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「…っ」
「シャルン?」
突然立ち止まったシャルンにミラルシアが振り返る、その表情がほのかに光って見えた。
「どうしたのじゃ?」
「…明るく……見えませんか?」
「は?」
「…ミラルシア様のお顔が…はっきりと見えます…」
「何を言っておる、先ほどよりも深く降りておるのじゃ、入口の光も届かぬから、地下道よりもむしろ暗いのじゃぞ」
「……あ、あ……」
思わず吐息が漏れた。
間違いない、壁も階段も微かに光っている。
同時にようやく思い出した。
あの『ガーダスの糸』のようなものに触れた瞬間、そっくりな感覚が蘇ったのだ。ルシュカの谷で顕現した水龍、あの空間そのもののような。『地下迷宮』がミディルン鉱石で作られていることは想像がつく。龍は巨大なミディルン鉱石から現れる。
瞬時にシャルンは悟っていたのだ、『ガーダスの糸』と『地下迷宮』、ミディルン鉱石には同じ力が流れている、『ガーダスの糸』が生まれる場所こそ『地下迷宮』に繋がっていると。
水龍シシュラグーンに出会ったからこそ掴んだ、この世ならぬ力の感覚。
そして今ここ、地下へ続く階段の壁にもまた、同じ力が流れている。
「っ」
「シャルン?」
不審そうに階段を上がってくるミラルシアの声も耳に入らなかった。弾かれるように見上げたシャルンの目に、塔の天辺まで続く壁が伸びる、その全てに薄青く輝く光の網のようなものが広がっているのが見えた。目の奥に水龍シシュラグーンの夢が蘇る。指先を痺れさせ、視界を明滅させる光で覆う、この力の在処は。
「………」
網目を辿り、その色が次第に濃く鮮やかになる方向に視線を下ろす。光の網は地下通路の奥で見た『ガーダスの糸』の繭のように緩やかに1つの塊にまとまって行く。
「…何か、見えるのか」
ミラルシアは察して、シャルンと同じ方向を見てくれた。
そこは壁だ。
入り口も何もない、階段を支える石の壁。
「ミラルシア様……この方向は、地下通路の右側に当たるのではありませんか?」
「…その通りじゃ。しかし通路の右側は固い岩に遮られ、通路を掘り広げること叶わず…………まさか」
ミラルシアも気づいた。
「こちらに、あるのか」
「その固い岩盤とは、大きな、とても大きなミディルン鉱石の塊…」
あの岩鍋のように積み重ねられた『ガーダスの糸』が長い間押し縮められて融合し、ついに層そのものが1つの岩となったのなら。
「…この海辺の塔は」
記憶を呼び覚まされるような遠い声音でミラルシアが呟く。
「夜に彼方の海から眺めると、僅かに光って見えるそうじゃ。どれほどの風雨、どのような嵐の中でも、その光は消えることも揺らぐこともない。拠って、この海辺の塔は、船乗りの間で命の灯火と呼ばれもする……」
「命の、灯火」
ぞわりとシャルンの体に鳥肌が立った。
同じだ。
いいえ。
これはあの時と。
いいえ、違う。
ごまかせはしない、無視することはできない、この力を、お前は知っている。
いいえ、いいえ、いいえ、いいえ。
「シャルン…」
階段を上がってきたミラルシアが静かに灯火を手渡した。シャルンを庇い、何もない壁に向かって剣を引き抜き、身を低める。
「地下通路はわかるな?」
「いいえ」
「こちらからまっすぐに走り降りて行けば、先日の場所に辿り着くはず」
「いいえ、ミラルシア様」
皮膚を粟立たせながらシャルンは首を振る。
脳裏にはルシュカの谷でのリュハヤの最後がある。
あれは容赦のない、圧倒的な力だった。
歯向かうもの、背くもの、遮るものを一切許さぬ、人智の理屈を超えた存在。
「この気配には」
ミラルシアの額から一筋、汗が流れ落ちる。いつも余裕に満ちて美しく輝いている瞳は、今ぎらぎらと殺気に満ちて引き剥かれている。
「勝てぬ」
「ミラルシア様っ」
「そなたは急ぎ助けを呼べ。サリストアに国の守りと警戒を伝えてくれ。残念だが、私はここで、果てる」
盛り上がる肩、それを強く深い呼吸で押し殺し、ミラルシアは低く嗤う。
「なるほど、国を侵すとはこういう定めを負うのじゃな……っ」
来る。
瞬間に壁が激しく発光し、塔は鳴動した。




