呟かれて、場所にも関わらずどきりとしてしまった。

「あの…?」

「休憩だ!」

 首を傾げるシャルンをそっと離し、レダンはふいと顔を振り上げ、周囲に呼ばわる。

「サリストア、バラディオス、警戒を続けろ! ミラルシア、ガスト、地図を確認するぞ。ルッカ、シャルンに飲み物を」

「承知いたしました、この混乱の源様には水でいいですか」

 眉を厳しくしかめたルッカがレダンを見上げる。

「…俺はいい」

 レダンは微妙に視線をそらせたまま、続ける。

「俺の分はバラディオスにやれ、憤死しそうだ」

「遠慮なく頂きますよ」

 むっつりとした顔のバラディオスがルッカから水を受け取り、じろりとレダンを睨む。

「危険な探索の割には余裕じゃないか、人に見せたくないなら連れてくるなよ」

「望みなんだから、仕方がないだろう。案じてもらったんだから喜べ」

「抱き締めてまでは守ってもらえてねえだろうが」

「あの…」 

 シャルンはいささか殺気立った2人のやり取りがわからず、不安になる。

「私、何か…」

「いえいえ、奥方様は何もなさっておりません」

 バラディオスが満面に笑みをたたえて振り返った。シャルンにルッカから受け取った小さなカップを手渡してくれながら、

「お疲れに気づかず、申し訳ありませんでした。私もここまで深く坑道に入ったことはなかったもので。息苦しさはそれほどないようですが…」

「空気穴があるそうです、所々に」

 シャルンは頷き、ゆっくりと周囲を見渡す。

 アルシアのものよりうんと狭い気がするのが不思議だった。国の財産としてあれほど大量に掘り出し運び出ししていたのだから、荷車のようなものもうんと奥まで行き来していたのかと思っていたが、大きな道は初めの方だけで、深くなるにつれて、人の背丈を少し越えるぐらいの道がずっと続いている。

「…国史を紐解くと、ミディルン鉱石はもともと地下深くにあったものが、何かの力で押し出されて地表に現れ発見されるもののようです」

 カップに入った水はぬるかったが清潔だった。ありがたく数口頂き、大事に飲み込む。息苦しくはなかったが、かなり山の奥深くまで入っていることは、何とない圧迫感で感じるが、母エリクの痕跡もガーダスや『花咲』の基盤のようなものも見つからない。探索が長引くならば、水は貴重だ。

「ハイオルトは昔はこの辺りを中心に人が住み着き、小さな村から出来たようです。周囲の豊かな国から旅立った者や住む場所を探して彷徨っていた者、そう言う者達の集まりだったのかも知れません」

 山には獣も居るが自然の恵みもある。様々な生き物と生きるうちに、人間は叩きつけると光と熱を発する石を発見し、それを使う事が出来ると思い至った。ミディルン鉱石と名付けられたその石が採れる場所を中心に住み始め、人が増えて、やがて事件が起こった。

「崩落が起こったのです」

 野放図に石を取り出した穴に、無防備に入っていた人々を崖崩れが襲った。瞬く間に仲間を飲み込んだ山に人々はなおも警戒しつつ、それでもそこを離れて生きる事は出来ないと悟り、学び確かめ知恵を絞った。

 どうしたら安全にミディルン鉱石を使えるか。

「他の国に『花咲』や『魔法』や『ミディルン鉱石』についての伝承が、御伽噺のように伝わっているのに、ハイオルトにそれがないのは、ミディルン鉱石があまりにもありふれた、切実な、生活そのものの基盤だったからではないかと、母は書き残しておりました」

 シャルンは母親の蔵書と書き物を思い出す。

「ハイオルトに残されていたのは、生活そのものの基盤でありながら、いつ牙を剝き責務を迫り代償を求めるかわからぬ、恐怖…」

 守るしかない保つしかない、しかもそれは永遠の幸福を約束しない。

「父は、その恐怖に押し潰されたのだと思います」

 娘を他国へ放ち、けれども1人で支え切れぬ負荷に喘いで呼び戻す。

「あなたは………いえ、王妃様はそうではなかった」

 バラディオスが静かに断じる。

「はい」

 シャルンは頷いた。

「母は立ち向かうと決めました」

 私の為に。

「ミディルン鉱石に潜む力を理解し、制し、豊かな未来を手に入れると」

 シャルンはカップを握り締める。

「私もまた、そうありたいと望みます」


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