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アルシアからの客人と報じられて、シャルンは訝った。
サリストアは今のシャルンの現状を知っている。ましてや今は、右手首から先を失ったミラルシアの看護にもついているはずだ。
だが、入ってきた人物の意外さに目を見張った。
「久しい、と言うほどではないな」
「ミラルシア様…」
紺色のローブを纏った姿は、確かに以前より痩せていたが、表情は明るい。
「以前と逆じゃな、牢屋に棲まう私を、そなたが見舞ってくれた」
「今は私が籠って身動きなりません」
シャルンは素直に認めた。
「そなたに話がある。ルッカに伝手を頼った」
「伺います……お茶を淹れましょう」
「そなたが、か」
「はい、私が」
ローブを外して、椅子に腰を下ろしたミラルシアは、自ら茶を淹れるシャルンをじっと見守った。銀色の髪は少し切られて背後で一括りにされている。化粧はしていなくとも、鮮やかな紅の唇を引き結んで、シャルンが準備しているのを待つ。
入ってきた時から気になっていた。右手にはめられた銀色の籠手、指先までも覆い、金物で作られた手袋のように見える。
「不作法は許されよ」
ミラルシアは苦笑した。
「気にする者の視線が小うるさくてな」
たかが右手が作り物だと言うだけの話なのじゃが。
「ああ、良い香りじゃ」
シャルンが供した茶を、ミラルシアや満足そうに口に運んだ。
「ただの姫ではあるまいと思ったが、こんなことまでしておったのか」
「……ハイオルトでは」
シャルンは微笑んだ。
「色々と自分でせねばなりませんでしたので」
「ルッカが居たのだろう?」
「それでも、侍女1人では間に合わぬ場面も多かったのです」
「…なるほどな」
ミラルシアは静かにカップを置いた。
「再び引き戻されるのは不安じゃな」
「…っ」
まるでこちらの心の内を読み取ったようなことばに、シャルンはどきりとして顔を上げる。
「…剣神。閃光の刃」
「?」
「サリストアの剣を評したことばじゃ」
ミラルシアは静かに続けた。
「幼い頃から剣の才は、妹の方が上でな。私もようく知っておった。薔薇の大剣を掲げずとも、サリストアこそアルシアの王、そう望む声も幾度となく聞いた、側近の陰口からもな」
「……」
「それでも王を継がねばならぬ。必死に妹と張り合った。その結果があの様じゃ。一度折られた矜持は容易く折れる……王位がなくとも剣で生きよと天より示されたと思うたに、今度はその剣を根こそぎ奪われる。私はよほど剣に愛されておらぬのだなと、病床にて思い知った」
ミラルシアはそっと右手を撫でた。
「妹の才に、ただ一つ、張り合い磨けると頼みにした剣に裏切られ………またあの場所に引き戻されるのかと不安になった」
シャルンは胸が詰まった。
国を背負い、才能豊かな妹を望む声を耳にしながら、何とか自分の力を示さなくてはと焦る日々。
サリストアの下克上で解放され、新たな人生を歩こうとした矢先の負傷。
それはハイオルトの軛から逃れ、カースウェルでレダンととも新たな世界を歩き出したシャルンに与えられた水龍、寄越されたハイオルト帰還の要請と重なった。
そのような運命に巻き込んだのはシャルンの存在ではないのか。
龍を見つけてしまう、シャルンそのものが、禍々しい存在ではないのか。
「今日はな、面白いものを見せに参ったのじゃ」
「面白いもの?」
口調はそのままに、ミラルシアが話題を変え、シャルンはまたもやいつの間にか俯いていた顔を上げた。同時に、入ってきた時の相手の明るい顔を思い出す。
「これをご覧」
ミラルシアは懐から小さな細い棒を取り出した。指の太さぐらいの、手首から指先程度の長さの、磨き抜かれた木の棒。表面には複雑な模様が彫ってある。
その模様を見た途端、シャルンはざわりとした不安を感じた。
「これは、まさか」
「出でよ雷龍、ジュキアサルト」
「!」
ミラルシアが呟くと同時に、銀色の籠手の表面に紫色の光が紋様となって走り、大気を響かせる音を発しながら籠手から立ち上がる。
「ミラル……シア……様……」
「見ておれよ、シャルン妃」
にやりと不敵な笑みを浮かべたミラルシアが、左手に握った棒に右手で軽く触れると、同様に紫の光が木の棒を煌めかせながら彩っていく。
「恐らくはそなたも水龍の力を試したじゃろうな? この閃光は示す方向に走り、敵を痺れたように倒し、物に当たれば引き裂いてゆく、まるで空走る稲妻のように」
ミラルシアが左手の棒と右手の籠手をゆっくり広げると、輝くような美しい紋様が空中に立ち上った。
「もっとも、威力はそれほど強くない。1人2人を昏倒させるのが関の山、木の扉1枚裂ければ良い方じゃ……じゃが、その顔を見ると、何を見せたいのか、気づいておるな?」
「…はい」
シャルンは唾を飲み込み、ゆっくりと頷いた。
「その、木の棒に描かれているのは、右手の籠手に現れた紋様ですね」
「その通り。紋様の全体図は、この空中に描かれたような姿になっておる」
「つまり……」
シャルンの胸が痛いほど轟く。
「この力は、『紋様』によって出現するかも、しれない?」
「消えよ雷龍、ジュキアサルト」
ミラルシアの声に紫の光はすうっと色を失い消える。
「木の棒に再現した紋様は、何かが欠けているようでな、雷龍を呼び出した右手で触れぬと光を帯びぬ。じゃが、右手を離しても雷龍の力は宿ったままで、木の棒だけを敵に向けても、同じように力を放つ。ひょっとすると、この力は『正しい紋様』が描ければ、そなたや私でなくとも使役できるのかも知れぬ」
ミラルシアはきらきらと瞳を輝かせた。
「そなたの母、エリクは不可思議な消え方をしたと聞く。もし、この力の謎を、少しでも理解し解きほぐそうとしていたのなら、その途中で何かしら起こった故ではないか?」
「母の……残した本が書庫にあるそうです」
シャルンは呟いた。
「遺品を確認しにきて欲しいと父に頼まれています」
思いもかけない方向に見知らぬ扉を見つけてしまったような、不安感と好奇心に体が震える。
「ひょっとしたら、母の本に、『紋様』についての記載があるかも知れないと?」
「それよ」
ミラルシアはふふふ、と唇を綻ばせた。
「のう、シャルン」
「はい」
「私がそなたに学んだのは、どれほどの行き詰まりであろうと、別の見方をすれば、違う世界への扉にしか過ぎぬということじゃ」
ミラルシアは右手の籠手を静かに眺めた。
「剣が持てぬなら杖を持とうと思ったのじゃ。どうせ持つなら、私だけの杖にしようと誰にも見えぬ紋様をジュキアサルトを呼び出しては書き留め、細工師に依頼した。仕上がった夜に、未練がましく剣のように振ったところ、杖の先が紫の光で砕けてな。剣の代わりの杖ではなく、ジュキアサルトが宿ることのできる杖を作ることにしたのじゃ……シャルン」
「はい」
「私は未だ『花咲』を探している。そのわがままでお願いに上がった。私もハイオルトに連れて行ってはくれまいか。アルシアの剣士ではなく、『花咲』を夢見るただの探索者として」
シャルンは大きく頷いた。
「参りましょう。そうして、この力が何なのか、ご一緒に見つけ出しましょう」




