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「私が…楽しいもの…?」
シャルンがはっとした顔になった。
「…私、龍神祭りにふさわしいもの、王妃として正しいもの、とばかり考えておりました」
「うん…もちろんそれは必要なんだが」
レダンは苦笑しながら手を伸ばし、シャルンをひょいと抱き上げた。
「陛下…っ」
「俺はまたあなたを困らせたのかな? 何ものにも縛られなくていいと言ったつもりだったが、またあなたは俺の期待を満たそうとしてしまうのかな?」
「…陛下…」
机の上に載せられた紙を見れば、シャルンが必死にドレス選びに頭を絞っていたとわかる。
けれど。
「シャルン?」
「はい…」
不安そうに瞬くシャルンを微笑んで見上げる。
「一番あなたが素晴らしく見えるドレスを俺は知っている」
「…ならば」
「それはここにはない」
「えっ」
「寝床の中で、俺の腕で、俺を求めて見上げてくれるあなたが、一番素晴らしい」
「…っ」
「けれど、そのあなたは俺以外には見せないでくれ……他の奴らにはほどほどのところで応じて欲しい」
「ほ、ほどほど…」
「そうして、その分、シャルン」
レダンはそろそろとシャルンを抱き降ろして唇を重ねる。苛立っていた気持ちも、殺気立った思いも、霧が晴れるように消えていくのに満足の吐息を漏らす。
「…俺はあなたにも楽しんで欲しい」
「楽しむ……」
「あなたはいつも一所懸命だ。国を思い、俺を想い、嬉しい、ありがたい……だが」
「だが?」
「あなたは幸福だろうか」
まっすぐ見下ろすとシャルンが息を呑んだのがわかった。
「全ての枷がなく、どのドレスでも選べるとしたら、あなたは何を選んだだろうか」
言いながら、レダンは自分の胸の痛みに気づく。
「それを…俺は知りたい」
ピンドスの肥料を混ぜた水を送ることはレダンには思いつかなかった。周囲のドレスにカースウェルの技術の結晶や財産を感じたことはなかった。まさにリュハヤは誤解している、暁の后妃という二つ名は、レダンの妻に与えられるものではない、シャルンがシャルンだからこそ与えられる冠だ。
それほどの『王の器』を、レダンは『妻』の中に押し込めようとしている。それが一番素晴らしいと言い聞かせ、シャルンの選択を遮っている。こんなに美しいドレスの中で、楽しむこともなく『王』の仕事に戻ってしまったシャルンが辛い。
確かにこれはレダンの独りよがりの願いだ。ドレスを選ばせるなどと言いながら、その実リュハヤのことを知られて、それでは私はハイオルトに戻りますと言われるが怖くてならない。ましてや『王の器』であると認めれば、シャルンはこの腕の中から飛び去ってしまう。
「レダン」
「うん?……ーっ」
不意にぐっと両頬を掴まれ左右に引っ張られて、レダンは驚いた。
「何を」
「お仕置きです」
おいおいそんなことばをどこで、いやそもそもお仕置きってどういう意味だ。
たじろぐレダンの顔を引き寄せ、唇を軽く合わせながら、
「カースウェルは私の国。陛下は私の王」
歌うようにシャルンが囁き、瞬きする。
「陛下が与えてくださいました。お忘れですか?」
微笑むシャルンの笑顔は日射しの中で煌めいている。
「幸福でないわけがありません」