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「あなたも柔らかな肌をこうして与えてくれるわけだし」
ちゅ、とこめかみに、それから首筋にキスを落とされる。
「こうしていると、海の水ではないものに濡らされているようで、なかなか楽しい」
「へ、陛下…っ」
これは何でも露骨すぎる、周囲にいるガストやサリストア達がどう思うか、と思わず顔をあげると、2人の親密ぶりに呆れ果てたのか、周りにいた者達は思い思いの方向に散っていた。ガストは少し離れた場所でルッカとお茶の準備、サリストアは数人連れて海辺を走っている。
「シャルン…」
囁かれてシャルンは顔を上げた。
「レダン…」
唇をそっと合わせる。塩辛い唇が、確かに妙に艶かしい。
幾度が重ねて、しばらくお互いをしっかり抱き合い、ようやくいつもの日々に戻ってきた気がした。レダンの胸にもたれ、暑い日差しより優しい温かみを静かに味わう。
「…疲れたか?」
「いいえ……楽しゅうございます」
「今は側に誰もいない」
「はい」
「……先ほど、水の中に、何を見た?」
思わず顔を上げた。
藍色の瞳は静かにシャルンに注がれている。
なるほど、王たる者はこれほど甘やかな気配の中でも、重要な事象を見逃さないらしい。
「お気付きでしたか」
「うむ」
海に顔をつけ目を開いてみよと言っても、初めての者はあれほど長く顔をつけていられないし、手を伸ばして何かを探ろうとしないものだよ。
「…この右手の甲に」
シャルンはそっと手を差し上げた。
「何かの模様が見えました」
「模様?」
それは波が作り出す揺らめきではなく?
頷いて、不安に震える声を絞り出す。
「…頭の中に、水龍の名が響き、水の彼方に出現しそうな気配がありました」
「それは…」
「…同じでした。海辺の塔が割れ砕けた時と」
シャルンは一度唾を飲み込む。塩味が鋭い。
海辺の塔の中、ミラルシアが敵わないと知りながら、剣を引き抜き雷龍ジュキアサルトと対峙した、その背後に庇われた時、右手の甲にぬるりと奇妙な感触が這った。はっとして見下ろした右手の甲には薄水色に輝く模様が蠢き、指先へ集まりながら命じた、名を、と。
次の瞬間、紫色の光が世界を圧倒し、ミラレルシアもろとも吹き飛ばされたと思ったのに、気がつけば水の壁に守られていた。
「守護された、と言うんだな?」
「はい、おそらくは」
龍は名をつければ飛び去るはずではなかったのか。
「それは…」
同じような不審を抱いたのだろう、レダンが言い淀む。きり、と奥歯が鳴る音がする。
「『花咲』……のように思えます」
シャルンは、レダンが言うまいとしたことばをそっと吐き出した。
この数日間、ずっと抱えていたことを、ようやくレダンに話せてほっとした。
「あの時見えた模様と、今目の前で現れた紋様、似ていると思います」
「……同じものと言って良いのか」
「…はい」
「シャルン…」
レダンが俯く。
「何を言っているのか、わかるよな?」
「…はい」
「…あなたは……水龍を…使役できる、と言っている…」
ふいに、今の今まで抱きかかえていてくれた温もりが遠ざかった気がした。
「雷龍も…だろうか」
「……わかりません…」
「あなたは……人では…ないのだろうか…?」
「……人、です」
レダンが強く抱きしめてくれる、それでもその温もりが遠くなる。
視界が霞んだ。海の塩に傷つくよりも熱い痛みが目を焦がす。そっと俯いて、雲で陰った日のせいか、じわりと冷えるレダンの腕を抱き返す。
「人、の……つもりです……」
痛みは水の粒となり、シャルンの頬を伝ってレダンの腕を濡らした。