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「地下通路で見られた『あれ』とルシュカの谷の糸、ハイオルトの『ガーダスの糸』はほぼ同じですね」
ガストはレダンとサリストアの前で品物を並べて見せた。
「ほぼ?」
「少しの違いですが、発火しやすいのとしにくいの、水に浸けると柔らかくなるのと固まるの、みたいな差があります」
「色も少し違うな」
「はい。大体は黄色がかった白、ですが、比較すると少し薄青かったり、赤みがかってたり。けれど一つ一つで見ると見分けはつかないかと。一応、『あれ』を『祈りの館』で加工できるか試そうと思って、その前に加熱してみましたが」
ガストは苦笑いし掌を見せる。薄赤く火ぶくれしていた。
「火傷しました。少量で試したから良かったものの、高熱の湯に放り込むと爆発するかもしれませんね」
「下手に採掘すると地下通路そのものを崩壊させるか」
レダンは唸る。
「…刺激を加えない方が無難だね。宝の持ち腐れか」
サリストアが溜息をつく。
「今は通れないように封鎖したけど、情報が漏れると馬鹿が採掘に入って大爆発だな」
「ルシュカのものとハイオルトのものは茹でられる。似ています。ただハイオルトのものは茹ですぎると固まって黒くなったりしますね」
「ん?」
レダンは眉を寄せた。
「待て。ルシュカのものはハイオルトのものじゃない、ということか?」
「おそらく」
煮立たせた湯にくぐらせて糸に紡ぎ、織物にするのは難しい。
「じゃあ、別の場所にも『ガーダスの糸』があるかも知れない?」
「一度、ハイオルトに戻って、北の坑道を詳しく調べてみた方がいいですね」
あるいは何か、別の加工方法があって、それならハイオルトの『ガーダスの糸』が織物や糸に使えるかも知れない。
「…いずれにせよ、次はハイオルトに出向くか」
「まあ、姉上も旅に出るし、擁護派も今回の件で大人しくなったし、『地下迷宮』がミディルン鉱石の層を指すだけっていうのは、夢がなくて残念だけど」
「……ザーシャルにも北に洞窟があったな」
レダンは考え込む。
「ザーシャルならルシュカに糸を運び込むこともできる、か」
『ガーダス』が洞窟に生息する生き物で、その繭が『ガーダスの糸』ならば、似たような洞窟にも似たような『糸』が見つかるのかも知れない。『宵闇祭り』の鮮やかな衣装、あれらに知らずに『糸』が使われていたかも知れない。シャルンの話では古文書が奥部屋に貯め置かれていたと言う。それらに何か『花咲』や『龍』について書かれたものはなかっただろうか。
同時にレダンはイルデハヤの逃走先がザーシャルと言う可能性もあることに気づいた。
「ザーシャルですか」
「なくはないね」
サリストアも頷く。
「『宵闇祭り』復活以来、通商は盛んだ。むしろ出入りを奨励しているから、イルデハヤが紛れ込むには問題ないさ」
「じゃあハイオルトでまず『ガーダスの糸』を調べて、それか…」
どおんっ!
大きな爆発音とともに全身強く揺さぶられ、レダンは息を呑む。前屈みになっていたガストが転がり、サリストアが身構えて椅子から飛び離れた途端、王城のあちらこちらで叫びが起こった。
「何だあれは!」「紫の光が!」
「光…っ?」
レダンはまだ微かに揺れている部屋を飛び出した。後ろからサリストアとガストが続く。
外に出た途端、少し離れた場所で天空に向かって噴きあげる紫色の閃光に気づく。
「海辺の塔だ!」
「シャルン!」
サリストアが叫び、一緒に厩に走ったが、馬どもはどれも怯えてしまって乗れる状態ではない。舌打ちしながら、最短距離となる地下道を突っ走ったが。
「レダン!」
「ああ!」
ガストが喘ぎながら指差す壁がどれも明滅しながら発光していた。触れられそうなほど強い光に地下道が輝いている。
「レダン、こっち!」
サリストアが一番早く突き当たりの海辺の塔へ続く階段に辿り着いた。封じられていたはずの木の扉が粉砕されて転がっている。なのに、地下道は崩れもせずに階段も無事だ。必死に駆け上がると、
「姫様!」
悲鳴のようなルッカの声が聞こえた。
「どうした!」
「お下がり…ください……姫様……!」
雷龍の剣士と呼ばれたほどの人間の声が震えている。敬愛するシャルンの危険にと言うよりは、声自体が何かに遮られているようにひび割れて聞こえる。
「、レダン…っ」
サリストアが喘ぐように呼んだ。
無理もない、階段の少し先、崩れ込むように座っているのはミラルシア、細身の剣を手にはしているが呆けた顔で空中を眺めている。その前に。
「シャルン……」
今にも風に押し倒されそうになっている華奢な姿が、両手を広げてミラルシアの前に立っている。そして、その前に紫の揺らめきが光芒激しく立ち上がっている。
あったはずの海辺の塔はどこにもなかった。夕焼け近くなった空が広がる前で、紫の煌めきは天にも届こうかと言うほど高く、今にも鎌首を振り上げて、シャルンの体を叩き潰しそうに見えた。
だが、そのシャルンの前に、もう1つ別の存在が立ち塞がっている。
きらきら光りながら盛り上がっては流れ落ちる水の壁だ。風景も紫の光も透かして見えるほど澄んでいて、シャルンを守るかのように、紫の光が伸び上がれば同じだけ高さを増す。
「あれは…何だ、レダン」
「…水龍…かも知れない」
「水龍? ルシュカの谷に現れたと言う?」
「シャルンが名付けて立ち去らせた、はずなんだが」
レダンは我に返った。
シャルンはなるほど必死にミラルシアを庇っている。引く様子はなく、たじろいでいる気配もない。けれど1人で堪えられるものではない。
「レダン…っ」
足を踏み出した。
共にいると誓ったのだ、今歩み寄らないで、何の意味がある。




